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オリジン  作者: ふとん
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道路

 ネオンサインの洪水が騒音と共に襲ってくる。しかし、車内は静かなもので、ただ一人の話声が明瞭に聞こえた。

「心当たりはないの?」

「ない。アンタ達ぐらいかな」

 応えると鞠は苦笑した。

 彼女は助手席に座っており、運転しているのは寡黙そうなスポーツ刈りの大男だった。着込んでいるスーツがいかにも窮屈に見える。

 隣に座っている少女は暇そうに窓の外の夜景を眺めている。

「アンタ達には心当たりがありそうだな。瀬戸サン」

 死人形は意思のない動く死人のことで、グールとも呼ばれている。

 普通、吸血鬼が殺した人間につける呪術の一種ではあるが、妖怪であれば大抵、扱うことができる。

 そんなものに未だかつて襲われたこともない数斗が大量のグールに襲われる羽目になったのは、鞠達が家を出てからのことだ。

「……ええ。でも、まさか貴方の所にグールを送ってくるなんて……」

 彼女達にも意外な事態だったらしい。

「案外、もうメンバーだとか思われてたりして」

 からかい調子に少女が笑う。

「……冗談じゃないぞ……」

 低く呻くが、メンバーとやらと間違えられたと考えるのが自然だ。

「どうしてそう嫌がるわけ? とりあえず、衣食住は保障されるのよ。給料だって出るし」

「そういう問題じゃない」

 衣食住は人間として生きていくのに必要だが、化け物として生きていくなら本当は必要ないのである。

 少女はムッと顔を歪めて、苛立ったように顔を背けた。女は取り繕うように苦笑する。

「とにかく、私たちと一緒に来て。身の安全は保障するわ」

「……どうだか」

「バカにしないでよ!」

 女の代わりに怒鳴ったのは、顔を背けていた少女だ。幼い顔に朱を上らせて、数斗を睨みつけてくる。

「吸血鬼だか何だか知らないけど、お姉ちゃんが結界張ってるから下手な妖怪は近寄れないわ! アンタなんか、私と一緒じゃなきゃこの車にも乗れなかったのよ?」

 甲高い声を向けられて、軽い頭痛に数斗はこめかみを指でほぐした。

「何だ。姉さんがいるのか」

 意外なことを聞かれたとでも言うように、少女は目をしばたたいた。

「……それがどうしたのよ」

「なら教えてもらえよ。その日本刀の振り回し方。電話ボックスごとぶった切るようじゃ、一人前じゃないんだろ」

 退魔師は、魔物のみを斬れるようになって一人前なのだ。破壊活動ならば、誰にでもできる。

「なっ……!」

「そこのあたりにしておきなさい。朝香。静世の優秀さは彼もわかってくれるわ」

 フォローになってない。しかし、少女は鞠にたしなめられたと思ったのか口をつぐんだ。

「貴恵村さん。あなたも、悪いけど監視させてもらうわ」

「だったら、アンタ達の心当たりとやらを俺も聞かせてもらう権利ができたな」

 既にネオンサインを追い越して、辺りは暗い外灯が等間隔で並んでいるだけだ。車は郊外へ向かっているらしい。

「――一年ほど前から、私たちは一人の吸血鬼を追っているの」

       ※

 世界的規模で妖怪に関するトラブルを請け負っている会社があるという。

名前は一貫せず、時にオカルト組織と入り交じってしまうようだが、キリスト教会の悪魔払いとも一線を画す営利団体である。

 魔女裁判などの宗教的弾圧から逃れた古今東西の退魔師達を集め、人間社会への進出を余儀なくされた妖怪達の保護を主な活動としているが、時に起こるトラブルも解消している。

 トラブルを専門に処理する異能力者達は、特にS・S・Cと呼ばれている。

 その彼等が一年前から行方を捜している吸血鬼がいる。

 その吸血鬼の存在が知られたのは一年前の春。フランスで起こった大量殺人事件だった。殺された者はすべて血を抜かれているという残忍な手口は、すぐにS・S・Cに届けられ、捜査が開始された。しかし、これだけ派手に動いているというのに消息は一向に知れず、次にイギリス、ロンドン郊外でも同じ手口の殺人事件が起こった。このときは殺されたと思しき十人の遺体が犯人と共に消え失せた。それから、エジプトで二百人、インド七十五人の殺人事件が確認され、三ヶ月前に中国で百人が殺された。

そして、一週間前、日本で一人の女性が殺された。

マンションの一室で大量の血痕と共に無惨な姿が、尋ねてきた隣人によって発見されたのである。それから日に数度、同じような事件がニュースに流れるようになる。

ある者は血を抜かれ、ある者は大量の血液を残して消え失せる。

 ニュースだけを集めても、すでに五十人以上が何の前触れも無く消えている。普通の失踪も考慮するならば、百人は超える可能性がある。

「居場所は全くわからない。でも、エジプトで捕獲したグールから、名前だけは判ったの」

 モードレッド。

 それは知られた名だった。

 元は十七世紀、魔女裁判に率先して参加していた裁判官だったという。

彼は神の御名の下、大義名分を掲げて密告された女達を片端から拷問にかけて殺していった名誉を湛えられ、男爵の地位まで手に入れている。

この時期の裁判官はむしろ死刑執行人である。

 元来、魔に憑かれやすい性質だったのか。彼は五十を過ぎた頃から裁判官であることを利用し、自ら黒魔術に手を染めた。彼の研究は“永遠の命”。その頃、誰もが欲した人間の永遠のテーマであり、決して叶わない夢であった。

 だが、彼は手に入れた。

 百人の女を生け贄に、怪物を喚びだしたのである。

 その地に眠っていた吸血鬼を。

 彼は吸血鬼に“血の洗礼”を果たさせ、吸血鬼へと堕ちた。

 ここまでならば、幾らでも転がっている話なのだが、この後がモードレッドたる所以である。

 彼は、自分を吸血鬼にした第二の親とも言える吸血鬼を喰った(・・・)のである。

 その身を喰らい、血をすすり、主従関係を丸ごと胃に収めてしまった。

 以来、彼は同族殺しとして畏怖とともに一目置かれる存在になった。

       ※

 ヘッドライトの光だけが暗闇を引き裂いている。山奥の遠くには稜線が見えるものの、半月の月光では薄暗く浮かぶ程度である。

「じゃぁ、俺を襲った死人形はモードレッドの?」

「私たちが把握している吸血鬼の中でなら、十中八九はモードレッドのグールでしょうね」

 鞠はヘッドライトの先を見つめたまま、肩を竦めた。

「どうして貴方が狙われたかはわからないけれど」

「それは、マイスターに聞かなければならない」

 今まで喋ることがなかった運転席の男が、低い声で呟いた。

「そうね。マイスターなら何かが判るかも知れないわ」

「マイスター?」

 尋ねると、鞠がバックミラー越しに笑んだ。

「貴方をメンバーに推薦された方よ。お知り合いだって聞いたけれど、心当たりはない?」

 数斗は顔をしかめた。

「――……言いたくない」

 心当たりはあるが、言葉に出すと本当になってしまう。悪い予感だけは当たるのだ。

「それより。あの明るい所がアンタ達の本拠地?」

 右手に見える微かにしか見えないはずの稜線を一カ所だけが明るく夜空を焦がしている。

「そんな……!」

 鞠は慌てた様子で窓にへばりついた。

「メネッセ! 急いで!」

 悲鳴に似た声に応えて、メネッセと呼ばれた運転席の大男はスピードを上げた。



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