第5話 氷のスパイと裸の建築士 〜任務のはずが、ドキドキが止まらない〜
公衆浴場の視察を終え、ひとり黙々と図面を引くユータ。その姿を見つめていたのは、黒髪の超美形──カイ。
実は彼は西の魔王のスパイとしてルシアス城に潜入していた人物だった。
だが出会いは、任務よりも早く“心”に火をつける……!?
一方ユータは、わがままな魔王の“ぬるい風呂”に振り回され中!?
静と動、任務と生活、スパイと建築士──それぞれの思惑が少しずつ交差しはじめる。
(この男が、ユータ=ミナト……)
カイは冷静に、目の前の青年を観察していた。
自分は西の魔王・グラヴィス陛下の側近にして、情報工作を司る影の者。
東の魔王・ルシアスのもとに潜入したのは、約一年前。
中立機関「王立図書局」からの技術研修という肩書きを利用し、魔王城に配属された。
表向きは書庫担当だが、任務はただ一つ――
「ルシアスの動向を探り、必要なら排除すること」。
ところが。
いま目の前にいるその男――ユータという異世界人の建築士に関する情報を聞いたとき、カイの中で警戒のスイッチが入った。
(“魔法を使わずに、構造そのものから城を造り替える異世界人”……確かに異例だな。接触して、正体を探るか)
そう思って足を運んだ。だが。
目の前にいたユータは、汗まみれで工具を振るい、板を剥がし、図面を引いていた。
魔導ではない。泥臭い、だが着実な作業だった。
そしてその……シャツを脱いでいた。
(……?)
目が、自然と、肌に吸い寄せられる。
薄く汗をにじませた鎖骨。日に焼けていない白い肌。細身ながらも引き締まった肩と腕の筋肉。
(……え?)
まぶたが勝手に瞬いた。
(一瞬で、目が離せなくなった……なんだこれは)
情報分析も、任務の緊張もすべて一瞬で後ろに消えた。
(くそ、なんで……)
カイは一拍、息を吸って──そのまま、無言でユータに近づいた。
「おまえが、ユータ=ミナトか?」
いつも通りの、無感情な声で。
だが、その胸の鼓動は、今までにないほどに――熱かった。
(なんだ、あの笑顔……)
その後、物陰から少し離れた場所に立ちながら、カイはそっと息をついた。
任務、分析、警戒心——どれもが今、ぼやけていた。
ただ、目の前の異世界人の青年が、シャツの裾で額の汗を拭いながら、黙々と作業する姿に──
言葉では説明できない“惹かれるもの”を感じていた。
(……なにを考えている。これは任務だ。冷静になれ、カイ=ヴァレンティア)
だが、再びあの白い肌と、無防備な背中が目に入った瞬間——
(……無理だ)
自分の心拍が、乱れる音を確かに聞いた。
その場にいたくないのに、立ち去れない。
観察しているはずが、ただ“見とれている”自分に気づく。
こんな感覚は、今までの人生になかった。
(このままでは……まずい)
だが。
その“まずい”を、カイはどこかで楽しんでいた。
* * *
一方その頃──
「というわけで、まずは私室の浴室も、見てくれ!」
「……いや、公衆浴場優先って自分で言ったでしょ陛下」
玉座の間の一角。
俺・ユータは魔王ルシアスに手を引かれるまま、豪奢な私室の風呂場へと連れてこられていた。
「湯がぬるいと気分が落ち着かんのだ! せめて原因だけでも調べてくれ!」
「子どもか!」
「ふふ、陛下は意外と“ぬくもり”にこだわる方ですから」
セリアが苦笑しながら肩をすくめる。
なんだこのコンビ……。
片や豪快でわがままな魔王。
片や冷静沈着で口うるさい管財官。
でも不思議とバランスが取れている。
「……仕方ないな。見るだけですよ、見るだけ!」
「おおっ! さすが我が建築士、話が早い!」
そう言って満面の笑みを浮かべる魔王が、正直ちょっと可愛い。
「……俺、本来の仕事って、ここまで人に感謝されたことないんだけどな」
ぼそっと呟いた声は、誰にも届いていないようで──
でもセリアが、わずかに口元を緩めたように見えたのは……気のせいだろうか。
――つづく。
最後までお読みいただきありがとうございます!
今回から新キャラ・カイが登場しました。クール系スパイ × 汗だく建築士という、真逆な2人の化学反応が今後の見どころになっていきます。
魔王とセリアのほっこり(でも若干圧の強い)コンビにも引き続きご注目ください!
次回はいよいよお風呂のリノベーション本格始動──のはずが、またひと波乱……!?お楽しみに!




