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13 子どもの成長

「……お前、俺のこと、馬鹿って言っただろ」

「え」


 植物園から出て、校舎に向かっている途中、ずっと静かだったクソガキが口を開いた。

 しかも妬み口。

 隣り合って歩いていたわけではなく、歩幅の広いクソガキが先を歩き、その後を追うかたちで歩いていたわたしは、顔を見られてないのをいいことにすっとぼける。


「い、言ったかなぁ? そんなこと」

「言った」


 言った気がする。

 でも、認めたら何を言われるか分からないので、とぼける演技を続けるわたしに、クソガキは冷たい視線を向けながら、


「……初めて、言われた」

 と、つぶやいた。


 ……マジか。

 思わず、ぽかんとしたアホ面を晒してしまう。

 幸い、クソガキはこちらを見ていなかったので、わたしのアホ面に気づかれることはなかった。


 薔薇ゴーレムの幻覚を解いた後の油断はともかく。

 先手必勝狙いで魔力を使い果たし、まんまとピンチに陥っていたクソガキの、どこをどう見たら馬鹿じゃないんだ。


「本当に誰にも言われたことないの?」

「本気で馬鹿だと思ってる顔やめろ」

 クソガキがムッとした表情で言い返してくる。


「……俺の親父は、ここの学院の理事長で、簡単に言えば権力者だ。俺も生まれつき魔力が強かった。魔法学園時代は、ずっと一位だった」

 うつむきがちのクソガキが、自身の過去を語り始める。

 つまらなさそうな話だ。

 わたしは話半分に聞き流す。


「……だから、同世代も大人も、俺に逆らってくるやつはいなかった。大人は親父の権力に怯えて、同世代で俺に勝てる魔力を持ったやつはいなかったから」

 ふーん。

 まあ、だいたい予想できたストーリーね。


 前を歩いていたクソガキがふと足を止めて、わたしに振り返る。

 わたしも合わせて立ち止まった。

 青い瞳が、わたしを見据える。


「……お前が初めてなんだよ、俺に真正面から向き合って、怒って、叱ってきたやつは」


 ……あぁ、なるほど。

 退学が怖くないどころかむしろ望んでいるし、わたしの父は、ここの理事長と肩を並べる権力者。

 おまけに魔力も魔法の使い方も、わたしはこいつより格上。

 クソガキに歯向かってくる数少ない魔法使いだったってことね。


「……俺は自分の魔力に自信があった。でも、今回の試験はお前がいないと、何もできない、ただの子どもだった」


 おぉ……!

 お子ちゃまが、お子ちゃまを自覚した。


「だから、お前が、ペアでよかった」

 そう言って、クソガキは右手をわたしに差し出して、


「ありがとう、アン」


 ふわりと、優しく微笑んだ。


 ……笑えたのか。


 初めて見たクソガキの笑顔。

 思い返せば、いつも不機嫌で、彼はずっと眉間にシワを寄せていた気がする。


 それも、プレッシャーを誤魔化していただけなのかもしれないわね……。


 権力のある父親と、生まれ持った魔法の才能。

 その二つに押しつぶされないように、まだ子どもながらも、必死で見つけた生き方。


 ……不器用な子。


「……どういたしまして」

 わたしは彼の手を握った。


 二十三歳とのちゃんとした握手は、なんだか少し照れ臭かった。

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