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10 余計なことするな

 試験当日。


「お前、魔法使えるんだろうな?」

 校舎から出て、用意されたステージに向かいながら、クソガキがわたしに話しかけてきた。

 空は快晴。心地よい気温だというのに、クソガキは一気に気分を下げてくる。

「はぁ? 誰に向かって言ってんのよ」

 この前クソガキに言われたセリフをそのまんま返してやる。


「知らねーよ、初対面だろうが」

 そうだった。

 クソガキは魔法学院の理事長の息子だから有名人だけど、わたしは無名の平民という設定だった。

 まさか、魔法研究職でライターをやってるとも言えない。


「前も言ったが、マジで大人しくしてろよ。俺の見せ場だけあればいいんだからな」

「はいはい」


 わたしは目立ちたくないわけだし、利害は一致している。

 ただ言い方がクッソ気に食わないだけで!


「着いたわね」

 言い合っているうちに、目的地に到着した。

 わたしとクソガキのペアに用意されたステージは──植物園。


 コロンとしたドーム型の建物で、外見とは裏腹に、中はとても広そうだ。

 壁や屋根は全てガラス製。

 太陽の光がさんさんと園内に注ぎ込まれる仕様になっている。


 先生の用意したゴーレムが、いったいどんなものなのかは知らされていない。

 未知なるものとの対面時の判断力も、試験の一部なのだろう。


「行くわよ」

「俺に指図すんな」


 ガラス製の扉を開け、植物園に足を踏み入れる。

 光を多く取り入れる建物構造の割に、室内は快適な気温が保たれていた。

 人が歩くための道も舗装されていて、園内を周りやすい。

 しかし、バトルをする上では、至る所にある大型の植物や花壇が障害物になってくるだろう。


「わ、綺麗な薔薇……」

 入ってすぐのところには、丸くて小さな植木鉢に、綺麗な赤い薔薇が一輪だけ咲き誇っていた。

 でも、何か変だ。

 まるで、花束用にカットされた薔薇を一本、そのまま植えたみたい……。


『これより、アン・デリックチームの試験を開始する』

 天井からアナウンスが流れる。

 ルノア先生だ。


『ゴーレムを討伐できれば試験合格。二人が戦闘不能、またはどちらかが負けを認めれば、試験は強制終了。その場合、成績は付与されない。別の日に補習を受けてもらうから、できるだけ頑張れよ〜。それでは──』


 わたしたちは身構える。

『試験、開始!』


 ズオォォォォォッ!!


 目の前の赤い薔薇が、あっという間に巨大化した。


 植物園のドーム型天井スレスレまで大きくなる。

 収まっていた植木鉢の中からボコンと音を立てて、足となった二股の根っこが現れた。


「植物由来のゴーレム!?」


 わたしは思わず叫んでしまう。

 かれこれ十年以上魔法の研究に明け暮れていたけれど、植物由来のゴーレムは初めて見た。


 ほぼ引きこもりだった生活が悪かったのか、文献の外の世界ではこんなに進んでいる研究があったなんて……!


 この世界では、普通、ゴーレムと言えば土か石から生成する。


 土属性魔法を応用して植物を源とするなんて、そんな珍しいゴーレムを生成できる魔法使いが、この学院にいるっていうの!?


 研究者の血が騒ぐ。

 今すぐこのゴーレムを魔法解体して術式を調べたい。

 そして、魔法使いにインタビューしたい。

 それだけで記事が一本書けるだろう。


 試験が終わったら先生に質問……いや、そんなことしたら他の生徒に不審がられるか……。特にノアに。いやでも。


「土属性魔法を植物に応用するには……水属性魔法を加えれば可能なのかしら……だとしたら最も効率的に複合できる魔法は……」


「おい、何ぶつぶつ言ってんだ! くるぞ!」

 クソガキの大声で、わたしは我に返った。


 薔薇の中心が口のようにがぱりと、大きく開く。

「ギャオオオオオオオ!!」

 薔薇が吠えた。


 薔薇の咆哮に、わたしたちは思わず耳を押さえる。

「……っ!」


 シュルルルル!!


 わたしたちが耳を塞いだ隙をついた薔薇の蔓が、クソガキの足をつかもうと猛スピードで伸びてきた。


「【ウォーター・ソード】!」

 クソガキは一瞬で水属性魔法【ウォーター・ソード】を発動し、水で生成された剣を振る。


 迫り来る蔓は一刀両断された。


「おぉ……!」

 やるじゃん。


 クソガキによって千切られた蔓は、まだ生命があるかのように、ビチビチと床を這いずっている。

 イキがいい蔓だ。気持ち悪い。


 クソガキの反応速度に、わたしは彼の評価を改めた。

 咄嗟の対応にしては、目を見張るものがある。

 齢二十三にして魔力を大量に消費する【ウォーター・ソード】を使いこなせる者も、滅多にいないだろう。


 なるほど、生意気な口もうなずけるだけの魔法の才能がある。

 しかし、こいつ、水属性の魔法使いか。

 ……だとしたら、大分まずいことになった。


「ねぇ、ちょっと……」

「ウルセェ! 俺に指図すんなって言ってんだろ!」


 わたしの呼びかけは、クソガキには届かなかった。

 クソガキは怒鳴り捨てて、水の剣を構えたまま薔薇ゴーレムへと突っ込んでいく。


 その様子だと、おそらく不利状況を自覚しているんだろうな。

 植物と水の相性はすこぶる悪い。

 彼のどんな攻撃も、水属性魔法である以上、あのゴーレムには大したダメージにはならない。

 そして、彼は水属性魔法しか使えない。


 ……あーあ。


「知ーらない、っと」

 わたしは薔薇ゴーレムを視界に入れて警戒を怠らないまま、距離をとって身を隠せる場所を探した。

 ちょうど、大きな葉を持つ植物たちが生い茂っているコーナーがある。

 そこにしゃがみこんで葉っぱの隙間から、クソガキの戦闘の様子を伺うことにした。


 わたしにとっても、植物由来のゴーレムは未知数。

 討伐の基本は観察から。

 無闇に突っ込んでも自滅するだけ。

 今回は無闇に突っ込む馬鹿がいるおかげで、遠くから観察しているだけで攻撃パターンも把握できる。


 迫り来る何本もの蔓を、握った剣でバッタバッタと薙ぎ倒していくクソガキ。

 魔力だけでなく、剣術の心得もあるのか。

 本当に口だけじゃないわね。


 とはいえ、蔓は切っても切っても自己再生し、間髪入れずに何度も襲いかかってくる。

 致命傷にならない限り、薔薇ゴーレムが倒れるよりも、クソガキの体力魔力が尽きる方が早そうだ。


 植物に有効なのは、もちろん火属性魔法。

 でも……。

 わたしは不思議に思う。

 単純に炎を浴びせただけでくたばるようなゴーレムとの試験なのかしら?


 そんな攻略方法が明快な試験内容で、わざわざ植物由来なんて珍しいゴーレムを使うだろうか?


 きっと何か別の、炎以外の弱点があるはずだ。


 探せ。探せ。探せ。

 どこかに、何か、違和感が──。


「──ぐわぁっ!!」


 クソガキの呻き声が、植物園のドーム内に響き渡った。

 さっきまで振り回していた武器【ウォーター・ソード】は消え失せ、蔓に体を巻かれている。

 今にも握り潰されそうなクソガキ。

 なのに、彼は苦しそうに体をよじらせるだけで、そこから脱出するための魔法を使う気配がない。


 おかしい。

 あれだけの魔法が使えるなら、蔓から抜け出すなんて簡単にできそうなものなのに──と、ここまで怪しんでから分かった。


 ……もしかして、【ウォーター・ソード】を発動したせいで、魔力を使い切ったの!?


「文字通り、諸刃の剣じゃない!」

 そして、今や完全な諸刃と成り果てている。

 わたしは確信した。

 あいつは、本物の馬鹿だ。


 ……でも、しょうがない。


 だって、まだ二十三歳なんだから。

 生意気なことも言われたけれど、ここは助けに行くのが年上の役目よね。

 やれやれ。

 まったく手のかかるお子ちゃまだこと。


 わたしが大人の余裕綽々で薔薇ゴーレムの前に躍り出ようした。


「……あれ?」


 あの薔薇、棘がない。

 ……つまり。

「なぁんだ……」


 わたしはクソガキを捕らえる薔薇ゴーレムの前に、予定通りゆったり堂々と現れた。

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