第12話 勇者が常連、魔王が出張
フードコートは大盛況! 勇者ご一行もすっかり常連に。
にぎわう魔王城の片隅で、ユータは次なる設計──「カイの部屋」について思いを巡らせていた。
一方そのころ、カイは北の魔王クラヴィスへの報告任務へ。
だがその報告内容は、なんと「私の部屋をリフォームされました」!?
冷徹なるクラヴィスが動き出す第12話、どうぞお楽しみください。
朝の魔王城・地下層ダンジョン前広場。
フードコートは、早くも香ばしい匂いが立ちのぼっていた。
「よし、今日の客入りも上々ですね……!」
ユータはエプロン姿で、カウンター越しに周囲を眺めていた。
視線の先には、見慣れない……いや、見慣れすぎた一団の姿が。
──青いマントに金の装飾。筋肉質な剣士、紅一点の僧侶、魔導書を抱えた眼鏡男子。
どう見ても「勇者パーティ」である。
「ねぇ勇者、今日もあの角煮丼食べるの?」
「当然だろ! 魔王城なのに、うますぎるんだよこの店!」
「あとさ、あのダンジョン、昨日の3層でハズレルート踏んだから今日こそショートカットしたい」
「というか、なんで私たち三日連続でここに通ってるのか、誰か説明して」
「うまいからです。異論は認めない」
全員が口々に文句を言いながら、箸が止まっていない。
(……すごいな、もはや“常連”だ……)
ユータは苦笑しながら、勇者のテーブルに近づいた。
「あの、いつもありがとうございます。建築担当のユータです」
「おっ、噂の異世界人!」
「おまえがこの天国空間を作ったってマジ? 人間のくせにやるじゃん!」
「言い方!」
「いや褒めてる。これで俺たち、死なずにダンジョン潜れるから」
「もはや“生還支援施設”だよねここ」
あれよあれよと囲まれるユータ。
「ねぇ次、なに作るの? 宿屋? 露天風呂?」
「ドリンクバーにカスタマイズ機能ほしい!」
「待って、勇者のくせに完全に観光客じゃん!」
ツッコミながらも、ユータの脳内は少しだけ浮かれていた。
(なんか……ちゃんと“必要とされてる”感じ、あるなぁ)
その足でダンジョン側の出入口へ向かいながら、ぽつりとつぶやく。
「……さて、問題は、カイさんの部屋をどうリフォームするか、だよね」
バスタブは決定。照明も変える予定。
あとは……収納? ソファ? 音響設備?
「いっそ“書庫兼くつろぎ空間”にして、カイさんがふぅ……って本読む場所にするとか……」
(あとあのベッド、もうちょっとだけ広げたほうが──)
「……って、なに考えてんのオレ!?」
頬を赤らめて頭をぶんぶん振るユータだった。
一方そのころ──
北の魔王領・氷牙の塔。
その最上階に広がる謁見の間は、氷と魔力石を織り交ぜた白灰の壁で構成されており、空間全体が凛とした静けさに包まれていた。
玉座に腰掛けていたのは、白銀の礼装を纏った男。
その髪は、雪に光を差したような白金に近い淡金色。
波打つことなく、まっすぐに肩から背へと落ち、清廉な印象を際立たせている。
瞳は薄く金を帯びた琥珀色。静かにすべてを見通すような輝きを宿し、感情を表に出すことはない。
肩にかけた礼装マントには、古い魔導紋が幾何学的に縫い込まれている。
その整った顔立ちは中性的ですらあるが、漂う威圧感は決して柔らかくはなかった。
──北の魔王、クラヴィス=ゼル=ノルド。
その玉座の前に、ひざまずくひとりの男がいた。
記録係にして、密命を帯びた刺客──カイ=ヴァレンティア。
クラヴィスは、無駄のない動作で手元の金属器を傾け、魔界産の透明な蒸留酒に視線を落としたまま、低く言葉を落とす。
「……フードコートは好評、か」
「はい。現在、魔族・人間問わず高い来場数と満足度を記録しています」
「人間も……か。あの“異世界人”の仕業だな」
クラヴィスは、指先で杯を回しながら問うた。
「それで──次は、彼は何を作っている?」
カイは、わずかに沈黙した。
「……私の部屋を」
「リフォームすると……言われた」
「……部屋?」
「はい」
「お前の?」
「……はい」
「…………」
クラヴィスは、杯の回転を止めた。
「……詳細を説明しろ。状況が把握できん」
「……私も、よくわかりません」
本当に、よくわかっていない。
気づけばベッドに寝転がり、
気づけば風呂のサイズを二人用にされかけていた。
……しかも“恋人と並んで”という前提で。
あれはほんとうに「建築」だったのか──
それすら、もはやわからない。
「ふむ……」
クラヴィスは長いまつげを伏せてしばし思案し、
杯を指先で静かに転がす。
(人間の設計士。魔王城にフードコートを作り、勇者さえも引き寄せた異世界人……)
(そこまでは理解できる。だが──)
ちら、と視線だけでカイの様子をうかがう。
普段は微動だにしない男が、報告の間じゅうわずかに視線を彷徨わせ、言葉を選びすぎている。
(その次の建築が、“記録係の私室”だと?)
(意図は? 戦略か、下心か、それとも──)
(……いや、カイがここまで動揺するということは……)
クラヴィスの中で、理知的な思考と、勘に近い感覚が交差する。
無数の可能性が、沈黙の中で浮かんでは消えていく。
(これは……単なる報告の域を超えている。異物が静かに魔王城の中心部に食い込もうとしている)
(ならば──)
クラヴィスは静かに立ち上がり、目を細めた。
「これは……私が、直接見るしかなさそうだな」
「っ!」
カイが目を見開く。
(やめて……今来たら……バスタブに関する誤解が……ッ!)
「では、案内を頼む。……“異世界人の設計”とやら、興味がある」
「…………かしこまりました……」
魂の声を押し殺しながら、カイは深く頭を垂れた。
──つづく。
まさかの勇者、三日連続通い。
そしてまさかのカイ、魔王への報告で死亡寸前。
“記録係の部屋”というミニマムな空間に、最大級の羞恥と混乱が詰め込まれました。
そしてついに、クラヴィス様が動き出します……!
次回、「クラヴィス、魔王城へ。」
ぜひお見逃しなく!




