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第11話 カイ=ヴァレンティア、制御不能

魔王城のフードコートがついにグランドオープン!

ユータの設計がついに実を結び、魔王もセリアも大喜び。

そんな中、ひときわ落ち着きのない視線が──そう、記録係カイ。

そして今回、舞台はまさかの「カイの部屋」。

恋愛詩にベッドにバスタブに、ついにカイの理性が……⁉


 湯気の立ち上る串焼きの香ばしい香りと、客たちの笑い声が、魔王城の大広間に満ちていた。

 先日完成したばかりの“魔族向けフードコート”が、今まさに華々しい幕開けを迎えている。


「──やるではないか、ユータ!」


 そのど真ん中で、ユータの肩を力強く叩いたのは、漆黒の玉座より立ち上がった魔王・ルシアスだった。


「この香り! この動線! そしてこの客入りの多さ! 見ろ、我が城に笑顔があふれておる。これはもはや戦術的勝利といっても過言ではあるまい」


「は、はは……ちょっと大げさですよ、魔王様」


 頬を掻きながら照れたように笑うユータに、ルシアスは目を細める。


「謙遜は美徳だがな、おまえの功績はもっと誇ってよい。セリアもそう思うだろう?」


「当然です。数値的にも、来場者・滞在時間・消費額すべて上々。計画以上です」


 となりで冷静にタブレット状の魔導端末を操作していたセリアも、小さくうなずいた。


「それに、客の中に──人間の勇者パーティが混ざっていたようですね。どうやら“飯がうまい魔王城”という噂が広まっているようで」


「え、ゆ、勇者が!?」


 ユータは思わず声を上げた。


 その様子に、ルシアスは笑いながら背を向ける。


「恐れることはない。奴らが来ようとも、うまい飯で迎え撃てばよいさ。我らの強みは、快適さと満足感にある」


「……っ、はい!」


 背筋が自然と伸びた。

 ユータの胸の奥が、じんと熱くなる。


 ──ようやく、自分の建築が認められた。

 かつて、地球のブラック企業で徹夜にまみれ、罵声に晒されながら図面を描いた日々。

 異世界に来てからも、「魔族臭い設計だ」と門前払いを食らい、王都から追放された。


 だが今、こうして、魔族たちが笑い、集い、喜んでくれる場所を、自分の手で創れたのだ。


「ううっ……」


「……泣くな」


 そっと差し出されたのは、セリアのハンカチだった。


「えへへ……ありがとう、セリアさん」


「べつに、礼はいい。おまえの仕事ぶりは、数字が証明してる」


 どこか照れ隠しのように言いながら、セリアはさっと視線を逸らした。


 そのとき──

混み合うフードコートの柱の陰、群衆から一歩引いた場所で、

カイ=ヴァレンティアは、静かにユータを目で追っていた。


(……また泣いてるのか。なんなんだ、あの感情のジェットコースターは……)


(まぶしい。……まぶしすぎる。)


「──あ、カイさん!」


 呼ばれた。


 条件反射で背筋が伸びる。


「な、なんだ?」


「カイさん、今日ってもうお仕事終わりですか?」


「まあ……一応、午後の書庫整理が残ってはいるが。何故、そんなことを訊く」


「よかったら、今度……カイさんのお部屋、行ってもいいですか?」


「…………」


 思考が、停止した。


(へ? いま……なんと……?)


(部屋……? オレの……!?)


(だめだだめだだめだ……!カイ=ヴァレンティア落ち着け。魔族の個室に踏み入るというのは、人間でいう“ほぼ婚約”レベルの──)


「もちろん、お礼もかねてです!」


 ユータの屈託ない笑顔に、カイの心臓が跳ねた。


(あっ、無理。これは、オレが死ぬやつ)


「…………す、好きにしろ」


 カイの部屋は、魔王城の中でも比較的静かな西棟に位置していた。


「うわ……すごく綺麗……」


 入った瞬間、ユータは感嘆の声を上げた。


 無駄のない配置。丁寧に整理された資料棚。落ち着いた色調でまとめられた内装。


 質実剛健、そして静謐。


「カイさんらしいですね」


「……そうか?」

 ふとユータが、書棚の一角に視線を向けた。


「この辺だけ、やたら綺麗に並んでますね。黒い革表紙に金文字……高そう。あれ? 『魔族叙情詩選集』?」


 スッと一冊を引き抜き、パラリと開く。


「……“君の声ひとつで、今日の空気が甘くなる”……え、これ恋愛詩ですよね?」


「……記録用だ」


 カイは表情を変えず、淡々と答える。


(やめろやめろやめろやめろ今すぐ閉じろそれは研究用という名目の完全なる個人趣味コレクションなんだ……!)


「しかも栞が挟まってる……ここ、お気に入りなんですか?」


「偶然だ」


(違うっ そこは“気づいてほしいなら言葉にせよ”っていう静かな告白詩で、一番読み返してるページだァァァ!!)

 ページを閉じたユータが無邪気に微笑むのを見て、カイはわずかに視線を逸らし、

 ひとつ、咳払いをした。

「……で、何が目的だ。単にオレの部屋に興味があったとは思えん」

 声色はあくまで平静、だが耳の先がほんの少し赤いのを、ユータはまだ知らない。


「あ、そうそう。実は、こないだ助けてもらったお礼に、カイさんのお部屋をリフォームしようと思って!」


「リフォーム……?」


 唐突な提案に、カイは目をしばたたかせた。


「なんか困ってるところとか、ないですか?」


「困っている……といえば……いや……」


 ふと、視線が吸い寄せられるように、ひとつの場所に向かった。


──ベッド。


 そして、その上に、腰を下ろしたユータ。


「へぇ〜カイさん、けっこう柔らかいマット使ってますね。寝心地良さそう……」


(あっ)


(ダメ)


(ダメダメダメダメ)


(そこは、いろんな意味でダメなゾーン!)


「……ベッドが……!」


「え?」


「いや、違う……その……ベッドが、こう、もっとこう、快適になれば……いいなと……?」


「なるほど、ベッドをもっと快適にですね!了解です!」


 ユータはそう言って、ごろんとベッドに横たわった。


「わ〜、ほんと寝心地いい……!あ〜これ、もっと遮音とか照明とか整えたら、完璧な快眠ゾーンになりますよ!」

ユータが嬉しそうに目を閉じて笑う。


(……ちょっと待て、落ち着け)

(ただのベッドだ。ただの人間だ。落ち着けカイ=ヴァレンティア、お前は冷静沈着な記録係だ……)

(なのに……なぜ鼓動がこんなに……っ)

 ベッドに寝転びながら、ユータは伸びをひとつすると、ふと思い出したように立ち上がった。


「そうだ。お風呂も見ていいですか?」


「……構わん」


 カイが短く返すと、ユータは「ありがとうございます!」と元気よく扉を開け、ユニットバスへと入っていった。


 数秒後──


「……なるほど。これは……うーん、やっぱり」


 ユータの声が中から聞こえる。


「カイさん、ここ広さはあるんですが、シャワーとトイレが一体になってて、脱衣所もないし。ここ、、もっと快適にしたほうがいいですって!」


「まず、ちゃんとバスタブつけましょう。しかも小さいのじゃなくて、二人くらいゆったり入れるくらいの大きさで」


 ぐらり、とカイの思考が揺れる。


(二人で──入れる──?)


「カイさんなら、そういう大きなバスタブで、お酒をちびちび飲みながらゆっくり浸かって……恋人と並んで──なんて、似合いそうですし!」


「…………」


 脳内で警報が鳴り響いた。


(酒。湯気。夜。薄明かりの中、隣には湯に濡れた髪のユータ──)


(──待て待て待て待て、何を想像している、カイ=ヴァレンティア!!)


 白い湯気の向こうに、勝手に妄想のユータが生成される。


 白磁のバスタブに、肩まで浸かるユータ。

 頬を紅く染めて、グラス片手にこちらを見つめ──


「ん。カイさん、こっち来ません?」


「ッッッッ!!」


 想像内のユータが喋った瞬間、カイの思考がぷつんと切れた。


 制御していた魔力がうっすら漏れ、額から冷や汗が垂れる。


(落ち着け。これは現実ではない。あくまで仮定の話だ。バスタブが二人用である必要などない。そもそも恋人など──)


「じゃあ、お風呂とベッドは“くつろぎ強化”ってことで、リフォーム案まとめておきますね」


 指を立てて笑うその顔が、もう眩しくてまともに直視できなかった。


「それじゃ、あとは僕にまかせといてください!」


 ぱたん、と扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。


 部屋には、カイ一人が取り残された。


 静寂。


 冷静な記録係にして、

 潜入任務中の“刺客”──カイ=ヴァレンティアは、

 ベッドの端に腰を下ろし、深く、静かに息を吐いた。


 額に手をあて、目を閉じる。


 魔力の揺らぎが、かすかに波を打つ。

 制御結界が、軋んでいる。


(大丈夫。落ち着け。これは想定外の案件にすぎない)

(人間一人に乱されるなど、任務の遂行に支障は──)


 ピキ。


 何かが、はじけた。


「ユーーーーーーーータァァァァァァ!!!!」


 部屋に魔力が爆発した。


 宙に浮かぶ栞、ブワッと風圧で舞い上がる詩集、震えるカーテン。


「なんなんだあの男は!!なぜバスタブがふたり用なんだ!!何が“恋人と浸かって〜”だ!!勝手に想像したオレが悪いのか!?そうなのか!?いやちが──」


 その叫びは、厚い扉の向こうには届かない。


 けれど、記録係の部屋から噴き上がった魔力の衝撃波に、

 廊下を歩いていたセリアが眉をひそめてつぶやいた。


「……またか。防音結界、強化しておこう」


──つづく。

ここまで冷静沈着を貫いてきた(つもりの)カイ=ヴァレンティアさん、

ついに理性の臨界点を突破しました。

ユータの天然提案、まさに刺客殺し。


“バスタブが二人用である必要性”について、今後本気で悩み出すカイさんを、

次回もどうぞお楽しみに!


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