1 クソガキ
お父様のコネで無理矢理通うことになった魔法学院への初めての登校。つまり、入学式。
わたしは制服に身を包み、同じく入学する執事のコリンと並んで学院を目指していた。
「お嬢様、顔色が悪いようですが、お荷物お持ちしましょうか……?」
普段の執事用の燕尾服から、男子用のブレザーに制服が変わったコリンが、わたしの顔を覗き込んでくる。
わたしの持病を心配しているんだろう。
「荷物なんて持たなくていいわよ。それに外でお嬢様はやめて。平民のフリをして学院に通いたいから」
コリンは艶のある黒髪を少し揺らして、「すみません」と笑って謝った。
「それに、コリンが目上年上みたいにわたしを扱ってたら、三十歳だってバレちゃうじゃない。魔法学院は、二十三歳から二十五歳までの人が学ぶ場所なんだから」
せっかく持病の影響で、見た目だけはまだ二十代に見えるのに。
「ですが、お嬢様はお嬢様ですし……」
使用人かつ二十三歳の立場から、わたしの要求に困り果てるコリン。
「アンでいいわよ」
「あ、アン様……」
「様も禁止」
「アン、さん……」
「そう、それでいいの」
「は、はい……」
慣れない呼び方に、気恥ずかしさを感じているのか コリンは少し頬を赤らめた。
「アンさんと同じクラスに手配したって、旦那様も仰っていたので、楽しみです!」
コリンが気を取り直すように、声を大きくしたとき、
「あ、コリン、前……」
どんっ。
わたしばかりを見て喋っていたコリンは、前を歩く人の背中にぶつかってしまった。
「す、すみません!」
慌てて頭を下げるコリン。
しかし、ぶつかった相手は振り向いて、しかめっ面でコリンを睨みつけた。
金髪で高身長。整った顔立ちに綺麗な碧眼。
女の子なら、見惚れてしまうような見た目をしていた。
ただ、目つきが悪くて、性格も悪そう、が、わたしが彼に抱いた第一印象だった。
彼は、コリンと同じ制服を身に纏っていた。
おそらく、この人もわたしたちと同じ魔法学院の新入生だろう。
同じ新入生同士、コリンのドジをきっと許してくれ──
「前見て歩けねぇなら、外出るんじゃねぇよ」
……なんですって?
わたしはその男を二度見した。
「す、すみませんでした……」
ひたすら頭を下げて謝り続けるコリンを、背の高さも相まって高圧的に見下す男。
わたしは身内を無碍に扱われて、黙っていられるはずもなかった。
「ちょっと、あんた」
わたしはコリンとその男の間に割って入る。
「謝ってるじゃないの。ちょっとぶつかったくらいで、言い過ぎじゃない」
「はぁ? ぶつかってきたのはそっちだろ」
「謝罪と怒りが釣り合わないって言ってんのよ」
「なんだと」
火花が散りそうな勢いで睨み合うのも束の間、その目つきの悪い男は、わたしの頭からつま先までなぞるように見て、鼻で笑った。
「その制服、お前も新入生だろ。あんまり俺に逆らわないほうがいいぜ」
「どういう意味よ、クソガキ」
「クソガキって、なんだよ。同い年だろうが」
やば、ムカつきすぎて口が滑った。
「あああアンさん! 入学式遅れますよ、行きましょう!」
ずっと横であわあわしていたコリンが、わたしの背中を押してくれたおかげで、事が大きくなる前に、その場から立ち去ることができた。
なによ、あいつ!
二十三歳のお子ちゃまのくせに、偉そうに!
こんなお子ちゃまばかりの魔法学院で、友達なんて作れるのかしら!?
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