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第10話 刺客のタレと、心拍の限界

魔界フードコート、いよいよ最終局面!

「決め手の一品」が見つからず悩むユータのために、ついにあの男が動き出す──!?

刺客の矜持と感情のあいだで揺れる、カイの“初手作りタレ”にご注目ください。

──フードコート設営、最終段階。

召喚された施工ゴーレムたち──力仕事担当の「ムク」と、設計マニアの「カク」──が、現場でフル稼働していた。


「任せてくださいッス! ここは一気に片付けるッスよーッ!」

「排気動線の確保が甘いですね。修正スキャン開始──はい、次いきます」


二体のゴーレムの掛け声が飛び交う中、ユータは図面を手に、悩ましげに頭を抱えていた。


焼き鳥、スープ、串焼き。あらかたのスタンドは完成していた。だが、ユータは悩んでいた。


「……なんか、最後に“これだ!”っていう一品がほしいんだよなぁ」


セリアに「インパクトと収益性」と念を押され、魔王には「うまければよい」と丸投げされ──


「もうちょい、こう……記憶に残る何かがあれば……!」


そんなユータの様子を、少し離れた場所からこっそり見つめる男がいた。


カイ=ヴァレンティア。黒衣の刺客。今はただの見学者 (のフリ)。


(……なんだ、その困った顔。こっちが困る。余計な感情が湧くだろうが)


(そもそも俺の任務は監視──いや、安全確認。あいつが仕事をまっとうするか見届けるためで──)


ユータの言葉がふと、耳に届いた。


「……甘辛いタレって、なんか魔族ウケするらしいけど、このへんじゃあんまり流行ってないしなあ……」

ユータはスケッチブックを開いては閉じ、メニュー案のページを何度も行き来していた。


「揚げ物に合うソースもいくつか試したけど、決め手に欠ける……。これじゃ“目玉”には弱いんだよなあ……は〜〜、どうしよ……」


額に手を当て、ベンチに深く腰を下ろすユータ。その声は少し疲れていて、どこか寂しげだった。


──その瞬間。


カイの脳裏に、ある“味”の記憶がふっと蘇った。

(……あの村の、母が作っていた“薬味ダレ”……)


干しトカゲの骨、火霊の実、魔界酢。村では祝い事にだけ使われる、特別な秘伝の味だった。


(あれを……使えば──)


「いや、待て。なぜ俺がそんな……いや、だが、あいつが“欲していた”のは──」



カイは誰にも告げず、調味素材の収集に走っていた。


「カ、カイさん!? その実……毒性強いですよ!?」


「知っている。下処理する」


「火霊の実を……素手で!?」「すげぇ……」


周囲の魔族は驚きの目でカイを見つめていた。


「カイさんが……料理してる……!?」「え、何があったの……」


調理室にこもり、カイは黙々と煮詰めた。

分量は記憶頼り。試行錯誤の末、ついに黄金の粘度と香りにたどり着く。


(……これが、最適解)


(これをあいつが喜べば、それでいい。それだけで──)


──だが、どこか胸の奥が、妙にざわついていた。


(俺はなぜ、こんなに必死なのか。なぜ、こんなにも)


(“感謝”されたい? “褒めて”ほしい? ……いや、そんなのは──)

……そんな感情は、任務に不要なはずだった。


だが、今の自分の行動はどうだ。

素材を探しに走り回り、深夜にレシピを試作し、調味料の配分まで何度も微調整して……。


それは、命じられたわけでもなく、誰に頼まれたわけでもない。ただ、“あいつ”が困っていたから。


(……俺は今、なにをしてる)


カイの中で、“任務”と“感情”の境界線が、静かに、しかし確実に揺らぎ始めていた──。


「……これを、試してみろ」


夕方。設営エリアの片隅で、カイはひょいと小さな壺をユータの前に差し出した。


「……え? これって……」


「……使ってみろ。味は保証する」


「もしかして、カイさんが?」


返事はない。ただ壺だけが、すっと差し出される。


ユータは興味津々にその壺を受け取り、ふたを開けた。


「……!」


立ち上る、香ばしく甘辛い香り。


ユータは人差し指を壺にそっと差し入れ、ほんの少し掬って、舐めた。


その仕草を、カイは固まったまま見つめていた。


(な、なにをしてる……なぜ指で……その動作、妙に色っぽ……)


(落ち着け、見てるのはタレだ。感情じゃない、味の確認だ……なのに、なんでこんな……)


「……うまっ! これ最高ですよ!!」


一瞬でスイッチが入ったように、ユータは串焼きの肉を持ってきて、タレをかけ、豪快に頬張った。


「ヤバい、これ……絶対メインメニューにできますって!」


「……そうか」


(ダメだ。指で舐めた時点で臨界値、今ので完全に心拍限界突破……)


「カイさんも、食べてみてください!」


「……いや、俺は──」


「はい、“あ〜ん”」


「……ッ」


2回目の“あ〜ん”。そして直前の不意打ちショックから回復していないカイに、それは致命的だった。


(やめろその目で見上げるな! 指を突っ込んで舐めた指で“あ〜ん”で差し出すとか、無防備すぎる!!)


そのまま受け取るように、串を口に運ぶカイ。香りが鼻を抜け、舌に広がる懐かしい味。


(これは……)


「……っ」


その瞬間、カイの脳裏に、幼いころの故郷と、母の手料理、村の祭り、家の灯りがよみがえった。


ほんの一瞬──カイの表情が、ふっと柔らかくなる。


厳しい刺客の面影はそこになく、ただ、あたたかな記憶に包まれた一人の青年の顔があった。


その横顔を、ユータは目を見開いてじっと見つめていた。


(カイさんの……表情が、こんな……)


いつもの冷静な仮面が、ふっとはがれて見えた素の顔。


しばらく、言葉も出せないまま、ユータはその横顔を見つめ続け──


カイが我に返ったように、すっと視線を逸らす。


そのタイミングで、ユータは思わず口にした。


「今のカイさん、なんかすごく……素敵です」


「……!!」


(心臓……止まった)


(いま確実に一瞬……心臓、止まった……!!)


カイの中で、刺客の冷静さは完全に崩壊した。


──つづく。

カイさん……乙女か!!


任務のはずが、タレづくりに魂を込めてしまい、2回目の「あ〜ん」でとうとう限界突破。

ユータの天然攻撃に、刺客の防御はもはやゼロ──!

次回、ついに「カイの部屋」へ侵入!?お楽しみに!

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