11 本当の試験
クソガキはわたしの姿を瞳に捉えると、蔓にぐるぐる巻かれた情けない格好のまま、怒鳴り散らかしてきた。
「おい! 何しにきた!」
「…………」
「余計なことすんなって言っただろ!」
「【アーチェリー】」
クソガキの怒鳴り声を無視して、わたしは静かに、風属性魔法【アーチェリー】を発動した。
緑色の光を纏う細い竜巻が、弓と矢の形になっていく。
ゆっくり、わたしは弓矢を構える。
薔薇ゴーレムに向けて。
ではなく。
クソガキに向けて。
「え」
クソガキが、目を見開いて、自分を狙うわたしを凝視した。
わたしは矢から手を離す。
矢は真っ直ぐにクソガキ目掛けて飛んでいく!
「うおおぉぉぉ!?」
クソガキが避けたせいで、鏃が彼の頬をかするだけで終わった。
クソガキの頬から、血がわずかに噴き出る。
「ちっ、外したか」
おっと、思わず本音が。
「イッテェな! 何すん……え?」
文句を言おうとしたクソガキの口が止まった。
なぜなら、薔薇ゴーレムによる拘束がなくなって、普通に地に足つけて立っていたからだ。
というより、薔薇ゴーレムが、ただの薔薇に戻っていたからだ。
「ど、どういうことだ?」
「あれは、ゴーレムじゃなくて、幻覚」
わたしは地面にぽとりと落ちた薔薇を拾い上げる。
近くの花壇に、簡単に埋め直した。
「水属性魔法【イリュージョン】。虹の原理を応用した魔法ね。錯覚に近いから、痛みなんかの小さなきっかけで、効果を失うのよ」
棘のない薔薇はない。
つまり『弱点のないものは存在しない』というヒント。
あの薔薇は『存在しない薔薇』=幻覚ということである。
わたしの説明に、クソガキは素直に感心した様子だった。
「……よく知ってんな、お前」
「ま、まあね……」
二十三歳でも、これくらいの魔法知識ならセーフだろう。
クソガキは、頬に流れる血を手の甲で拭った。
小さなかすり傷だ。血はもう止まっている。
綺麗な顔に傷をつけてしまったが、これくらいなら跡にも残らないだろう。
「……じゃあ、この試験の課題って、ゴーレムが幻覚だって気づくことだったのか……」
「そう……ね……?」
クソガキに同意しつつも、わたしの違和感は消えないままだった。
……何か、おかしい。
だったら、試験開始直前のアナウンスで『討伐』なんて言い方するだろうか。
それ自体がミスディレクション?
いや、試験の説明でそんなことするか?
「……ふん、試験と言うには、随分呆気なかったな」
クソガキの言う通り。
言う通りどころか、あまりに呆気なさすぎる。
疑問が晴れないまま首をかしげるわたしを置いて、クソガキは出口へと足を向けた。
わたしたちの背後にあった花壇の土が、ボコッと盛り上がる。
──ボコボコボコボコッ!!
土はどんどん盛り上がる。
一瞬にして、三メートルほどの土ゴーレムが現れた。
「土ゴーレム!?」
先生の用意したゴーレムは二体いたってこと!?
「え?」
クソガキが土ゴーレムの気配に気づいて、振り返ったが、もう遅い。
既に土ゴーレムは、クソガキの頭を目掛けて、拳を振り下ろすモーションに入っていた。
「【サイクロン】!」
わたしは咄嗟に、風属性魔法【サイクロン】を発動。
鋭い旋風が刃のごとく駆け抜け、土ゴーレムの腕を切り落とした。
ズドォン!
クソガキに土ゴーレムの拳が叩き込まれるまさに寸前、土ゴーレムの腕が土煙をあげて地に落ちる。
「この馬鹿! なに油断してんの!」
呆気に取られたまま、尻餅をついたクソガキの手を引いて、わたしたちは走り出した。
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