第9話 あ〜んとブランコと、刺客の矜持
読んでくださりありがとうございます!
今回はフードコート構想が進みはじめますが、見どころは完全にカイ。
あ〜ん、ブランコ、天然ユータに振り回され、ついに魔力抑制まで発動!
クールな刺客の限界が近づいてます。ぜひ楽しんでください!
──北の魔王領・クラヴィス城。
氷牙の塔――北の魔王領にそびえる、静寂と秩序の象徴。
その最上階にある謁見の間は、雪を閉じ込めたような白と灰の石で構築され、魔力結晶の淡い青白い光が天井を照らしていた。
その中心。
白銀の装束を纏い、幾何学紋を刻んだ礼装マントを肩にかけた男が、静かに玉座に腰掛けていた。
その髪は、金と銀のあわいを思わせるような冷ややかな淡金。
波打つことのない、真っ直ぐな髪が肩を滑り、床近くまで流れている。
顔立ちは中性的な美貌を持ちながらも、内に秘めた鋭さが隠し切れない。
琥珀に氷を混ぜたような薄金の瞳が、何もかもを見透かすように静かに煌めいていた。
北の魔王――クラヴィス=ゼル=ノルド。
その姿勢は端正で隙がない。
だが、冷たさを感じさせながらも、不思議な品と重みがあった。
指先には、装飾を極限まで削ぎ落とした金属製の器。中には、魔界産の蒸留酒が淡く揺れている。
何ひとつ、無駄がない。
その存在すべてが、「思考と統治」そのものだった。
「ふむ。魔王ルシアスの城下のダンジョンで“飯屋”とはな……まったく、愉快なことを考える」
「……軽率な行動ではありますが、監視対象の影響力は想定以上です」
報告を終えたカイ=ヴァレンティアは、静かに跪いていた。
その表情は冷静そのもの。しかし──
(……なんでまた、あいつの肩の汗を思い出してんだ俺は)
(ちがう。これは幻覚。風呂の後遺症。あるいは脳に残った湯気)
クラヴィスは口元に笑みを浮かべた。
「まあいい。お手並み、拝見といこうじゃないか、カイ。せいぜい“惑わされるな”よ?」
「……心得ております」
(……そう、“あれ”は幻覚だ)
(……あの、笑顔も、湯上がりのうなじも、全部──)
──*──
「焼き鳥はどうだろう……いや、焼き魔獣串のほうがいいか? でも“目玉”って感じじゃないんだよな……!」
俺は魔王城ダンジョン前広場で、フードコートの設営図とにらめっこしていた。
カウンターの高さ、導線の流れ、そして──看板メニュー。
「セリアさんにも“インパクトと収益性”って釘刺されたしなぁ……」
そのときだった。
「……安全確認だ」
「って、また来てるーーー!?」
物陰からひょっこり現れたのは、黒衣の影──いや、もはや定位置かのような存在、カイだった。
「いやいや、もう何回安全確認するんですか!?」
「……念には念を、だ」
(何度も見に来るのは、あいつのせいじゃない。私の監視任務のため……。そう、任務なんだ……)
「じゃあついでに、試作品の味見してもらっていいですか?」
「……ああ、構わん」
「串、熱いかもだから……俺が持ちますね。はい、“あ〜ん”」
「……ッ」
口元に差し出される、串に刺さった香ばしい一口サイズの肉。
「どぞっ」
(やめろ、やめろ、その笑顔で差し出すな……)
(“あ〜ん”って……なんだ。こっちは心拍数が微妙に跳ねたんだが……)
カイは真顔のまま串をくわえた。
「……うまい」
「ほんと? よかった!」
(うまいじゃねえんだよ! なに素直に答えてる!カイ=ヴァレンティア!!)
(……胸が高鳴っている。魔力がわずかに乱れている……)
(制御系の術士の私が、たかが“あ〜ん”ひとつで揺らぐとは……)
カイは無言で串を受け取り、表情ひとつ変えずに口に運んだ。
──*──
その後。
ユータが小屋の裏手にある広場を指さして言った。
「そういえば、子ども向けの遊具の試作でブランコ作ったんですよ」
「……ブランコ?」
「ちょっと揺れ方の確認したくて。カイさん、実験に付き合ってくれません?」
そう言うなり、カイの腕をぐいっと取った。
「ほら、こっちです!」
「……なっ」
反応する間もなく、引かれるままブランコへ連行されるカイ。
(なんで私が……。いや、拒否できなかった……なぜ……!)
──そして。
「せーのっ!」
ユータと並んで乗るブランコが、ぎっこんばったんと動き出す。
風を切る音。
となりのユータは無邪気な顔で笑っている。
(まて、距離が近い。なんだこの爽やかさ。風で……風で……)
風がユータの髪をなびかせ、うなじがちらりと見えた瞬間──
(ダメだ。見てない。俺は見ていない。刺客がうなじにときめくとか……職業倫理の崩壊)
「どうですか、ブランコ。ちょっと癒されますよね」
「……ああ」
(癒されてどうする。こっちは魔力が暴走しそうなんだ)
ついに、カイはブランコに揺られながら、結界魔法をこっそり起動した。
「《魔力抑制・精神安定陣》……起動」
小さく呟いた瞬間、カイの足元に淡い紋章が浮かび上がる。魔力がスッと静まり、体温も意識も、まるで薄氷を張るように鎮まっていく。
(よし……落ち着け……今のは幻。汗が反射しただけ。声が優しかったのはたまたま。何も……起きてなど……)
しかし、視界の端には無防備にブランコをこいで笑うユータの姿が。
(……精神安定、全然追いついてない……)
「……カイさん? なんか、顔赤いですよ?」
「ちがう。これは、日差しだ。炎属性の影響だ」
「え、今日くもりですよ?」
「黙れ。……少し黙れ」
(この男の天然発言は、毒気を抜く代わりに心臓に刺さる。新種の拷問かこれは)
ブランコの揺れと共に、カイは心を沈めようと天を仰いだ。
──私は刺客。これは任務。そう、任務なのだ。
(……だというのに、なぜ──)
(……こいつの“笑顔”が──俺を壊しかけている)
──つづく。
最後までありがとうございました!
今回はカイのツッコミどころ満載の回でした。
冷静キャラがここまで崩れると書いてて楽しいです。
次回はいよいよ「ダンジョン前飯」本格始動。お楽しみに!