第7話 俺たちの銭湯、グランドオープン(試運転)
ついに完成した異世界銭湯、その名も“魔王城スーパー浴場”!
設計士ユータの本気が、異世界の風呂文化に革命をもたらす。
だがそれ以上に“ぐらついて”しまったのは、まさかのあの男……?
今回は、魔王&セリアの試運転から、カイの感情温度が急上昇する、
BL風呂回(?)をお楽しみください。
「では、いざ……開放ッ!」
魔王ルシアスが声高らかに宣言し、新たに完成した浴場の扉を押し開けた。
中には、魔石照明に照らされた清潔な床、ゆったりとした浴槽、打たせ湯、壺湯、岩風呂、寝湯、サウナと水風呂まで完備された、異世界とは思えぬスーパー銭湯空間が広がっていた。
「おおおおおっ!! これは……っ! なんという完成度……!!」
ルシアスが大袈裟なまでに目を見開き、すぐさま湯船へ突進する。
「わーっはっはっ! なんだこれは! 気持ちいいぞッ!」
ばしゃあん!
大の大人が全力で湯に飛び込む姿を、セリアは脱衣所から冷めた目で見ていた。
「陛下、飛び込みはご遠慮いただきたいと、事前にお伝えしたはずですが」
「すまん、我慢できんかった!!」
「小学生か……」
それでも、彼もすぐに服を脱ぎ、静かに湯へと身を沈める。
「……温度もちょうどいい。湯の流れも一定で、保温性も高い」
セリアが眼鏡をくい、と押し上げながら満足げに頷いた。
「そしてこの炭酸泉……肌が……ぴりぴり、じゃない。すべすべする……」
「だろう? 異世界式・炭酸ガス発生魔導石の実験は成功だな!」
俺は少し離れた岩の上で、設計図を手に調整箇所を確認していた。
「この寝湯も……いいな……ふっ……ふふっ……!」
なぜかニヤけながらサウナと水風呂を3往復し、「整った……」とつぶやいている魔王の姿に、思わず吹き出しそうになる。
(まさか、陛下に“ととのい”の概念が刺さるとは……)
予想外すぎる大ヒットだ。
「ユータ、これは……まさに革命だ! この風呂、城の宝にするぞ!」
「いや、まだ調整中なんですけど……」
セリアが静かに肩をすくめた。
「革命とまでは言いませんが……これは確かに、“人を幸せにする設計”だと思います。素直に、感動しました」
「うわっ……セリアさんからそんな言葉が出るとは……!」
褒められ慣れていない俺は、思わず耳まで赤くなってしまった。
「というわけで、お二人ともゆっくりしててください。俺は残りの細かい調整して、軽く試しに入っておきますんで」
「ぬぅ、先に抜けるのか……だがよく働いた、お前の勝ちだ」
「勝ち負けではないです」
* * *
そして、静かな浴場。
俺はひとり、脱衣所でシャツを脱ぎながら深く息を吐いた。
(は〜〜〜……)
肩まで風呂に浸かると、筋肉のこわばりがじんわりとほどけていく。
(やっぱ最高だ……銭湯ってのは、こうでなくちゃな)
目を閉じ、温もりを味わっていたそのとき──
湯に肩まで浸かり、俺はゆっくりと息を吐いた。
(やっぱ最高だな……)
露天から見える空は、夕焼け色に染まりかけている。
ふと、背後に“誰かの気配”を感じた。
「……あの、カイさん?」
振り向くと、やっぱりそこにいた。
黒衣を着たまま、柱の陰に立ち、じっと俺を見ていた。
「……温度調整の具合を確認に来ただけだ」
「いや、それ絶対違うでしょ!? もしかして覗き──」
「ちがう」
「ですよね……ていうか、入ってみます? せっかく作ったんで」
「……?」
「うん。せっかくだし感想も聞かせてほしいんです。どうだったか……その、使いやすさとか、居心地とか……!」
カイはしばらく黙っていたが、湯に視線を落とし、ゆっくりと頷いた。
「……ならば、少しだけ」
(なぜ俺はうなずいた? 断れたはずだろ。なにをやってる、俺)
──数分後。
対面するかたちで、湯船に並んで浸かる俺とカイ。
(近い。近すぎる。いや、適切な距離だ。湯船の幅的に……物理的には正しい……問題は精神面だ)
「……ふむ。湯の温度も深さもちょうどいい。設計精度も高い」
「わ、本当にチェックしてくれてる……」
「……そしてこれは、“心を解く”構造だ」
「へ?」
「風呂とは、警戒を解き、無防備になることで、言葉が柔らかくなる。……この空間が、そう作られている」
「へぇ……ちょっと詩人っぽいですね」
「……いや、ただの感想だ」
(何を言ってるんだ俺は!? どうした俺の口!)
「俺の生まれた地方では、水は祈りと等しかった。風呂に浸かる文化はなかった」
「そっか……じゃあ、今は?」
「……好きだ。正直に言えばな」
(言ったーーー!?!? なんでそんな正直に言った!? 落ち着けカイ、風呂は心を解く、それだけの話……っ)
カイがそう言った時、ほんの少しだけ、表情が緩んでいた。
けれど──次の瞬間。
「……喋りすぎた。すまない」
ふいに湯から上がり、タオルで体を拭き始める。
「えっ、もう上がるんですか?」
「……十分だ」
(限界だ!!!)
(これ以上いたら、何を言うかわからない。何を見つめるかわからない。なぜあの鎖骨を見て心臓が跳ねた!?)
「いやいや、もうちょいゆっくりしても──」
「これ以上いたら、湯の魔力で俺の任務が終わる」
「湯にそんな効果はないと思うんだけど……」
「……おまえの声が、風呂で反響して……脳に刺さる。建築士のくせに、妙に音響効果まで完璧にするな……」
「どんな感想それ!?」
(もうダメだ……! このままじゃ風呂に“堕ちる”。物理的にも感情的にも──)
カイは逃げるように、湯気の向こうへと姿を消した。
その背には、まだ湯気が残る──そして妙に火照った耳が、赤く見えていた。
──つづく。
ご入浴ありがとうございました!
カイくんの「冷静」と「ドキドキ」が真っ向からぶつかる第7話、いかがでしたか?
ツンデレスパイ×天然建築士の距離が少しだけ縮んだこの湯けむり回、
次回は一転、シリアスな展開が動き始めます。
西の魔王・グラヴィスの影もちらり……?