第19話 はじめての、ドキッ
人間と魔族が共存する村──《トネリコの里》。
だが近年、その村に暗い影が落ち始めていた。
建築士ユータは、村を救うべく現地視察に向かうが……そこには“あの男”と“あの嫉妬”が待ち受けていた──!
セリア=クロードは、眉間にしわを寄せたまま報告書を閉じた。
魔王ルシアスが統治する東の領地の一角──《トネリコの里》。
そこは人間と魔族が共存する小さな農村だが、最近、作物の収穫量が著しく落ちているという。
(土壌の劣化だけでは説明がつかない……魔族と人間の協調が崩れている?)
かつては実験的な共生プロジェクトとして注目された村。だが、報告によれば、魔族と人間のあいだに微妙な距離感が生まれ、協力体制が機能していないようだった。
「構造的な問題なのか、心理的な摩擦なのか……判断が難しいな……」
セリアは唸るように独り言ちたあと、ふとある人物の顔を思い浮かべた。
(……こういうときこそ、あの男に頼ってみる価値があるかもしれない)
建築士ユータのことだった。
* * *
そして翌日。
ユータはさっそく《トネリコの里》へと足を運ぶことにした。
もちろん、セリアとルシアスの許可を得ての視察だが──
「ちょっと待って〜! 僕も行く〜♡」
声をかけてきたのは、例の“視察官”エクレオ=バントラインだった。
「え? エクレオさんも来るんですか?」
「当然じゃないですかぁ〜。ユータさんの“安全確保”も任務のうちですし♡」
(どう見ても別目的ですよね……!?)
と戸惑いながらも、断る理由もないので同行を許可した。ちなみにカイは先に村へ向かっているらしく、合流は現地になる予定だ。
* * *
《トネリコの里》は、素朴な木造の家々と、広がる畑が印象的な村だった。
だが、どこか全体に活気がなく、村人の表情も曇っている。
「こんにちはー、村の暮らしで何か不便なことってありますか?」
ユータは一軒一軒訪ねて歩き、丁寧に話を聞いていく。
「倉庫が古くて湿気がすごくてねぇ」
「水路が詰まりがちで、魔法じゃ間に合わなくてなあ」
「この間、魔族の方と畑のことで少し揉めてしまって……」
思ったよりも課題は多岐にわたり、しかも構造的な設備の老朽化と、魔族・人間の意識のズレが複雑に絡んでいる様子だった。
「なるほど……これは、建築だけじゃなくて“居場所づくり”としての提案が必要かも……」
ユータが村人の話に耳を傾けながら、真剣な表情でメモをとっていた。
「なるほど、水路の流れが悪くなってるんですね……それと倉庫の湿気対策……」
隣では、なぜか同じくペンを走らせているエクレオの姿。
「うんうん、はいはい……あ〜〜♡ 今の笑顔、いただきました〜っ!」
「え?」
「なんでもありませぇん!」
そのペン運びは妙にリズミカルで、しかもやたらとキラキラしたシールで飾られたノートを使っているのが気になる。が、ユータは気づかぬふりをして視察に集中した。
──そして数十分後。
「おい、そこの軽薄男。何を書いている」
カイが突然エクレオの背後から現れ、サッとそのノートを奪い取る。
「ちょっ、か・かいさん!? 今のは! プライベート用ですってばー!」
無言でノートを開いたカイの目に飛び込んできたのは──
・ユータさん笑顔ランキング(最新版)
・今日のホクロ確認:3勝2敗
・“はにかみ角度”測定図(※図解あり)
・エクレオ的推しポイントTop10(1位:耳のかたち)
「……なんだこれは」
「そ、それはっ……フィールドワークの一環でして!」
「どこの探偵がそんな調査をするんだ」
「恋の探偵です♡」
ドヤ顔のエクレオに、カイの眉がピクリと跳ねる。
そして──ビリッ。
「うわぁぁぁぁぁ! 推しノートがぁぁぁぁぁ!!」
容赦なくノートの一枚を破り捨てるカイ。その背後から黒いオーラが立ちのぼっていた。
「……次、勝手に調査したら、貴様の人生が“ぷにっ”てなるぞ」
「ひぃっ! こ、こわっ! こわこわっ! でもそういうとこも好き〜〜〜♡」
村人たちは距離をとり、ユータは遠巻きに「なんだかまたすごいことになってる……」と困ったように笑っていた。
そんな彼のもとに、カイがふいに歩み寄ってくる。
「……ユータ」
「あっ、カイさん。どうしたんですか? こんなとこまで来るなんて珍しいですね」
カイはわずかに目線を逸らし、用意していたように言葉を口にする。
「村人から……水路の調子が悪いと聞いてな。修繕が必要か確認しに来ただけだ」
「そっか。さすがカイさん、頼りになりますね!」
ユータは素直な笑顔を向ける。そのまっすぐな瞳に、カイは一瞬だけ目を細めた。
(……違う。本当はおまえが心配で、来ただけだ)
(でも──そんなこと、言えるわけがないだろ)
「気をつけて回れ。……あまり気を許すなよ。あいつみたいなのに」
ぼそりと呟くカイに、ユータはふっと笑う。
「大丈夫ですよ。子供じゃありませんから」
その言葉に、カイは小さくうなずいた。
* * *
ユータが村のあちこちを歩きながらメモを取っていると、近くにいた年配の村人が声をかけてきた。
「裏手の畑に行ってごらん。さっき、あんたの護衛さんが水路の様子を見に行ったよ」
「えっ……カイさんが?」
ユータは少し驚いたように顔を上げた。
「ええ。作業も手伝ってくださってて……いやぁ、なんとも頼もしい方ですなぁ」
「……ありがとうございます。僕も行ってみます!」
お礼を言って、村人の案内で水路へ向かう。
小道を抜けると、遠くから鋭く鍬を振るう音が風に混じって聞こえてきた。
そして──そこにいたのは、くわを手に、黙々と作業する上半身裸の青年。
「……カイ、さん?」
ユータは思わず声を漏らした。
その顔には、汗が光り、額にかかった前髪がやや乱れている。普段の涼しい表情とは違い、険しさと、土に向き合う真摯さが滲むその横顔──
ユータの心が、不意に跳ねた。
(あれ……なんでだろ。カイさん、いつもとちがって見える……)
普段は黒ずくめの衣装で表情も読みにくい彼が、今は上半身裸で額に汗を浮かべながら作業している。日に焼けた腕、締まった背中、土の香りと汗が混じる空気──
(……なんか、かっこいい……) どきりと胸が鳴った。でも、それが何を意味するのか──ユータ自身、まだうまく言葉にできなかった。
汗に濡れた肩のライン、引き締まった腕の動き。無駄なく、静かな力強さ。
けれど、それ以上に──その姿が、ただの護衛としてではなく、“人として”まっすぐに誰かの役に立とうとする姿に見えて、ユータの胸がざわついた。
(なんだろう、この感じ……)
心臓が、少しだけ跳ねた。
顔が、ほんのりと熱を持ち始める。
作業途中のカイがこちらを向いた。
(あれ……今、目が合った?)
その視線に、なぜかまた心臓が跳ねる。
──つづく。
トネリコの里編、始まりました!
エクレオの推し活はますます加速、カイの嫉妬心もMAXに。そしてユータにも……ほんのり芽生える“何か”の予感。
次回は、建築士ユータが村にどんな“快適”をもたらすのか?
汗と土と恋心、混ざりあう第20話をお楽しみに!




