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18/28

18 年下とショッピング

 ランチを済ませた後。

「アンちゃんの私服は大人っぽすぎる! 同い年とは思えないよ!」


 というノアの提案で、今後プライベートで誰に会っても怪しまれないように、二十代っぽい服を数着調達することになった。

 とうの昔に捨ててしまった若者向けブランドのお店に入り、心躍る服を体に当てて、ノアに見せる。


「いや、でももう、さすがに恥ずかしいわよね、この歳じゃ……」

 かつて好きな服は、今も好きなままだった。

 見た目が二十代と頭では理解していても、やはり、年齢が邪魔をする。

 洋服を陳列棚に戻そうとしたわたしの手を、ノアが止めた。


「そんなの関係ない、似合ってるよ。試着してみなって」

 優しいセリフとともに微笑むノア。

 わたしの気持ちは、いとも容易く揺れてしまう。


 本当にいいのかしら……?

 この年齢で、またあの時と同じ服を着て。


 ノアに背中を押してもらっても、不安は未だ拭えない。

 戸惑いつつも、しかし、試着室に入ったとき、胸の高鳴りを抑えきれない自分に気がついた。


「か、か、かわいい〜〜〜!!」


 声が抑えきれなかった。

 それくらい可愛かったのだ。


 ボタン部分にフリルが施されている白のワイシャツ。首元には、取り外し可能のピンクリボン。

 レイヤードするジャンパースカートもリボンと同じピンク色で、裾にはフリルがふんだんにつけられている。

 後ろの腰部分には大きなリボンが付いている。

 これって、前世でいうロリータじゃない!


 前世では憧れのまま終わってしまったジャンルの洋服。

 学生時代はとてもじゃないが手が出せないくらいの値段で、購入できる年齢になった頃には、モラハラ旦那と結婚してしまったのだった。


 確かに、転生してから若い間は、何も知らずにこういう服を好んで着ていたわ……。

 転生して記憶なくても、好みが変わらない自分にあっぱれだ。


 今は二十代のフリをしているのだから、仕方なく、仕方なくよ……!

 当たり障りない言い訳を盾にして、前世では許されないと思い込んでいたロリータな服を購入した。

 やっぱり、どうしても、自分好みのファッションというものは、テンションが上がらざるを得ない。


 日が落ちる前に、わたしたちは帰路につくことにした。

 可愛らしいデザインの洋服入れた、可愛らしいショッパーは何度見てもため息が出てしまう。スキップで帰りたいくらいだ。

 上機嫌なわたしを見て、ノアが話しかけてきた。

「ボクさ、魔法学院に通えることになって嬉しかったんだ、奨学金でも、親の希望でもなんでも」

 ちょっと日が傾きかけてきて、オレンジ色の光が、ノアの紫の髪に差し込んでいた。


「弟たちと木登りして遊んでたときにね、弟が降りられなくなっちゃって。近くにいた魔法使いの人が風魔法で助けてくれたんだ。たったそれだけなんだけど、かっこいい、って思っちゃって」

 単純だよね、とノアは照れ臭そうに笑った。


「だからさ、やっぱり魔法学院では一位を取りたい。それで、立派な魔法使いになりたい! これはボクのやりたいことだよ」

「良いと思うわ」

 なりたいなら、目指すべきだ。

 目指せる環境にあるなら、尚更いい。


 わたしの返事を聞いて、ノアは満足そうに笑った。

「ボク、弟の世話ばっかりしてたから、年上の女の人にすごく憧れがあってさ〜、アンちゃんが年上だって知ったとき、すごく嬉しかったんだよ?」

 理想の年上の女になれているかは微妙だけど。

 何せ、『子ども大人』と言われましたからね……。


「三十でも?」

 優しいノアに、つい意地悪を言ってしまう。


「あはは、それはさすがに卑下しすぎ。大人っぽい女の人が好きって話じゃん」

「じゃあ、ノアはわたしに甘やかして欲しいってこと?」

「望んではいないよ。でも甘やかされたら、好きになっちゃうかも」


 ……好きに……なっちゃう……?


 わたしは思考が宇宙の彼方に飛んでいくのを感じた。


 姉や母のような癒し的な意味で、だろうか……?

 それとも、友達として?


 頭を回転させるわたしを見て、ノアはクスッと意味ありげに笑った。


「アンちゃんの社会性のなさって、恋愛経験のなさでもあるよね」

「え、急に貶してくるわね、受けて立つわよ」

「喧嘩売ってないよ。そういうところも、可愛いねって」


 …………可愛い?


 二十三歳が、三十歳に可愛いだって?

 基準がおかしいんじゃないの?

 それこそ恋愛経験がないのは、ノアのほうだろう。


「……ノア、あんまり年上を揶揄うものじゃないわよ。わたしからすれば、ノアのほうがよっぽど可愛いわ」


「えー、じゃあボク、アンちゃんにカッコいいって言われるように、頑張ろっ」

「わたしじゃなくて、好きな子に言われるように頑張りなさいよ……」

「同じ意味じゃん」


 ノアは、にぱっと、相変わらず害のなさそうな笑顔を向けてくる。

 人懐っこいと思っていた笑顔も、今となっては何を考えているのか分からないものになっていた。


 ──もしかして、わたし、ノアに口説かれてる……?


 ははっ。

 そんなまさか。


 一瞬、よぎった馬鹿な考えを捨てるために、わたしはぶんぶんと頭を左右に振った。

 二十三歳が三十歳に恋愛感情を抱くわけがない。

 自惚れもいいところね。


「……ノア」

「んー?」


 魔法学院の寮に向かって、先を歩くノアの背中に声を掛ける。


「この学院には男子しかいないし全寮制だけど、好きな子ができたら教えてね。応援するから。ほら、女の協力者がいた方が、色々とやりやすいでしょ?」

「…………」


 自信満々のわたしとは裏腹に、さっきまで浮かべていた笑みが一気に消え失せ、半目のノアがじっとりとわたしを見据えていた。


 居心地の悪い視線だ。

 な、何か悪いことを言っちゃったかしら。


「アンちゃん、ぜーんぜん分かってない!」

「え? えぇ?」


 突然の否定に困惑するわたしを置いて、ノアは頭の後ろで手を組んだ。


「じゃあ、アンちゃんも、好きな人できたら教えてよ?」

「恋愛なんてもうしないわよ!」

 前世のモラハラの記憶が一瞬で思い出され、ブルリと背筋が震える。

 あんな思いは二度としたくない。

 旦那だって、付き合ってた頃は、モラの『モ』の字もなかったのだ。


「わっかんないよ〜?」

 ノアはそう言って、わたしに近寄ってきた。

 腰をかがめて、わたしの顔を可愛らしく覗き込む。


「……案外、ボクのこと、好きになっちゃったりしてね?」

 なーんちゃって、とノアは悪戯っ子みたいにぺろりと舌を出した。


 再び歩き始める鼻歌まじりのノアの背中を、わたしは呆然と見つめるしかできない。


 ……あー、二十三歳って、分かんない!

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