就職斡旋所
今日もこのフロアはごった返していた。
何台ものパソコンの前に、焦燥と不安を抱えた人々が不景気な顔でじっと居座っている。そうかと思えば、喫煙所で苛々と煙草を吸う者、待合所のソファで苦笑いしながら不幸自慢をし合っている者もいる。
アナウンスが鳴るたびに喧騒が退いていく波のように弱まり、また膨れ上がる。ここには崖っぷちの倦怠感が満ちている。
人生の岐路を強制する場所、職業安定所である。
暗いイメージを払拭しようとしたのか、淡い色使いで壁紙やカーペット、調度品などが統一されているが、それで気分が解消される者はいない。
そんな中、一人、ソファに腰掛けている男がいる。
理想的な人物像を描いた名画から抜け出てきたような長身である。細い顎の白皙の容貌には武骨なサングラスがあるが、その造形はひどく端正だとすぐにしれた。だが、真夏だというのに黒のジーパンと黒のコートを着込んでいる。その上、肩まで届きそうな髪は取ってつけたような黒髪だった。
女声アナウンスが鳴った。
男はおもむろに立ち上がり、カウンターに首をもたげる。
「貴恵村数斗さん」
この派手な男には明らかに似合わない名を呼んで、担当の女性受付員は少し目を見張ったが、手慣れた様子で書類を男に向けた。
「ご希望の募集は無いようです。ここの……深夜勤務だけでなら幾つか募集はありますよ」
男はカウンターに少し身を乗り上げた。
「そ、そんな……」
こんな言葉でなければ聞き惚れてしまいそうな声だった。だが、甘ったるい声は情けなく濁る。
「せめて月四回の休暇だけでも…」
「そう言われましても…。深夜勤務はほぼ毎日ですし、最高でも月二日しか有休は認められていません」
無情な受付嬢の言葉に、男は唸る。
「バイトでも良いですから…」
「アルバイトの場合も同じです」
「そこを何とか!」
顔の前に手を合わせて拝む男に向かって、受付嬢は判決を下す。
「お仕事を作るのは、私の仕事ではありませんので」
「ちょ、ちょっと…」
「お仕事がありましたら、お知らせいたしますから、いつものようにご登録ください。次の方、どうぞ」
男は次の客に押し退けられる形で、結局はその場を追い出された。