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4.こうして盤面はひっくり返った

 壇上での王族たちのやり取りを、会場の貴族たちは固唾をのんで見守っていた。


やがてオーガストとエイプリルが衛兵に囲まれると、国王と第二王女に近しかった貴族ほど動揺し始める。


「どういうことだ、オーガスト陛下は、退位……なさるのか?」


「ジュリアス殿下の謀反……!?」


「いや、まだそうと決まったわけでは」


オーガストとジュリアス、父子のどちらにつくべきなのか喧々囂々とする人々の中から、一人の少年が声を上げた。


「皆さん、いい加減に腹をくくったらどうですか」


声を上げたのはアーサーだった。


「僕は、第二王女殿下に目をつけられたというだけで、陰惨極まるいじめを受けました」


少年が目の前で父親の形見をズタボロにされた映像はまだ皆の記憶に新しい。


「僕はたまたま元貴族で、たくさんの人が助けてくれたから無事でいられたけれど、本当にただの平民だったら消されていたかもしれない!心を病んで自殺してもおかしくなかった!」


実感の伴った言葉に、周囲の大人たちは黙り込んだ。


「あんな、第二王女より目立ったらいつどんな目に遭わせるかわからない王を戴いて、本当に平気なのですか!?」


人々は想像する。ふとしたきっかけで、自分や家族がエイプリルよりも目立ってしまったら。


王の勘気を買うのではないか、身分が低ければ処刑もありうるのではないか。


「王家のすべてが悪とは、僕だって思いません。騎士王国との緊張を緩和したメイジェーン様のことは尊敬するし、一平民に過ぎない僕に親身に頭を下げてくださったジュリアス殿下になら忠誠も誓える」


でも、とアーサーは語気を強めてこぶしを握り、玉座のオーガストとエイプリルを指さした。


「あんな奴ら、僕だったら死んでもごめんだね!!!」


貧相でちっぽけな少年が堂々と王を批判する、それが最後の一押しだった。


「そ……そうだ……!あの少年は、一歩間違えれば息子の姿だったかもしれない……」


「陛下!どうか退位を!!」


「ジュリアス殿下に譲位を!!!」


「我が家も王太子殿下を支持します!!!」


主だった貴族が玉座の周りへ殺到し、近衛兵やジュリアスが落ち着くように声をかけ、オーガストが怒りで言葉にならない絶叫を上げている。


祝宴が始まったころの華やかさが嘘のような阿鼻叫喚の図に、エイプリルのクラスメイト達も自分たちの栄達が終わったことを察した。


ある者はすすり泣き、ある者は茫然と膝をつく中、パジェット公爵令息がアーサーに駆け寄る。


「ゴミ平民、お前のせいだ……!貴様、ジュリアス殿下と結託していたな!!!」


殴りかかろうとした公爵令息の拳が、ぱしっと音をたてて払いのけられ、令息が無様に床へ転がる。払いのけたのはアーサーでもシルフィーネでもない、亜麻色の髪の少年だった。


「おや、私が返り討ちにしてやろうと思ったのに」


残念そうにつぶやくシルフィーネを、少年は振り返った。


「いやいや、主君の最愛に手間かけさせるほどじゃぁねぇですよ。大体シルフィーネ様がやったらそのつもりはなくても殺しちゃうでしょ」


「……君もやりすぎるなよ、エリオット」


アーサーの言葉に、エリオットと呼ばれた亜麻色の髪の少年は、保証できかねますねぇと嘯いた。


「大恩ある主家の若君をコケにされて、俺だってバチクソブチギレてんですよ」


「な、なんだ貴様、いきなり出てきて何のつもりだ!?貴様も平民か?」


床に転がされていたパジェット公爵令息がわめく。


「おや、ご存じない?俺いちおー貴族なんだけどなぁ。まぁ、百年ちょっと前に叙爵されたばかりの田舎男爵家だから仕方ないか。スペンサー男爵家のエリオットと申します」


優雅に一礼したエリオットは、流れるような動きで公爵令息の頭を踏みつけた。


「ごはぁっ、貴様、足を下ろせ、こんなことをしてただで済むと思っているのか!?」


「うわぁ、お手本みてぇな小物の台詞。けどなぁ、あんた、アーサー坊ちゃんが王太子殿下と手を組んでたことによーやく気づいたんだろ?口のきき方に気を付けた方がいいと思うぜ?」


ぐりぐりぐり、と金髪を踏みにじるエリオットを見て、クラスメイト達は助けるでもなく騒めいた。


「あのマジメガネが王太子殿下と結託……?どうやって……?」


「普通に鳥文を使ってですけど」


アーサーが端的に答えると、嘘をつけ、とクラスメイト達は語気を強めた。


「端末もないのに鳥文の送信も受信もできるはずないだろうが!」


「そうですね、僕は貧乏なので鳥文の送受信端末は持っていません」


今でこそ鳥文は魔力のみ送る方法が主流で、板状の端末で画像や音声までやりとりできる便利なものだが、かつては手紙を魔法の鳥に変えて物理的に送るものだった。


「旧式の鳥文なら僕にも扱えるので、故郷の幼馴染で一緒に学園へ来てくれたエリオットや、平民クラス時代の友人たちに助けを求めました」


淡々とアーサーは説明した。


あらゆる伝を頼って、事態の脱却に臨んだこと。友人たちも故郷の辺境伯家の人々もアーサーの身を案じ、彼を救うため方々に掛け合ってくれたこと。その声が、王太子にまで届いたこと。


「最初、第二王女殿下の兄と聞いてジュリアス殿下のことも警戒していたのですが、殿下は妹の所業を誠心誠意謝罪してくださいました」


それでアーサーも、ジュリアスの力になろうと腹を決めたのだ。


「褒美に王女殿下を誰か別の貴族に押し付けたほうが良い、と助言くださったのも殿下です。さすが実兄だけあって、王女殿下の性格の悪さをよくわかっていらっしゃる」


「お、俺にエイプリル様を押し付けた、だと……!?」


「はい、殿下と結婚させても全く心が痛まない、ちょうどいい押し付け先でした。本当にありがとうございますパジェット公爵令息」


足蹴にされた公爵令息の前にかがんで、笑顔でお礼を言うアーサー。パジェット公爵令息は怒りと屈辱のあまり再度暴れようとするが、エリオットが容赦なく腹を蹴飛ばし黙らせる。


「坊ちゃんにこれ以上危害を加えるんじゃねぇよ、クズが」


「うげっ、げほ、がほっ……!貴様、仮にも、貴族の端くれであろう!!?なぜ、平民ごときを坊ちゃんなどと……!」


「はぁ?……あんた、坊ちゃんを婚約者にまとわりつく害悪呼ばわりしたくせに、坊ちゃんのことなーんにも調べてねぇんだな」


怒りを通り越して呆れたといわんばかりのエリオット。それから急にまじめな顔つきになって、アーサーの傍らに立った。


「このお方はわが主家、キャロル家の御曹司なるぞ。お前らのような名ばかり貴族が、愚弄して良いお方ではない!」


その気迫に、パジェット公爵令息もクラスメイト達も息をのんだ。仇敵たちをにらみつけるエリオットの背中に、アーサーが呼びかける。


「エリオット。今の僕はただの平民だよ」


「坊ちゃんのご両親が、俺の両親含む領民を魔物から助けて亡くなったせいでしょう」


「エリオットのご両親や民のせいじゃない。父さんと母さんは、立派に領主の務めを果たしただけだ」


「だとしても、坊ちゃんが平民になっちまったばかりに、こんな局面になるまで直接助けることすらできなかった……!俺は側近失格です」


「それは困るな。家を再興したら、家令はこれまで通りスペンサー一族に頼もうと思っていたのに」


冗談めかして言うアーサーを振り返り、エリオットは今にも泣きそうな顔で笑った。


一方、クラスメイト達はひそひそと話し合っていた。


「キャロル家……?どこかで、聞いた覚えがある……」


「おかしい、ド田舎の下級貴族のはずだろう……?なんで中央貴族の俺たちが」


戸惑うクラスメイト達に、エリオットはやれやれと肩をすくめた。


「なぁ、あんたたち。小学生レベルの頭でも、さすがに大聖女ステラ様は知ってんだろ?キャロル家はステラ様のご実家だよ」


大聖女ステラといえばスノーレイク国民で知らぬものはない。慈愛深き聖女として民に愛され、百五十年ほど前に王家へ嫁いだ歴史上の偉人である。


「キャロル家は代々、欲も野心もない一族で、ステラ様が王家に嫁いだ当初は男爵家だったそうだが、家柄と功績でいえば侯爵でもおかしくないほどの名家だぞ?」


それはさすがに過大評価だと、アーサーは思わず口をはさんだ。


「僕と大聖女様に血縁関係はありませんよ。ステラ様は我が家の養女だったので」


なんだ、それならアーサーごとき恐れるに足らず、とクラスメイト達がほっとしたのもつかの間、アーサーはさらなる爆弾を投下した。


「血縁はエリオットのほうで、スペンサー家の始祖はステラ様の実弟です。親子ほどに年の離れた弟を、ステラ様は大層溺愛していたそうですよ?」


歴代最強の英雄王と名高きアレクサンダー王の拠り所だった王妃、大聖女ステラ。その大聖女が溺愛した実弟の興した家が、ただの男爵家であろうはずがない。


スペンサー家は主家のキャロル家に配慮して爵位こそ低いが、辺境の男爵家としては破格の財力と権力を誇る家だった。


そんな家の次期当主であるエリオットと、王太子の盟友であるアーサーに嫌悪され、この先の社交界でどんな目に遭うか。


将来がお先真っ暗であることに気づいたクラスメイト達は完全に沈黙した。


「さて、話は終わったか?」


暇を持て余してスクワットをしていたシルフィーネが、アーサーたちに話しかけた。


「申し訳ありません、シルフィーネ様。麗しい貴女を放置してしまうなんて」


「かまわないさ。それに、あちらの話も佳境のようだぞ?」


シルフィーネが顎をしゃくった先では、臣下に退位を迫られるオーガスト王が吠えていた。




 「許さぬ!決して認めぬ!!退位などするものか!!!ジュリアスよ、貴様の愚行でこの国は割れる!多くの民がお前のせいで死ぬことになるだろう!!!」


「お父様……私、怖いわ……」


わめくオーガストに、父親に縋り付いてぷるぷる震えるエイプリル、毅然と立ち向かうジュリアスとメイジェーン。そんな図式がいつの間にか出来上がっていた。


そのとき、王の醜態を妻の傍らで鑑賞していた騎士王が、ぽつりと呟いた。


「……似ていないな」


「何の話だ、騎士王!」


「いや、すまない舅殿。大した話ではないのだ。ただ……メイと義弟殿はよく似ているのに、義妹殿は似ていないと、ふと思ってな」


すまないという割に申し訳なさそうな顔もせず、騎士王はメイジェーンの銀髪を一房掬って指に絡めた。


「ほら、メイもジュリアスも、貴方によく似た見事な銀髪であろう?そうか、義妹殿だけが舅殿に似ていないのだな」


「どういう意味だ!?我が妃が不貞でも犯したと言いたいのか!!?」


「滅相もない、ただの感想だよ。あぁ、話の腰を折って悪かった。続けてくれ」


どうぞどうぞ、あんたの主張を聞いてやるよ、と言わんばかりに芝居がかかった仕草で両手を広げる騎士王。


オーガストは憤然として臣下たちに向き直ろうとして、ふと何気なく、傍らのエイプリルを見た。


(確かにエイプリルは我に似ていない……)


いや、それが何なのだ、エイプリルは亡き最愛の妻にそっくりじゃないか。そう思うのに、末娘が自分に似ていない、という事実が妙に引っかかった。


(まさか、まさか……妃は、我を、愛していなかった……?)


これまでなら一笑に付したであろう可能性。


しかし、可愛らしく心優しいと信じていた娘が、たかが元子爵令息に過ぎない貧相な平民から完膚なきまでに振られるくらいだ。


自分だって、実は王妃に嫌われていたのではないか。


一度湧きあがった疑念は、凡庸で弱い王の心を瞬く間に蝕んでいった。


(エイプリルが、我の娘ではない……?)


王妃は国王に尽くしていたように見えて、仕事や閨事を強要する夫に憎悪していたのではないか。


その腹いせに、ほかの男との子を王女だと偽ったのだとしたら?


だって、自分はきちんと避妊していた……!


突如として湧いた托卵疑惑に、オーガストは玉座に倒れこむようにして座り、頭を抱えた。そんな父親の腕に、エイプリルが縋り付く。


「ねぇお父様、黙ってないでお兄様たちに何とか言ってやって」


「離しなさい」


「えっ?」


オーガストは思い出した。王妃に「この子を幸せにしてあげて」と言われる前にエイプリルへ抱いていた感情を。


最愛の妻を奪った嬰児への、海より深い憎しみを。


あれほど愛おしかったエイプリルが、今は汚らわしい何かに思えて仕方なかった。


「離せ」


「きゃぁっ!?」


オーガストに突き飛ばされたエイプリルは、悲鳴を上げて倒れ、周囲の近衛兵に抱き止められた。


「エイプリル、そなた……本当に、我の娘なのか……?」


その問いかけに瞠目したエイプリルが何か言うよりも早く、メイジェーンが父と妹の間に割って入った。


「陛下、なんということを!エイプリルはお父様の娘ではありませんか、かわいそうに……」


メイジェーンが「大丈夫?」と差し伸べる手を、エイプリルはとっさに振り払った。今まで無意識に見下してきた姉に、「かわいそう」と憐れまれたのが我慢ならなかったのだ。


しかし、その光景を見ていた周囲の貴族たちはどよめいた。


「メイジェーン様……なんとお優しい」


「それに比べてエイプリル様の自分勝手なこと……」


ひそひそと交わされる非難の声に、エイプリルは肌が粟立った。この光景は、とても覚えがある。いつもは姉と自分の立場が、逆だっただけで。


「メイ、気にすることはない」


手を振り払われて悲しそうにしているメイジェーンに、騎士王が駆け寄った。燃えるような赤毛の美丈夫は、エイプリルをやや強引に立たせ彼女の耳元に唇を寄せる。


「貴様が今までメイに与えてきた屈辱を味わった気分はどうだ?小娘」


エイプリルにだけ聞こえる声量で、騎士王が囁いた。


「ッ、馬鹿にして……!」


「みっともない真似はやめなさい」


苛立ち紛れに拳を振り上げたエイプリルだが、オーガストにそっけなく咎められて動きを止めた。


「お父様、どうして……!?」


「どうして?我は……どうかしていた。いったい何のために、愛すべき真の子供たちを冷遇して……許してくれ、メイジェーン、ジュリアス……」


オーガストは一気に十は老け込んだような顔をしてうなだれた。その肩に、ジュリアスがそっと手を置く。


「気を確かに、父上。父上は疲れておられるのですよ。あとのことはジュリアスにお任せください」


優しい声音とは裏腹にジュリアスの眼は全く笑っていないのだが、オーガストはそんなことにも気づかず感涙した。


「うむ、うむ、そなたの言うとおりにしよう。我はもう、くたびれた……ジュリアスに王位を譲ろう」


「そんな、お父様、待って……!お兄様が王になったら、嫉まれている私はどうなるの!?」


息子に促されるまま玉座から立ち上がったオーガストは、追いすがるエイプリルを虫けらでも見るような目で一瞥した。


「お前はアーサーの望み通りパジェットの倅に嫁げ。だが、我の離宮には来てくれるなよ。その顔は、もう見とうない」


「そんな、お父様、お父様ぁっ!!!」


衛兵たちに囲まれたオーガストが広間を出ていく。その少し後に、半狂乱で泣きわめくエイプリルが女官に半ば引きずり出されるような形で続いた。


「皆の者、妹のめでたい誕生日祝いがこのような騒ぎになり申し訳ない。譲位の詳細についてはまた後日……」


ジュリアスとその妻が今後について通達し、貴族たちが会場内へ三々五々に散っていく。


周囲から人がいなくなると、騎士王はやれやれと首を振った。


「きっかけを作っておいてなんだが、清々しいほど下種な手のひら返しぶりだったな。で、メイ、実際のところどうなのだ?義妹殿はオーガスト王の娘なのか?」


少々悪趣味な質問をする夫に、メイジェーンは「困った人」とでも言いたげな微笑を返す。


「わたくしは噓を言ったつもりはありませんわ。エイプリルはお父様の娘です」


「言い切ったな」


「お母様は愛情深い母で、高潔な王妃でしたから。子供を復讐の道具にするような恥知らずではありません。仕事と父の相手が忙しくて浮気をする暇もなかったと思います」


「なるほど」


「それに……エイプリルはお父様にそっくりじゃありませんか。好意を持った相手には何をしても許される、と思っているところが」


清廉な笑顔のままさらりと嫌味を吐く妻を、騎士王はたまらないとばかりに抱きしめた。


「これだから、最高だな、我が妻は」


「ふふ。本当に、困った方」


役目は終わったとばかりにいちゃつく姉夫婦を、ジュリアスがげんなりした目で眺めた。それから場の空気を変えるように手を打つ。


「皆の者、もう一つ聞いてほしい。王女の命を救ったアーサー殿への褒美が、加害者エイプリルの接近禁止だけではあまりにも不憫。よって、キャロル子爵の位を返還しよう!」


実はアーサーも、数日前に十八歳の誕生日を迎えている。キャロル家を再興して爵位を継ぐ条件は満たしていた。


王太子の粋なサプライズに、アーサーは驚きと喜びで目に涙を浮かべた。


「ジュリアス殿下……!ありがたく、拝命いたします。殿下に生涯の忠誠を誓います」


感動的な復権劇に、周囲の貴族たちは万雷の拍手を送った。本来、爵位の授与は王の権利なのだが、そんな野暮で空気の読めないことを言い出す者はどこにもいなかった。


「アーサー坊ちゃん、殿下へのお礼と忠誠も確かに大事ですけど、同じくらい大切なことがあるんじゃないですか?」


歓声の中、喜びと気恥ずかしさに笑っていたアーサーだったが、エリオットにわき腹を肘でつつかれると一瞬固まった。それから、隣に立つ女性をゆっくりと見上げる。


「……シルフィーネ様」


「うん?どうした、アーサー」


凶悪な笑顔を浮かべるシルフィーネにひととき見とれたアーサーは、決意を固めるとその足元へ跪いた。


アーサーが第二王女と懇意にしている、という噂を聞いてきっと心穏やかではいられなかっただろうに、変わらぬ愛を胸に待っていてくれた人。


「シルフィーネ・ウッズワード辺境伯令嬢。どうか僕と結婚してください」


「喜んでお受けしよう」


単刀直入なアーサーの申し出を、シルフィーネは漢らしく快諾した。


「いよっしゃあああああ!!!おめでとうございます、二人とも!!!」


なぜか側で聞いていたエリオットの方が喜びの絶叫を挙げ、拍手喝采する彼につられて周囲の人々も祝福の歓声を上げる。


王女の誕生祭は主役不在のまま、最高潮の盛り上がりを見せた。




 それからどうなったのか、少し語ろう。


エイプリルの誕生祭からほどなくして、オーガストは正式に王太子ジュリアスへ王位を譲った。


自然豊かで風景は美しいが、国政へ影響を及ぼすには不便な離宮へ移ったオーガストは、後悔と疑念に苛まれながら余生を過ごした。


現役時代あれほど可愛がっていた末娘に会うことはなく、反対に冷遇していた長女や長男には頻繁に手紙を送るようになった。


しかしメイジェーンもジュリアスも多忙を理由に返事は最低限で、やがて世間の人々にも先王オーガストは忘れられていった。



 王位を継いだジュリアスは、突出した才こそないが公平な統治で民の支持を集めた。


本人曰く、ジュリアスは人に恵まれていた。


長らく緊張関係にあった隣国との融和のきっかけとなった姉。


辺境の地にて高名な医師となった盟友。


何より、誠実に夫を愛し苦楽を共にした王妃。


そのほか多くの人に支えられ、ジュリアスは後世に名君のひとりとして名を残すことになる。



 アーサーは改めて飛び級試験に合格し、学園史上最速のスピードで医師免許を取得すると、領地へ舞い戻った。


子爵家の当主兼医師として、充実した毎日を過ごすことになる。


その仕事ぶりは多忙を極めたが、どんな魔物も寄せ付けない最強の妻と、家令を務める親友がアーサーを生涯に渡って支え続けたという。



 そして第二王女エイプリルには、表向き罰らしい罰は与えられなかった。


しいて言えば学園を中退させられ、結婚式を挙げることなくパジェット公爵令息と婚姻。公爵家の領地で暮らすようになったくらいだ。


とはいえパジェット家の領地は豊かで、臣下たちは有能だ。美しい館での、不自由一つない生活である。


アーサーが辺境に帰ってからは王都での社交も特に禁止されていない。


しかしながら、学生時代あれほど持て囃されたエイプリルは嫁ぎ先の屋敷に引きこもって、終ぞ社交界に出ることはなかった。


「きらい、嫌いきらい、みんな大っ嫌い!!!私のこと、どうせ裏では馬鹿にしているんでしょ!!!」


部屋に閉じこもって癇癪を起こし、暴れまわるエイプリル。


「エイプリル様、落ち着いてください!誰も、そのようなことは考えておりません!」


夫となったパジェット公爵令息は初めこそエイプリルに寄り添おうとしたが、そのうち妻を持て余すようになった。


結婚半年も経つと、学生時代の執心が嘘のように妻の部屋へ寄り付かなくなり、領地の娼館に入り浸るようになったという。


それからもう一つ、エイプリルには変化が起きた。治癒の力が使えなくなったのだ。


かつて、大聖女ステラでさえ人に絶望して治癒の力が使えなくなった時期があったという。聖女の癒しというものは、それだけ繊細な力なのだ。


人間不信にどっぷり浸かったエイプリルが治癒の力を失うのも当然だった。


かわりにエイプリルは、それまで使えなかった結界の力を度々暴走させるようになった。


他人への憎悪が募ると周囲に不可侵の結界が出現し、誰も近づけなくなるのだ。


公爵家の使用人たちは決してエイプリルの世話をいい加減にすることはなかったが、近づけなければ奉仕しようにも限界が来る。


だんだんとエイプリルの部屋は薄汚れていき、本人もだらしない体型と身だしなみに変化して、かつての可憐さが嘘のような見目になっていった。


「嘘よ、こんなはずじゃ、こんなはずじゃなかったのぉ……!」


部屋中の鏡が叩き割られ、分厚いカーテンに閉ざされた暗い室内で、エイプリルは一日中寝台に横たわって泣き過ごすようになった。


体が思うように動かないのだ。


それもそのはず、彼女の心臓は魔道具で無理やり動かしているだけで、病が根本的に治ったわけではない。


おまけに治癒の力を失い、魔道具のメンテナンスも怠り、部屋に閉じこもって動かなくなったことにより、病はエイプリルの命を再び蝕み始めた。


ところが公爵家の人々はその変化を不摂生のためだと考えて、医者を呼ぶこともしなかった。


エイプリルは苦しみぬいた挙句、若くして亡くなるのだが、夫をはじめとして公爵家の人々はやっとまともな妻を迎えられるとホッとするばかり。


彼女の死を悼む者は、いなかったという。

これにて本編終了です。気が向いたら番外編は書くかも。

アーサーたちはハッピーエンドだけど、終わり方は後味悪いなぁとは思う。

まぁ、執筆のきっかけが「ざまぁ書きたい」だったので致し方なしですね!

読後感さわやかなハッピーエンドをお求めの方は平民聖女とかチャラ男源氏とか超童話シリーズ(一部例外はあるかもしれない)をどうぞ。


メイジェーンはああ言ってましたが、エイプリルが本当に王様の娘なのかは想像にお任せします。

まぁ、表面上は素敵なお屋敷で何不自由なく暮らすんだから、ざまぁとしてはだいぶぬるめです!(すっとぼけ)

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