第3話 魔族の常識、人間の非常識
北の魔王国クラヴィス城に到着したユータとカイ。だが魔族の常識は一筋縄ではいかず──?
婚礼、回想、嫉妬……さまざまな誤解と感情が交錯する第三話!
「──よく来たな、ユータ。そしてカイ」
北の魔王国・クラヴィス城の謁見の間。
天井まで届く重厚な黒曜石の柱と、緋色の絨毯が敷かれた空間に、クラヴィスの威厳ある声が響いた。
玉座に腰かける男──クラヴィス=ゼル=ノルドは、 白金に近い淡金髪のストレートロングヘアを背に流し、王そのものの風格をまとっていた。だがその目は、どこか柔らかく、懐かしさを滲ませていた。
「クラヴィスさん……お久しぶりです」
ユータが頭を下げると、クラヴィスの口元にうっすら笑みが浮かぶ。
「こちらこそ、再び会えて嬉しいよ。まさかこうも早くカイと共にこの地を訪れるとはな」
その隣で、カイはどこか警戒するような表情で沈黙していた。
「も〜、クラヴィス様ったらぁ〜♡」
エクレオがユータの後ろからぴょこっと顔を出す。「恋人同士に茶々入れたら、だめですよぉ〜?」
「恋人……?」
ユータが驚いて目を丸くするのと、カイが咳払いでごまかすのが同時だった。
クラヴィスは腕を組み、頬に手を当てながらふっと笑う。
「ふむ、確かにカイの様子は以前とは別人のようだ。まるで……人が変わったように柔らかい」
「変わってません」
カイが即座に返すも、顔はかすかに赤い。
「ね〜ね〜! クラヴィス様、ユータにはどんなお部屋をご用意したんですかぁ?♡」
「うむ、もちろん最上階の迎賓室を用意してある。王国の賓客を迎えるに相応しい──私の部屋の隣だが、構わんだろう?」
「え……となり……?」
ユータがきょとんと首をかしげるのを、クラヴィスは柔らかく微笑んで見つめた。
「ふ。かつて共に風呂に入った仲だ。隣室のほうが何かと便利だと思ってな」
その視線は、どこか意味ありげに優しく、ほんのわずかに名残惜しさを帯びている。
その表情を見て、カイのこめかみにピキッと青筋が浮かぶ。
すかさずエクレオがクラヴィスの脇腹を肘でつつき、ひそひそ声で囁く。
「クラヴィス様ぁ〜、気持ちはわかるけどぉ〜、カイが焼きますよぉ?」
「ふむ……冗談だ。部屋の位置など、どこでも構わぬ」
クラヴィスは小さく笑って視線を逸らす。
「クラヴィス様、ありがとうございます。 でも僕、カイさんの家に泊めてもらいます」
ユータがきっぱりと言った。場が静まり返る。
「……は?」
クラヴィスが硬直する。
エクレオは「ひぇぇぇえぇぇええ!?♡」と叫んだ。
「だ、だって……カイさん、この城の城下町に家があるって言ってたし……せっかくならそっちの方が気も使わないかなって……だめ?」
数秒の静寂。
「……え、え〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?♡」
エクレオが膝から崩れ落ちた。
「そ、それって……婚礼の……!」
「……は?」
今度はユータが固まる番だった。
「……魔族の文化では、独身の他人の住まいに“泊まる”ってのは、結婚の誓約に等しいのぉ〜っ!」
「ち、ちがっ……そ、そ、そんなつもりじゃ──!」
「行くぞ」
耳まで真っ赤になったカイが、無言でユータの手を引いてその場を離れようとする。
クラヴィスは頬に手を当て、くく……と低く笑った。
「いやはや、これは面白い展開になってきたな」
エクレオがクラヴィスに駆け寄り、こっそり耳打ちする。
「……クラヴィス様ぁ、あんまりユータに絡まないでくださいね? カイの彼氏なんですからぁ」
「わかっているとも。だが……あの冷血剣士がああも取り乱すとは。あれは良いものだな」
二人が去った扉の先を、クラヴィスは目を細めて見送った。
* * *
城下町の石畳を歩きながら、ユータはなんとなく歩を緩めた。
カイと二人きりになった途端、なぜか頭に浮かんできたのは──
アトリ村の宿で、カイに押し倒されたあの夜のことだった。
(……あのとき、カイさん──)
ふと、記憶の奥からよみがえってくる。
小さな宿屋の一室。ごく自然な流れで近づいてきたカイに、ベッドに押し倒され──
指先がシャツの裾をめくりあげ、舌が肌を這うように滑ってきた。
あのとき、感じた体温。息遣い。
くすぐったさと、熱っぽさと、怖さと──
それでも、自分はどこかで受け入れようとしていた。
思い出す。
普段はすっとしたカイの綺麗な指先。けれどあの時──
その爪は鋭く、光を反射していた。
まるで刃物のように鋭く、硬く、凶暴なまでに光っていた。
(……あれが、魔族の本能……本気の状態ってやつなのかな……)
ぞくっと背筋に震えが走る。
もし、あんなので触れられていたら──
僕の身体、どうなっていたんだろう。
切り裂かれていたかもしれない。でも──
それでも、僕は……どこかで、それを怖いとだけ思っていなかった。
(……僕、なに考えてるの……!)
顔から火が出そうになる。
耳まで真っ赤になっているのが自分でもわかる。
一歩後ろを歩くカイがこちらを見ていないか、ちらちらと気にしてしまう自分がいる。
(ダメダメダメ! 今は旅の途中だし、カイさんの家に行く直前なのに……!)
無理やり頭を振って、想像をかき消そうとする。
だが、心臓の高鳴りは止まらず、服の下で肌がほんのりと熱を帯びている気がして──
(……どうして、こんなこと思い出してるんだろう……)
* * *
そして──
「……ここが、俺の家だ」
カイが静かに立ち止まったのは、城下のはずれにある石造りの一軒家。
外見は至ってシンプル、しかし重厚感のある扉にユータは思わず「おぉ」と声を漏らした。
つづく
ご覧いただきありがとうございます!
ユータの“無自覚プロポーズ”と“魔族爪”回想で、ふたりの関係にまたひと波乱……?
次回は、カイの家でまさかの新婚生活(妄想)スタートです。お楽しみに!




