19 ヒロイン
試験休みの連休が明けた。
入学早々の試験の後は、演劇祭がやってくる。
入学したばかりの一年生や、クラスが変わったばかりの二、三年生たちの懇親会も兼ねているらしい。
ちなみに、出来によっては内申点も加算される。
劇の内容は先生たちによってクラス毎に指定されているので、生徒たちに選ぶ権利はない。
わたしのクラスの劇は、『林檎姫』だった。
ストーリーはこうだ。
林檎のように赤く、珍しい髪を持つ林檎姫は、継母の意地悪で家から追い出され、森の中でひっそりと過ごしていた。
しかし、誤って野生の毒林檎を食し、永遠の眠りについてしまう。
森の中で倒れている林檎姫を、通りがかりの王子が見つけ、その美しさに思わず髪にキスを落とし、林檎姫は眠りから目覚めるのだ。
昔からある童話の一つだが、どうして髪の毛へのキスで毒林檎の解毒ができるのか、と何度読んでも首を捻らせてしまう。
解毒ができる魔法といえば水属性魔法だが、王子が水属性魔法の使い手だったのだろうか?
……いや、そんな夢のない話はよそう。
大人になってから、こういうロマンチックな話にいちゃもんを付けるようになった。
良くないところの一つだ。
「じゃー、役をくじ引きで決めるから、順番に前へ出て引いてけー」
覇気のないルノウ先生の声が教室に響く。
どうやら、この学院は平等を保つためにくじを多用する傾向があるようで、今回の演劇祭も例に漏れず、役をくじ引きで決めることになった。
女子生徒はわたししかいないのに、姫役をあてがわれる確率は、男子生徒も平等らしい。
元男子校でプリンセスが登場する童話をやらせるのは、先生たちの軽い嫌がらせじゃなかろうかとも思ったが、女装する生徒が出ることで、打ち解けやすくなることもあるのだろう。
わたしは前の席の生徒が、くじを引き終わったのを確認して、教壇へ歩いていく。
くじが入ったボックスに手を突っ込み、適当に一枚取り出した。
自席に向かって足を進めつつ、折り畳まれた小さな紙を開く。
『林檎姫』の文字が踊っていた。
…………マジか。
「アンちゃん、なんだった〜? ボク、小道具になっちゃった〜」
裏方〜、とくじの紙をひらひらさせながら、ノアがやってきた。
紫色の癖毛がふわふわと揺れている。
答えたくなかったが、答えなかったところで意味はない。
「…………林檎姫」
「えっ!? アンちゃん林檎姫役になったの!?」
ノアの大声にクラス中の視線を集める。
「ぐぅっ、アンさん、姫なんですか……!」
コリンが引き攣った顔で呻いた。
彼の手中にある紙に書かれた文字は『背景』。
コリンもノアと一緒で裏方なのね。
「王子役の人、いいなぁ〜! アンちゃんの王子様、誰〜?」
ノアが教室中を見回して、声を掛ける。
誤解を招く言い方をしないでもらえないかしら……。
「……オレだけど」
すっ、と静かに手を挙げたのは、マークだった。
げっ。
マークとは正直、全然仲良くない。
むしろ嫌われているというか、わたしが苦手な部類だ。
「よ、よろしく……」
「……フン」
鼻で返事された。
「……アン、林檎姫なのか」
「うわ、びっくりした」
いつの間にかデリックが後ろに立っていた。
何やら眉をしかめている。
「デリックは何役になったの?」
「…………木」
いらないでしょ、その役。
役割配分をしたのはルノウ先生だ。
生徒の人数に対して、役の数が足りなかったのかもしれないけれど、それにしても苦肉の策すぎる。
「……木以外にも、自然全般、やるらしい」
「そ、そう……、大変ね……」
『自然』て。
「それじゃあ、今日の授業はここまで〜。放課後は、裏方組と役者組に分かれて、それぞれ準備するんだぞ〜」
台本を配り終えた先生は、解散、とだけ言い残して、教室を出て行ってしまった。
あとは生徒たちが自主的に行動する時間らしい。
……なんとも、奔放主義な学院だ。
読んでくださり、ありがとうございます!
ぜひ☆やリアクションをポチッとよろしくお願いします!
感想やレビュー、励みになります!




