封筒
静世の怪我は全治三週間と診断された。
あれだけ大穴を開けたというのに、内臓に傷がついていなかったという。
しばらく並んで療養していた朝香だったが、三日後には牙痕も消えて、今やかさぶたも残っていない。
掻くクセがついたのは、静世が妙なことを朝香に教えたからだった。
あの男が傷口から呪をかけてくれたから、助かったのだと。
直接、傷に口を押しつけて。
朝香はまた傷跡を掻いた。
三週間は経ったが、まだベッドで安静にしている静世が、コーヒーが飲みたいなどというので、仕方なく台所へ向かっている。
台所にはあの男がいるはずだ。
モードレッドは姿を消し、事件と呼べるのかどうかわからない事件は一応、解決したのだが、静世と朝香が怪我で抜けたため、メンバーにあの男が補佐として入ったのだ。
だからかれこれ、あの男がここに居座って二ヶ月が経とうとしていた。
ダイニングに入ると、いつもの長身が見当たらなかった。
家事が趣味だなどと言って、教授を困らせた挙げ句にダイニングを自分の城のように居座っていたというのに。
キッチンの隅に、ミヤコがしゃがんでジッとしている。
「ミヤコ。アイツは?」
彼女は押し黙って、うつむいた。
ふと、思いついてダイニングを出た。
ここより上の階にある一室。
エレベーターを昇った一角に。
廊下を進んで一番奥。
この部屋をノックするのは初めてかもしれない。
返事はなかった。
ドアを開く。
ベッドしかない、簡素な部屋だった。
ひらりと何かが足下に舞い降りた。
一枚のメモである。
『約束の期限は過ぎたので』
簡潔な、書き殴ったような文面だった。
裏をめくってみると、こんな追伸があった。
『汚れた服は捨てておいてください』
何処までも勝手だ。きちんと整えられたベッドの横に、ゴミ袋が置いてある。
開いてみると、捨てる服だというのに几帳面にたたんである。
どこまでもマメだ。
一枚は見慣れた黒のセーターだった。何度か洗ってみたのか、縮んでいる。静世の傷をしばったセーターだ。
もう一枚は見慣れない上着だった。ベージュのジャケットである。肩口から腕、腹にかけてひどい染みが残っている。これも漂白剤を使って洗ってみたらしいが、ベージュの色が抜けただけで染みはとれていない。
「……あ」
朝香が咬まれた時に、肩を縛った服があった。
朝香はベッドにジャケットを放り出した。