第20話 会いたい、が止まらない
土も、水も、そして心も──ほころび始めた小さな村に、ユータはひとつの夢を描く。
段層型シェア農園。
人と人をつなぐ建築を通して、自分の“原点”を重ねながら。
だが、心の奥に芽生え始めたもうひとつの想いに、ユータはまだ気づきかけたばかりだった。
木漏れ日の射す会議室に、村の図面と何枚ものスケッチが並べられていた。
ユータは少し緊張した面持ちで、その中心に立っている。
「──まず、村全体の収穫量が落ちている最大の要因は、土壌の偏りと水路の劣化です」
彼の声は静かだが、しっかりと芯があった。
「ですが、それと同時に、人と魔族のあいだにある距離感。これが村の活力を奪っていると、僕は思います。だから今回の提案は──建物で“収穫”と“交流”の両方を促す施設です」
ユータが一枚の完成予想図を掲げた。
「《段層型シェア農園&湧水テラス》──これが、僕のプランです」
壁に映し出された絵には、緩やかな斜面に沿って整然と並ぶ“段々畑”のような建物が描かれていた。石積みのテラス状の農園が幾層にも重なり、その中心には透明な水をたたえた湧水テラスが輝いている。
「地形を活かし、段層式に農園を配置することで、限られた面積でも効率的な栽培が可能になります。水は山側の湧水を分配。テラス中央の湧水プールから各層へ、重力によって自然に流れる構造です」
ルシアスが腕を組み、思わず身を乗り出す。
「なるほど、ポンプを使わず水を配れるのか。魔力の消費も抑えられるな」
「はい。それに、各テラスには“交流小屋”を設けます。人間も魔族も、共に作業し、語り合える場所として。作業後に水を汲みに来て、腰を下ろして話す──そんな風景を思い描いています」
セリアの眼鏡がきらりと光った。
「……すばらしい。構造的にも無駄がない。だが何より、“人と人をつなぐ動線”としての建築が、見事に機能している。まさにあなたにしかできない提案だ」
「ありがとうございます……!」
ユータは小さく頭を下げたが、内心では声にならないほど嬉しかった。
ただの施設ではない。これは彼がずっと、夢見てきた建築のかたちだった。
──人が、誰かと出会い、関わり、暮らす場を作ること。
建物が単なる“機能”ではなく、“縁”を紡ぐ場所であってほしい。
それは現実世界で、ユータが何度も却下された理想だった。
「余計なことを考えるな」「無駄な空間を作るな」
数字やコストだけを見て、誰も彼の“設計の願い”を見ようとしなかった。
だから今、こうして自分の夢が受け入れられ、評価されることが、たまらなく嬉しかった。
(ありがとう……異世界に来て、本当に……ありがとう)
資料を整えながら、ユータはふと、辺りを見回した。
(……カイさん、来てないかな)
無意識に視線が探している。
プレゼンの最中も、ふと“あの人”に見てほしい──そんな想いが、胸のどこかにあった。
だけど、会議室にその姿は見えなかった。
* * *
建築計画が本格的に動き出してから数日が経った。
カイは現在、ルシアスの命で東の魔王国を離れており、任務に出ているという。たった数日──そう思っていたはずなのに。
(……会いたいな)
ユータは図面を広げながら、ふとした瞬間に思ってしまう。笑顔も、声も、視線の熱も──全部、気づけば胸の奥で繰り返されている。
「ユータさん、ここの素材だけど、もうちょい艶っぽい木目にしません? “カイさん好み”っぽいじゃないですか〜♡」
「えっ? ええっ!? な、なんでそこでカイさんが……!」
「いやいや〜、最近のユータさん見てれば一目瞭然ですよぉ〜? “恋の建材選び”って感じ?」
「ちがっ……違いますってば!」
慌てるユータに、エクレオがキラキラ笑う。ふざけているようで、でも不思議とユータをからかいすぎない絶妙な距離感だった。
それでも──
(なんで、つい……探しちゃうんだろ)
風に揺れる村の木々の向こうを、気がつけば目で追ってしまう。建築の音に混じる足音に、どこかカイの気配を探してしまう。
(あんなに静かなのに、いないだけで、こんなに違うんだな……)
そう思いながらも、ユータは黙々と作業を続けた。夢だったんだ。誰かの“暮らし”を変えるような建築をすること。そう信じて、ここまで歩いてきたのだから。
──そして、その日。
「ユータ」
聞き慣れた、でもずっと聞きたかった声が、背後から静かに届いた。
驚いて振り返ると、そこに──カイが立っていた。
「……か、カイさん……!」
変わらないその姿。だが、会いたかったその顔を見た瞬間、胸の奥に張りつめていた糸がほどけた気がした。
ぐっと喉の奥が詰まり、言葉が出てこなかった。
驚きと、安堵と、そして……嬉しさが、一気に胸の奥で混ざり合って膨らんでいく。
思わず、目元がゆるんだ。
声を出す前に、先に笑みがこぼれていた。
「……おかえりなさい、カイさん」
たったそれだけの言葉が、なんだかうまく言えなくて、でも──
ただ、その姿がそこにあるだけで、体の奥から熱が込み上げてくる。
無言で頷いたカイの横顔は、いつものように涼しげで、少しだけ疲れているようにも見えた。でも、その静かなまなざしがまっすぐ自分を見つめ返してくれている──それだけで、胸がきゅっと鳴った。
(……こんなにも、会いたかったんだ)
いない間、どれだけその姿を探しただろう。
どれだけ、その声を、気配を、心の中で繰り返していたんだろう。
(──俺、カイさんのことが、好きなんだ)
言葉にした瞬間、自分でも驚くくらい、心がすとんと落ち着いた。
ようやく名前のついたこの気持ちを、ちゃんと伝えたい。
照れ隠しも、遠回しな笑顔もいらない。いつか必ず、このままの自分で、まっすぐに──
(伝えよう。この気持ちを)
風が吹いた。
それは、決意の背中をそっと押すように、優しくユータの髪を揺らしていった。
──つづく。
今回はユータにとっての「夢」と「恋」の両方に、やっと名前がつくような回でした。
建築士として「人をつなぐ場」を作りたいという気持ち、そしてカイに向ける視線の変化……。
本気で誰かを思うことって、照れくさくて、でもとてもまっすぐであたたかい。
次回、彼の想いが少しずつ、未来に向かって動き出していきます。




