第21話 クールな君に会いたくて──スキル進化と危機の夜
村の新たな建築が進むなか、ユータとカイは再会を果たします。しかし、胸に抱える想いは伝えきれないまま、建築も心も“次の段階”へ。そこに迫るのは、不穏な気配と急展開――恋とスキルがレベルアップする夜、事件が村を揺るがします。
久しぶりの再会。その瞬間、カイ=ヴァレンティアはあくまで「冷静」を装っていた。
無表情で立つ。余計な言葉は吐かない。視線も最小限──けれど。
(近い。近すぎる、ユータ……)
内心は暴れ馬のごとく、心臓が跳ねていた。少しでも長く目が合うと、顔が火照りそうになる。それでも、顔色ひとつ変えず、クールな護衛を演じる。
「……おかえりなさい、カイさん」
ユータの無垢な笑顔。そのひとことだけで、胸の奥の防御壁がガタガタ鳴った。
(やめろやめろやめろ……! なんでそんなに無防備に……いや、そもそもそんなにまっすぐ見てくるな。頼むから……)
「カイさ〜〜ん♡」
そこへ、突然背後から声が響く。エクレオ=バントラインの甲高い声が、空気を打ち破った。
「……貴様か」
「え、何その反応〜? あれ? もしかして顔が赤い〜?」
「赤くない」
「いや〜〜絶対赤いって! 私、こういうの鋭いんですよね〜? あっ、今ちょっと目線そらした〜!」
「……うるさい。黙れ」
(黙ってくれ、本当に頼むから……!)
そんなやりとりを見て、ユータはくすっと笑った。
「二人とも仲良しですね」
「仲など……」
「はいはい♡」
エクレオはウィンクしつつ、カイの肩に肘をのせる。カイはその手を払い除け、そっぽを向いた。
(本当は、“大事な人”だなんて言われて……それだけで、この世界全部が明るく見える気がするのに)
* * *
数日後。
ユータはトネリコ村に泊まり込んでいた。
村の中央では《段層型シェア農園&湧水テラス》の建設が着々と進んでいる。召喚したゴーレムたちが、彼の設計図どおり、せっせと土を運び、石を積み上げていた。
「ムク、そこの柱、もうちょい左!」
「了解ッス〜!」
「カク、傾斜角度、あと1度だけ調整お願い!」
「設計主任、こだわりに痺れますうぅ〜!」
ふたりのゴーレムが軽快に動き回る。
しかし、中央の湧水テラスのデザインだけは、どうしても「これだ」という決め手が見つからず、ユータは現場で頭を抱えていた。
(もっと、誰もが自然に集まれて、でも落ち着く場所……。でも“ただの休憩所”にはしたくない)
悩みながらスケッチブックに何度も線を引く。
(──カイさん、今ごろ何してるんだろう)
ふと気づけば、意識が彼のほうへ向いている。
工事の音に混じって、カイの気配を探してしまう自分がいる。
(会いたいな……。この気持ち、伝えられたら……)
胸の奥が少しだけ切なくなり、手が止まる。
そんなユータを、遠くからそっと見守るカイがいた。
屋根の上で、風に吹かれながら。
(……頑張れよ、ユータ。おまえなら、必ずいいもの作れる)
心でそうつぶやきながら、気づけば視線がつい彼に吸い寄せられていた。
* * *
その夜、現場事務所の片隅で。
ユータが図面を見つめていると、不意に耳の奥で小さな鐘の音が鳴った。
《スキルレベルアップ──施工召喚:Lv2に到達しました》
「え? ……いま、声が……?」
図面の上に魔法陣が浮かびあがる。光とともに、新しいゴーレムが現れた。
「──初めまして。サラと申します」
現れたのは、中性的で気品漂うインテリア職人ゴーレム。
仕立ての良いエプロン、巻尺とレベル器を器用に操る手つき。
言葉も仕草も優雅で、ゴーレムとは思えない品格。
「テラス中央は、もう一段深く掘り下げ、石畳を水紋状に配置するのはいかがでしょう。木漏れ日が差すラインにはベンチを。語らいの空間となるよう、自然に“円”を描きます」
「わあ……すごい……!」
ユータは目を輝かせ、夢中でサラとアイデアを語り合い始めた。
その後ろで、カクもムクも感心している。
「新入り、仕事できるッス……!」
「サラさん、アーティスティックすぎて、ぼく嫉妬!」
アイデアが次々と形になっていく。
夢中で作業に没頭するユータ。その姿を、カイはまた遠くから見ていた。
(……本当に楽しそうだな、おまえ)
(もし俺があの中心にいても、ユータは同じように笑ってくれるんだろうか)
自分でも不意に湧いた問いに、胸が少しだけ痛んだ。
* * *
だがその頃、村の外れでは、不穏な影が蠢いていた。
「トネリコの里が人間と魔族の“共存モデル”などという馬鹿げた看板を立て始めているらしい」
「……くだらん。あの“建築士”が主導してるんだろう?」
「そろそろ、手を打つべきだな」
それは、かつて魔王軍を離反した過激な魔族の残党たちだった。
* * *
数日後の夜。
「火事だ──!!」
突然の叫び声に、ユータは現場から飛び出した。
村の馬小屋が、赤い炎に包まれている。
「ムク! 水路を引いて消火を! カク、周囲の燃えやすいもの、片っ端から除去!」
「サラ、火の気流を遮って延焼を防げる?」
「もちろんです。空気の流れを逆転させ、火を包むよう壁を築きます」
サラの細やかな魔法制御と設計で、火の手は瞬く間に抑えられた。
しかし、消火を終えたユータはその場に座り込む。魔力を使い果たし、手足が震えている。
「だ、大丈夫か!?」
駆けつけたカイが、ユータの肩を支える。エクレオも隣に膝をつく。
「ユータさん、無茶しすぎ!」
「でも、村を守れて……よかった……」
安堵したのも束の間。
「た、大変だ! うちの子がいなくなった!」
「ティノが……火事のときから見当たらないんです!」
「……!」
ユータは、ふらつく体を必死で立て直した。
「カイさん、エクレオさん……僕のことはいいから、ティノくんを探してあげてください!」
「おまえ……」
「大丈夫です、僕は平気ですから。だから早く!」
二人は互いに目配せし、頷いた。
「わかった。すぐ探す」
「ユータさん、絶対無理しないでくださいね!」
二人が駆け出すのを見送ったユータは、ひとり現場に残った。
(子供……どこかで怪我してないといいけど)
だが、その時。
闇の中から三つの影が現れ、ユータの前に立ちはだかった。
「夜遅くにご苦労だな、“建築士”さん」
「俺たちとちょっと話そうか」
ユータは咄嗟に身構えたが、疲れ切った身体ではうまく動けない。
「僕に何の用ですか?」
「この村の“共存ごっこ”をやめてもらう……いや、君自身に、少しだけ“協力”してもらうだけさ」
そう言いながら、魔族たちはじりじりと間合いを詰めてくる。
ユータの背筋を、冷たい汗が伝う。
(まずい、力が入らない……)
呼吸を整えようとした次の瞬間、魔族たちの一人が手を伸ばす。
「やめ──!」
叫びかけた声が、夜の闇にかき消された。
ユータの意識が、ぐらりと揺れる。
──つづく。
新しいスキル、新しい仲間、そして高鳴る想い――ユータとカイ、それぞれの胸の奥で何かが変わり始めています。けれど、そんな成長の影で静かに忍び寄る不安。誘拐事件の行方、そしてユータの本当の気持ちは……? 次回、“本気の救出劇”でふたりの絆がさらに深まる予感です!




