18 年下とショッピング
ランチを済ませた後。
「アンちゃんの私服は大人っぽすぎる! 同い年とは思えないよ!」
というノアの提案で、今後プライベートで誰に会っても怪しまれないように、二十代っぽい服を数着調達することになった。
とうの昔に捨ててしまった若者向けブランドのお店に入り、心躍る服を体に当てて、ノアに見せる。
「いや、でももう、さすがに恥ずかしいわよね、この歳じゃ……」
かつて好きな服は、今も好きなままだった。
見た目が二十代と頭では理解していても、やはり、年齢が邪魔をする。
洋服を陳列棚に戻そうとしたわたしの手を、ノアが止めた。
「そんなの関係ない、似合ってるよ。試着してみなって」
優しいセリフとともに微笑むノア。
わたしの気持ちは、いとも容易く揺れてしまう。
本当にいいのかしら……?
この年齢で、またあの時と同じ服を着て。
ノアに背中を押してもらっても、不安は未だ拭えない。
戸惑いつつも、しかし、試着室に入ったとき、胸の高鳴りを抑えきれない自分に気がついた。
「か、か、かわいい〜〜〜!!」
声が抑えきれなかった。
それくらい可愛かったのだ。
ボタン部分にフリルが施されている白のワイシャツ。首元には、取り外し可能のピンクリボン。
レイヤードするジャンパースカートもリボンと同じピンク色で、裾にはフリルがふんだんにつけられている。
後ろの腰部分には大きなリボンが付いている。
これって、前世でいうロリータじゃない!
前世では憧れのまま終わってしまったジャンルの洋服。
学生時代はとてもじゃないが手が出せないくらいの値段で、購入できる年齢になった頃には、モラハラ旦那と結婚してしまったのだった。
確かに、転生してから若い間は、何も知らずにこういう服を好んで着ていたわ……。
転生して記憶なくても、好みが変わらない自分にあっぱれだ。
今は二十代のフリをしているのだから、仕方なく、仕方なくよ……!
当たり障りない言い訳を盾にして、前世では許されないと思い込んでいたロリータな服を購入した。
やっぱり、どうしても、自分好みのファッションというものは、テンションが上がらざるを得ない。
日が落ちる前に、わたしたちは帰路につくことにした。
可愛らしいデザインの洋服入れた、可愛らしいショッパーは何度見てもため息が出てしまう。スキップで帰りたいくらいだ。
上機嫌なわたしを見て、ノアが話しかけてきた。
「ボクさ、魔法学院に通えることになって嬉しかったんだ、奨学金でも、親の希望でもなんでも」
ちょっと日が傾きかけてきて、オレンジ色の光が、ノアの紫の髪に差し込んでいた。
「弟たちと木登りして遊んでたときにね、弟が降りられなくなっちゃって。近くにいた魔法使いの人が風魔法で助けてくれたんだ。たったそれだけなんだけど、かっこいい、って思っちゃって」
単純だよね、とノアは照れ臭そうに笑った。
「だからさ、やっぱり魔法学院では一位を取りたい。それで、立派な魔法使いになりたい! これはボクのやりたいことだよ」
「良いと思うわ」
なりたいなら、目指すべきだ。
目指せる環境にあるなら、尚更いい。
わたしの返事を聞いて、ノアは満足そうに笑った。
「ボク、弟の世話ばっかりしてたから、年上の女の人にすごく憧れがあってさ〜、アンちゃんが年上だって知ったとき、すごく嬉しかったんだよ?」
理想の年上の女になれているかは微妙だけど。
何せ、『子ども大人』と言われましたからね……。
「三十でも?」
優しいノアに、つい意地悪を言ってしまう。
「あはは、それはさすがに卑下しすぎ。大人っぽい女の人が好きって話じゃん」
「じゃあ、ノアはわたしに甘やかして欲しいってこと?」
「望んではいないよ。でも甘やかされたら、好きになっちゃうかも」
……好きに……なっちゃう……?
わたしは思考が宇宙の彼方に飛んでいくのを感じた。
姉や母のような癒し的な意味で、だろうか……?
それとも、友達として?
頭を回転させるわたしを見て、ノアはクスッと意味ありげに笑った。
「アンちゃんの社会性のなさって、恋愛経験のなさでもあるよね」
「え、急に貶してくるわね、受けて立つわよ」
「喧嘩売ってないよ。そういうところも、可愛いねって」
…………可愛い?
二十三歳が、三十歳に可愛いだって?
基準がおかしいんじゃないの?
それこそ恋愛経験がないのは、ノアのほうだろう。
「……ノア、あんまり年上を揶揄うものじゃないわよ。わたしからすれば、ノアのほうがよっぽど可愛いわ」
「えー、じゃあボク、アンちゃんにカッコいいって言われるように、頑張ろっ」
「わたしじゃなくて、好きな子に言われるように頑張りなさいよ……」
「同じ意味じゃん」
ノアは、にぱっと、相変わらず害のなさそうな笑顔を向けてくる。
人懐っこいと思っていた笑顔も、今となっては何を考えているのか分からないものになっていた。
──もしかして、わたし、ノアに口説かれてる……?
ははっ。
そんなまさか。
一瞬、よぎった馬鹿な考えを捨てるために、わたしはぶんぶんと頭を左右に振った。
二十三歳が三十歳に恋愛感情を抱くわけがない。
自惚れもいいところね。
「……ノア」
「んー?」
魔法学院の寮に向かって、先を歩くノアの背中に声を掛ける。
「この学院には男子しかいないし全寮制だけど、好きな子ができたら教えてね。応援するから。ほら、女の協力者がいた方が、色々とやりやすいでしょ?」
「…………」
自信満々のわたしとは裏腹に、さっきまで浮かべていた笑みが一気に消え失せ、半目のノアがじっとりとわたしを見据えていた。
居心地の悪い視線だ。
な、何か悪いことを言っちゃったかしら。
「アンちゃん、ぜーんぜん分かってない!」
「え? えぇ?」
突然の否定に困惑するわたしを置いて、ノアは頭の後ろで手を組んだ。
「じゃあ、アンちゃんも、好きな人できたら教えてよ?」
「恋愛なんてもうしないわよ!」
前世のモラハラの記憶が一瞬で思い出され、ブルリと背筋が震える。
あんな思いは二度としたくない。
旦那だって、付き合ってた頃は、モラの『モ』の字もなかったのだ。
「わっかんないよ〜?」
ノアはそう言って、わたしに近寄ってきた。
腰をかがめて、わたしの顔を可愛らしく覗き込む。
「……案外、ボクのこと、好きになっちゃったりしてね?」
なーんちゃって、とノアは悪戯っ子みたいにぺろりと舌を出した。
再び歩き始める鼻歌まじりのノアの背中を、わたしは呆然と見つめるしかできない。
……あー、二十三歳って、分かんない!
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