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シルフィーネとの出会い

多くの評価・ブクマ・リアクション、本当にありがとうございます!

皆様の応援にお応えしまして、番外編開始です!

 ウッズワード辺境伯家では毎年、新年になると寄子や親族を集めて三日間に及ぶ宴が開かれる。


都で王が取り仕切る新年祝賀のような厳粛なものではなく、親戚のおっさんたちが中心になってどんちゃん騒ぎを楽しむ陽気な宴だ。


ざっくばらんなお祭りなので、小さな子供も五歳から参加が認められている。


ところがキャロル子爵家嫡男アーサーは生まれたころから虚弱体質で、五歳の時は風邪をこじらせ参加できなかった。


そして六歳になった今回、初めてウッズワード家の新年際に参加することができたのだった。


「うわぁ、すっげぇ!!!」


転移の魔法陣でウッズワード家に移動すると、隣にいた幼馴染のエリオットが歓声を上げた。


広い室内に並ぶテーブルにはごちそうが用意され、盃を片手に大声で笑いあう戦士たち、アーサーが知らない最新の玩具で遊ぶ子供たち、窓の外では肉の塊を焼いて談笑する女衆の姿も見える。


「いやっほぅ!!!」


快活なエリオットは顔を輝かせて、子供たちのほうへと駆け出した。


「こらエリオット!アーサー坊ちゃんのお傍を離れるんじゃない!」


エリオットの父親で、キャロル家の家令を務めるスペンサー男爵が慌てて息子の後を追った。夫と息子の慌ただしい姿に、男爵夫人がため息をつく。


「ああもう、二人とも……無作法で申し訳ありません、アーサー坊ちゃま」


「かまわないよ。去年、エリオットは僕に付き合って宴に出られなかったから、楽しませてあげてほしい」


この一年、「坊ちゃんのせいで宴に行けなかった」と文句を言われてきたアーサーは、念願かなったエリオットの邪魔をしたくなかった。


そんなアーサーの頭を、大きな手が撫でる。見上げれば、両親であるキャロル子爵夫妻が優しく微笑んでいた。


「えらいぞ、アーサー」


「母さんたちと一緒に行きましょうね」


引っ込み思案なアーサーにとって、両親の傍ほど安心できる場所はない。うん、と大きく頷いて、母親と手をつなぎ歩き始めた。




 ウッズワード辺境伯の始祖は、魔王を封印した勇者の仲間の一人だったという。


彼は王位に就いた勇者から魔の森と人の領域の境に領地を賜り、人類の守護者となるべく魔物との戦いに人生を投じた。


ゆえに辺境伯の城は質実剛健、魔物から領地を守ることに特化した強大な砦だ。


重厚な建物は幼子にとって威圧感があり、アーサーはあいさつ回りをする両親の陰に隠れていた。


「よぉ、キャロルじゃねぇか!久しいな!!」


突然、よく響く大きな声がして、アーサーは母親のスカートに縋りついた。


「これは、辺境伯閣下。ご無沙汰しております」


「去年は子息が風邪を引いたんだったか。仕方ねぇ、いいってことよ!なんといっても、子は宝だ!!!」


かしこまるキャロル子爵に、当代ウッズワード辺境伯はガハハと豪快な笑い声をあげる。その姿は、上級貴族というより山賊の親分のようだ。


屈強な大男は、母の陰で縮こまるアーサーを見つけるとにかっと笑いかけた。


両親の前で、主家のご当主相手に無様な姿は見せられない。アーサーは勇気を振り絞って挨拶をした。


「こ、こんにちは、辺境伯閣下。アーサーです」


「おう、よろしくな!おっちゃんが肩車してやろう!」


辺境伯は悪気ゼロの顔でアーサーの首根っこを捕まえると、自分の肩の上へのっけてしまった。


「ひ、ひゃぁ!」


「アーサー!閣下、その、どうかお手柔らかに……!」


キャロル子爵が慌てた声を上げるが、辺境伯は「わかってる」と全然わかっていなさそうな笑顔で返事をした。


「大人同士の話ばっかりじゃぁつまらねぇだろ。向こうで親族の子らが遊んでいるから、連れて行ってやろう」


辺境伯はアーサーを肩に乗せたまま、のしのしと歩き出した。


いつもよりずっと高い目線はちょっぴり楽しかったけど、それ以上に両親と引き離される心細さで涙目になるアーサー。


「アーサー、あいさつ回りが済んだら迎えに行くからね!」


過保護なばかりではいけない、とわかっている両親は、心配しながらも息子を送り出した。




 こうしてアーサーが連行されたのは、庭でボール遊びやチャンバラごっこをする年少の子らがいる一角だった。


すっかり他の子たちと打ち解けたエリオットも、ボールを追いかけまわしている。


見知った顔にアーサーがほっとしていると、辺境伯がひょいと下ろしてくれた。


「おおい、小僧ども!新しい仲間が来たぞ!」


辺境伯がよく通る声で呼びかけると、十歳未満くらいの子供たちがわらわらと集まってきた。


「辺境伯!そいつ、だれ!?」


「キャロルのとこのアーサーだ!みんな、仲良くな」


その時、大人たちの一団で辺境伯を呼ぶ声がした。辺境伯は「おう!」と応え、アーサーたちの頭を順繰りに撫でまわすと、呼ばれた方へと立ち去って行った。


「ねぇ、お前、いくつ!?」


「何の遊びが好き?俺はかくれんぼ!」


「さっき見つけたかっこいい虫、見せてやるよ!」


みんな武門の子だけあって、はきはきと話しかけてくる。アーサーはおっかなびっくりではあるが、友好的な空気に安心して笑い返した。


「えっと、僕、六さいだよ。かくれんぼ、たのしいよね。それ、ヘンキョウタマムシじゃないか、ぴかぴかでかっこいい!」


生まれつき虚弱体質で家の中にいることが多いアーサーだが、別に外遊びが嫌いなわけではない。


体力がついていかないだけで、エリオットとおいかけっこやかくれんぼをするのは好きだったし、体調がいい日は草花や昆虫の観察をして過ごすような子供だった。


「ヘンキョウタマムシっていうのか!俺、昨日もう一匹見つけたから、教えてくれたお礼にこっちはアーサーにやるよ!」


気のいい少年がアーサーへ甲虫を差し出す。アーサーがお礼を言って受け取ろうとした時だ。


「そんないいモノ、新入りにやるなよ」


横から甲虫をかすめ取る手があった。見上げると、いかにもガキ大将という風体の少年が仁王立ちしていた。


ガキ大将はチャンバラ遊びに使う木刀でトントンと地面を叩きながら、アーサーを睨みつけた。


「こいつ、六歳って言ったよな。でも去年、こんなやつ見たことねぇぞ。身長だってはじめて宴に来たチビたちと同じくらいじゃねぇか。五歳なのに六歳って嘘ついてんだ」


「う、うそじゃないよ!僕、去年は風邪ひいて、来られなかっただけで……」


「本当かぁ?なら、俺と勝負しろ!辺境では、強い奴が正しいんだ。悔しかったら強さで正しさを証明してみせろ!」


木刀を突き付けていちゃもんをつけるガキ大将を前に、アーサーは涙目になった。


目の前の相手は体も大きく、いかにも運動慣れしていそうで、たぶん年上だ。勝てるわけがない。


(助けてエリオット)


六歳で初参加なのはエリオットも同じだ。アーサーは目で助けを求めたが、少し離れた場所でボール遊びをしていたエリオットは、気まずそうに目をそらしてボールを追いかけて行ってしまった。


「お、おい、やめなよ……」


かわりに虫をくれた少年が止めに入るが、


「お前、噓つきの肩を持つのか!」


とガキ大将に一喝されて沈黙する。


「さぁ、やるのか、やらないのか、どっちだ!?」


ガキ大将が木刀の先をアーサーに突き付けて迫った、次の瞬間。


「弱い者いじめはやめるんだ」


同じグループでもう一人体格のいい子が飛び出してきたかと思うと、木刀を素手で叩き折った。


颯爽と現れてアーサーを背中にかばうその子を見て、ガキ大将は焦った表情を浮かべる。


「げっ、シルフィーネ!」


「強いから正しいんじゃなくて、正しいことをするから強いんだ!おまえのは、ただの弱い者いじめだぞ」


「べ、べつに、俺は、新入りが嘘ついたから注意しただけだ」


「この子は嘘ついてない。父様が、キャロル家の子は去年風邪でお休みしたって言っていた」


「な、なんだよ、辺境伯がそう言ってたなら、別にいいんだよ……」


シルフィーネと呼ばれた子が腕組みして睨みつけると、ガキ大将はすごすごと逃げ出した。


「待て!さっきの、へんきょうなんとかむしも返すんだ!」


「うっ、ほ、ほらよ!」


ガキ大将はシルフィーネに虫を投げ返し、今度こそ全速力で駆け出した。


「すげぇ、シルフィーネさま、かっこいい!」


周りの子供たちが歓声を上げる中、シルフィーネは得意げな様子もなくアーサーを振り返って取り戻した虫を差し出した。


「だいじょうぶか?」


アーサーとさほど年が変わらなさそうなのに、眼光だけで敵を撤退させる圧倒的な存在感。名前からして女の子なのだろうが、その場の誰よりも精悍で格好いい男の子にしか見えなかった。


アーサーはこくこくと頷いて甲虫を受け取った。


「助けてくれて、ありがとう」


「気にするな。辺境伯家の息女として、当然のことをしたまでだ!」


そう言って子供ながら猛禽のような笑顔を浮かべるシルフィーネに、アーサーは尊敬の眼差しを向けた。


(すっごい、かっこいい……!)


この時アーサーは恋に落ちた……わけでは、流石にない。好悪でいえば圧倒的な好感だが、それは正義のヒーローへの憧れのようなものだった。


「僕、キャロル家のアーサーです」


「ウッズワード家のシルフィーネだ。よろしく」


「はい!!!」


ウッズワード家での宴の三日間、アーサーはシルフィーネに心酔して舎弟のようについて回るようになった。


シルフィーネもそんなアーサーを邪険にすることなく、どこに行くにも彼を連れまわした。


常時二人っきりではなく、門下の子供たちに慕われるシルフィーネは様々な子供たちを引き連れていたが、朝から晩までシルフィーネの傍を離れないのはアーサーだけだ。


「シルフィーネ様は、どうしてそんなに強くてかっこいいんですか?」


憧れのシルフィーネに少しでも近づきたくて共に訓練場で木刀を振りながら、アーサーは尋ねてみた。


貧弱なアーサーは何度か素振りをすると疲れ果ててしまうけれど、シルフィーネは重りを付けた木刀を軽々と扱っている。


「魔物と戦えるくらい強くなって、民を守るためだ」


「辺境伯家には、戦える大人がたくさんいるのに?」


アーサーの疑問は当然といえば当然のことだった。


確かに魔物の討伐はウッズワード家の宿命だが、シルフィーネは一応令嬢だ。剣ではなく刺繡針を持って、優雅に過ごしていても許される身の上である。


「私は姉様たちみたいにきれいではないから、政略結婚ができない。せめて魔物退治くらいしないと。それに母様は平民の側室だから、私が魔物に殺されても誰も困らないよ」


「そんなことない!」


珍しく後ろ向きなシルフィーネを、アーサーは真っ向から否定した。


「シルフィーネ様はきらきらしていてかっこいいよ!僕はシルフィーネ様がけがをしたら悲しいです!!!めちゃくちゃ困ります!!!」


力説するアーサーを、シルフィーネはぽかんとした顔で見た。それからくすぐったそうに笑って、ありがとう、と呟く。


ほんのりと頬を染めた彼女の姿に、アーサーはなんとなく、シルフィーネ様は格好いいだけじゃなくてかわいいな、と思った。




 楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。別れの三日目、アーサーはシルフィーネから離れるのを泣いて嫌がった。


「アーサー、何日もお邪魔していては辺境伯家の方々にご迷惑だから。おうちに帰りましょう?」


「嫌だぁああああ!!!シルフィーネ様といっしょにいるぅぅ!!!」


普段は聞き分けの良いアーサーが柱にしがみついて転移の魔法陣へ入るのを拒否するので、キャロル子爵夫妻は困り果てていた。


ともに帰還するスペンサー男爵夫妻はおろおろし、エリオットは呆れている。


そんな彼らに助け舟を出したのも、シルフィーネだった。


「アーサー。もう会えなくなるわけじゃない。どんな魔物にも負けないくらい強くなるから、次に会えるのを楽しみにしていてほしい」


「本当……?また、会えますか……?」


「もちろんだ。私は魔物に殺されたりしないから、信じて」


「……わかり、ました」


アーサーは仕方なく、それはもう不承不承うなずいて、辺境伯家の柱から離れた。


ほっとしたキャロル子爵は、息子の気が変わらないうちに急いでアーサーの手を握った。


「息子と仲良くしてくださってありがとうございました、シルフィーネ様。また、お会いしましょう」


「ああ。キャロル子爵たちも達者でな」


辺境伯一家が見送る中、魔法陣が発動して互いの姿が歪んでいく。


アーサーはシルフィーネの姿が完全に見えなくなるまでずっと手を振っていた。




 ところが、この別れから僅か一か月後。


再会の約束は思いがけず悲しい形で叶うことになる。

実は最初から忠臣だったわけではないエリオット。

なんなら幼少期はちょっぴり嫌な奴でした。

彼にもいろいろと思うところがあったのですが、果たして。

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