第6話 風呂設計は真剣です(ただし距離感はバグってます)
魔王城の公衆浴場、いよいよリノベ開始!
ユータが提案する「露天風呂×壺湯×岩盤浴」なプレゼンに、異世界組は全員ポカン……だけど「好きにやれ」のお墨付きもゲット。
そして設計作業中、あの黒衣の側近・カイがまた現れる──
任務のはずが、なぜかドキドキが止まらない!?
仕事の距離感と、心の距離感がまったく一致しない、微妙にギャグ寄りな第6話です。
「──まずは、現状を把握したうえで、改善案をまとめました」
俺は大広間の中央に、手描きのパースと図面を広げる。
そこには、打たせ湯、壺湯、露天風呂、寝湯、炭酸泉、さらには休憩スペースとアイスボックスまで描かれていた。
「このメイン浴槽はゆったり二十名収容、さらに高低差を利用して打たせ湯と足湯を展開。外部には露天風呂を新設し、岩盤浴エリアと休憩所も――」
「……すまん、何を言っているのか全くわからん」
魔王ルシアスが正直すぎる顔で言った。
セリアも腕を組んで頷く。
「“炭酸泉”とは何ですか? 炭を燃やすのですか? “寝湯”とは湯に寝る? 意味が重複していませんか?」
「ぐ、文化の差か……!」
異世界に来て初めて、プレゼンが虚空に消えていく瞬間を味わった。
「だが、ユータが考えたのなら間違いない。好きにやってみろ」
「うむ。我らに説明せよと言う方が無理だったな」
「いや、もうちょっと理解しようとしてよ……」
とは言え、「自由にやっていい」と言われたのはありがたい。
ならば遠慮なく――
「わかりました。俺の趣味全開でやらせてもらいます」
「おお! よきに計らえ!」
魔王は満足げにうなずいた。セリアは半眼でため息をついていたが、口元が微妙に緩んでいた。
* * *
──翌日。
俺は朝から浴場に張り付いて、解体と測量、地盤調査、レイアウト構想に取り組んでいた。
「……あれ、やっぱ外気導入のルート確保しないと露天の換気が死ぬな。給湯ラインは魔導炉からの分岐で……」
魔導ペンをくるくる回しながら図面に書き込む。
一人でブツブツつぶやいてる姿は、はたから見れば完全に怪しいやつだが、俺にとっては至福の時間だった。
そんなとき。
物陰の柱の向こうから、じっとこちらを見つめる視線があった。
──カイだった。
黒衣に身を包み、背筋を伸ばして静かに立っている。だがその琥珀の目は、明らかに俺に向いていた。
(……また来てるな)
昨日の件もあるし、なんとなく気配でわかる。
「なにか、ご用ですかー?」
手を振ってみたが、カイはすぐには動かない。
少ししてから、無言でゆっくりと歩いてきた。
「……おまえ、ひとりで全部やるのか」
「ま、得意分野なんで。むしろ人が多いとやりにくいです。」
俺がそう返すと、カイはしばらく黙ったまま、図面と俺の顔を交互に見つめていた。
「……変わってるな」
「んー、まあよく言われますけど……って、ちょっと実験していいですか?」
「は?」
次の瞬間、俺は浴槽予定地にあたる窪みに、カイの腕を引いて一緒にしゃがみ込んだ。
「ここが壺湯の位置です。深さはこれくらいで……あ、これ二人で入ったらちょうどいいかも」
「…………は?」
「壺湯っていうのは、一人用のお風呂なんですけど、二人でもギリいけるかなって試してみたかったんですよねー。どれ、肘の位置は……」
「あっ、いやいや、変な意味じゃなくて! あくまで設計上の話っていうか、空間効率の確認っていうか……!」
慌てて手を振って否定する俺。
けれど、気づいてしまった。
やたらと近い。
ていうか、顔が近い。
息がかかる距離。
額の汗が、ほんの少し、カイの袖に落ちた。
(ち、近い……ッ)
カイの心拍が、明確に跳ねた。
──なにこれ、なにこれ、なにこれ。
冷静で無感情、影の仕事に徹してきたカイ=ヴァレンティアの脳内に、警報のような音が鳴り響いていた。
(ダメだ、これは任務。俺は任務に来てる。情報収集、監視、必要があれば排除──)
「ね、カイさんも入ってみてくださいよ。たぶんちょうど肩までお湯きます」
「断る」
秒で拒否。
「まあまあ、サイズ感の確認ですって。風呂は実際に入ってみないとわかんないんで!」
「おまえの文化、やたら距離が近い」
「ん? なにか言いました?」
「……なんでもない」
カイはそっと距離を取ると、心の中で自分に言い聞かせた。
(落ち着け。これは任務。動揺する必要などない……)
(相手はただの建築士だ。ただの……異世界の、無防備で、妙に気になる……くそ)
(……ダメだ。これは一時的な錯覚。魔素か何かの影響……いや、関係ない。冷静になれ、カイ=ヴァレンティア)
──だが。
目の前で無邪気に図面に夢中になるその姿を見て、カイは確信する。
(……この任務、絶対に順調にいかない)
──つづく。
最後までお読みいただきありがとうございます!
今回は、ユータの真面目な設計と、カイのツンデレな動揺がバランスよく混ざる“浴場回”でした。
BL風味がちょっと強めだったかもしれませんが、ギャグとの中和を意識しました(多分)。
カイはまだ「これは任務だ」と言い聞かせてますが、果たしてどこまで耐えられるのか……。
次回も少しずつ、ゆっくりですが“関係の進展”がありますので、どうぞお楽しみに!