71話 釣具屋さんと冒険者の服
土曜日:地球
今日は朝から釣具屋へ。
最初に使う竿やリールは村瀬さんが2人分くれたし、明日は夫1人分、餌も含めて全て貸してくれるので、クーラーボックスと保冷剤と、ライフジャケットを買えば良いらしい。
留守番のお詫びで、釣りに関わらせて納得させるつもりだ。
だけど正直私はこんなところ……。
冷凍庫に書いてあるゴカイの文字に私は眉を潜めた。
——書斎に入るなら今夜だというのに、私は[夫の書斎に入ってはいけない]というルールに縛られている。主婦は、夫の部屋を掃除するものではないの?
埃まみれの押し入れを放置するのは、怠慢ではないの?!
唯花は、『ネズミは居ない』と言ったけれど……。
私は身震いした。
いいえ。もし、押し入れ掃除でヤツと遭遇したら私はきっと魔法を放ってしまう。
地球の生き物に魔法なんて、きっと家が壊れてしまう。
きっと怠慢ではない。押し入れの掃除は年に数回でいい。きっとそうだ。
今度自分でやってもらおう。
私は心を無に、ゆっくりと深呼吸し、震える指先で冷凍庫を指さす。
「律樹さん、餌は、か、買わなくて良いのかしら」
「ああ。餌は村瀬君が用意してくれるそうだよ」
「まあ!良い人なのね。ねえ律樹さん、お夜食を作らなくていいかしら?おにぎりでも、握りましょうか」
「はは。そのへんのコンビニで買うからいいよ。君に迷惑をかけたくないんだ」
「あら……そう」
とにかく、節約のためには何もかも見て作れるようになっておきたい。釣り具はやたらに高いのだ。
片っ端から色々触って構造を分析した。釣竿の素材はカーボン繊維やグラス繊維。構造解析で触った感じグラスファイバーなら頑張れば近いものが作れそうな気はするが、今一歩私の知識が足りない気がする。
カーボンファイバーは……それこそよく分からない。
両方ともレシピが頭に全く浮かばないから異世界には無いのかも知れない。後でインターネットで製法を調べたらできるかも知れないけれど……。
ダメね。釣りはやっぱり、私では無理なのよ。きっと。
私は竿のグリップを握って目を閉じる。
今までの記憶に、ヒントは無かったか……。
そのとき、父親が、天井に釣竿を当ててしならせて私に嬉しそうに自慢していた記憶の断片が一瞬差し込まれた。
——あのとき、私は折れないのかなとそればかりが心配で気が気でなかった。あんなにしならせるのは確かに木では無理だ。
もう一度カーボン繊維の釣竿に意識を集中した。
「ダメだ。全くわかんないや」
釣竿を戻すと、店内を歩きまわる。夫は店員さんと話し込んでいるし、ほっといていいか。
ふと、サビキの仕掛けを手に取ろうとしたら、キィンと耳鳴りがしてふらつく。
「唯芽!」
駆け寄った夫に抱き留められた。
「あ、ごめん。立ち眩みしちゃった」
「無理をさせてごめんよ。このあと食事に行けるかい?」
「行けるよ!お腹ぺこぺこ!」
慣れたら一緒に選んで買おうと約束した。
最初だから釣れるかは分からないけど、一応クーラーボックスを購入。保冷剤も買った。
異世界での釣竿は適当に聖域の木でとにかく頑丈なものを作った。けど日本の釣竿も釣り糸も凄い技術だ。軽くてしなる。これでレインボートラウトが釣り上げられるとは全く思わないけど。
やはり異世界では異世界の釣竿が必要だ。
一通り見たらご飯屋さんでホタテバターご飯を食べた。普通に食べて美味しく、お出汁をかけて二度美味しい。盛り付けも綺麗でおねぎとアラレをかけて食感も楽しめた。
「唯芽、考え事かい?」
「ううん。ここ、気に入った。美味しいし勉強になるね」
「はは。唯芽は努力家だね」
帰ったら夫は仮眠。夜出かけて朝帰るみたいだ。村瀬さんは本当は太刀魚狙いだったのに、初心者が釣りやすそうなアジに変更してくれたらしい。
ルアーも面白いそうだけど、最初なので今回はサビキを使ってまず簡単に釣りを経験してみようという事になったそうだ。
いくつも針が付いて、底にカゴとか錘がついてる仕掛けだ。昔父親に一度だけついて行った時に使った仕掛けも確かそれだった。
仮眠から起きた夫は着替えをして準備万端。
行きにコンビニに寄るらしいし、自販機もあるので水筒すら何も必要無いという。自分1人の趣味のことでパートナーを煩わせたく無い気持ちは分かる。
夫は言った。
「アジ好きだよね、たくさん釣ってくるよ」
私は笑顔を浮かべた。
「釣って来てくれたらお刺身にするよ!」
夫を送り出して私はため息を吐く。
「さ、異世界いこいこ」
——
異世界。
唯花から念話が来た。
ダンジョンには意外にも人間がいたらしい。ココはモンスターだし、唯花はゴーレムだ。悪い人間に捕まったら困るから無闇に接触して欲しくない。
人間はかなり弱くて、唯花やココの隠蔽でも余裕で欺けるとか。
「和樹みたいなのが居るかも知れないから気を付けてね」
二人に注意を促す。
一度帰りたいと言うので転移で迎えに行った。結構遠いらしいけど、MP1000も要らなかった。ポーション無しで余裕で往復できたのはMP消費軽減とMP自動回復のお陰みたいだ。
ダンジョンに居た人達は、レベルこそ15程度あるものの、私達の15と比べてかなりステータスが低かったらしい。魔物も浅いところは強くないとか。
「一般的な服を作って欲しいです」と控えめに言ってきた唯花の今の衣装はフリルをふんだんにあしらった水色と白のエプロンドレス。
唯花の念話イメージをもとに、この世界で一般的な服を作る事になった。私も唯花とお揃いの服を作った。
オフホワイトのシャツに、カーキのチュニック、厚手のパンツ、そしてロングブーツの底には殺意高めのスパイク、革の胴当ても用意した。
うーん、シンプルだ。けれど敵が弱いなら防具は動きにくいだけ。いらないのだから作る必要性が無い。
よく職人さんが使っているみたいな作業用ポーチと、ナイフも腰ベルトに下げて、皮のリュックも用意したけれど、まだまだ地味で物足りない。
ついでだからドール用にもう少し装飾を足してデザインを少し変えスケッチブックに描いた。革部分には型押しで刻印を、襟ぐりにアラベスクの刺繍を。女の子用の羽の髪飾りと、男の子用のハチガネと、カーキのマントを。
錬金術で作ってマネキンに着せて写真を撮った。
「できたー。男女兼用冒険者の服」
唯花を私はダンジョンに送った。




