第13話 北の魔王とバスタブと潜入任務
東と北の魔王が、まさかの顔合わせ──。
建築をめぐって火花を散らす(?)知識の巨人たち。
そんな中、当の異世界人ユータはというと……カイさんとお風呂でイメトレ中!?
誤解と誤爆の嵐が吹き荒れる第13話、開幕です。
魔王城・正門前。
「……よく来たな、クラヴィス」
「わざわざ迎えに来るとは、律儀なことだな。東の魔王ともあろう者が」
にこりともせず言い放つ銀髪の男に、ルシアスは豪快に笑った。
「ははっ、昔から相変わらずの皮肉屋だな。中へ通せ、茶でも出すぞ。魔族産の乾燥肉付きでな」
「茶は要らん。……まずは“異世界人の設計”とやらを、この目で確かめたい」
並び歩く魔王二人の背後には、セリアが書類を持って控えていた。
視線は鋭く、だが心なしか「めんどくさいのが来たな」という雰囲気が滲んでいる。
「で、ルシアス。その異世界人とやら、今どこに?」
「さあな? なんか最近は……カイとよく一緒におるようだが」
「カイ……?(……ユータという異物。その動向をここまで抑えているとは、やはりカイか)
(任せて正解だった。──無駄に言葉を交わすこともなく、対象の懐へ自然に入り込む。まさに“潜入の鑑”だ)」
クラヴィスは小さく息を吐き、表情を変えぬまま、フードコートの入り口に立った。
「…………これは」
その瞬間、クラヴィスの双眸が見開かれる。
「この導線設計……高低差の心理効果……視界制御による客の分散誘導……!」
横でセリアが目を細めた。
「……魔界建築様式をここまで自然に“快適化”して応用するとは。正直、私でも構造理論の一部が理解できない」
クラヴィスはしばらく無言のまま空間を見つめ、
静かに、だが確実に──唸った。
「……これは……完璧だ」
「ほう?」
「この構造は“七渦式立体重層陣”の応用……しかも現代的に逆転させている。
加えて、誘導照明と魔力風動線の設計が“崩落回避型”と“停滞調整型”のハイブリッド……!」
急に早口になったクラヴィスを、セリアが少しだけ引いた目で見ていた。
「……建築オタクモードが始まったな」
「これは私の百年研究してきた設計思想すら超えている……いや、融合して昇華している……っ。
ルシアス。その異世界人、いますぐ会わせろ」
「うむ、今呼んで──」
「って、どこにいるか知らんのだったな?」
一方そのころ。
ユータとカイは、リフォームされたばかりの部屋にいた。
「……どうですか? カイさんの“くつろぎ空間”、完成です!」
そこには、以前の無機質な部屋とはまるで違う、落ち着いた照明と曲線を基調とした家具が並ぶ空間が広がっていた。
詩集専用の棚。読書用のふかふかカウチソファ。間接照明の配置。調律された空気循環。
そして──中央には、大きくなったベッドと、奥に据えられた浴室のガラス戸。
「バスタブはもちろん、ちゃんと二人入れます。足も伸ばせますよ!」
「な、なんでそれが基準に……っ」
「……入ってみます?」
「入る、って……湯、まだ張ってないだろう……?」
「大丈夫です、イメトレです!」
ぐい、とユータに引っ張られるまま、カイは浴槽の中へ。
湯のないバスタブの中、二人並んで座る形になった。
「おおっ、ちゃんとゆとりありますね!ひとりが端で足を伸ばして、もうひとりは対面で……」
「やめろその具体的な入浴スタイル説明はやめてくれ……っ」
(距離が、距離が近い、なんで膝がこんなに……!)
「このへんに小さな棚をつけて、お酒とかグラスとか置けるようにしたら……お風呂あがりに、ゆっくりできますよ。カイさんって、そういうの似合いそうですし!」
「…………」
心臓の音が魔力結界の内側でバクバク鳴っている。
(潜入中なんだぞ……カイ=ヴァレンティア……!)
(冷静に、冷静に──)
「──カイよ〜! 異世界人の建築、クラヴィスにも見せたくてなぁ!」
がらっ、と扉が開いた。
「──……あ?」
ルシアス、セリア、そしてクラヴィスの三人が立っていた。
浴槽の中で並んで座っているカイとユータ。
間接照明の光が、優しくカイの頬を照らしていた。
その場に一瞬、完璧な沈黙が訪れた。
「おお、カイ! よかったなあ、見事にくつろいでおる!」
天然満載なルシアスが朗らかに笑う。
セリアは無言でユータに「後で報告書を出してもらう」と目で伝える。
そしてクラヴィスは──ただ黙って、その光景を見つめていた。
(……これは……あの冷徹な記録係、いや“暗殺者”が……)
(このくつろぎ方……この空間……この距離感……)
(ここまで自己を捨て、環境に順応するとは……)
(潜入任務とは……こういう……もの……なのか……?)
「………………」
魔王クラヴィスの額に、薄く汗が滲んだ。
──つづく。
お読みいただきありがとうございます!
今回はクラヴィス登場&“潜入任務(?)”のカイさんが見どころでした。
まさかの浴槽ツーショットに魔王来訪……。クラヴィスの認識がどんどんズレていくのが楽しく、筆が止まりませんでした。
次回、クラヴィス vs ユータ、まさかの“建築マニア対決”が始まるかも?
引き続き、くすっと笑えてドキドキもある魔界建築ラブ(?)コメをお楽しみに!




