46話 探偵はじめました
土曜日
気を取り直してお盆休みが来ました。息子は初めてのお仕事が楽しくて仕方ないらしい。
今日は夫と、そんな息子の働く姿を見にいく。だけど息子は私が行くときっと怒るので、2人で変装して行く事にした。
「べ、別人だね。」
夫はかなり引き気味である。
「女はこのくらい誰でもできるよ。」
「お、女の人が怖くなるよ……。それで、本当に僕も変装するのかい?」
夫は私に考え直す様にと最後の説得を試みる。
「私達が居るとあの子意識するでしょ?私は普段の働いてる姿がどうしても見たいの。」
これは決定事項。授業参観状態の息子を見たい訳では無いのだ。
「本当に和樹の事になると君は暴走するね。あの子は普通に食べに行った方がきっと喜ぶと思うよ。子供は親に良い所を見せたいものさ。」
息子が大人ぶって背伸びしてるのは私だって知っている。
「たまにはわがまま言わせて下さい。」
私は不服そうな夫の顔を医療用テープを駆使して変えていく。
「なんだか…肌が重い気がするよ…」
夫が顔を触りたそうにしている。私は顔に触らない様に声をかけてメイクを施していく。
「しょうがないよ。テープ隠すための厚塗りなんだから。」
「じょ、女性は色々大変なんだね…。」
どうやら女性に対する幻想が崩れた瞬間に立ち会ってしまったみたいだ。
そして店に着いて席に着くと、おしぼりとお冷を持ってきた母が私に話しかけてきた。
「あんた、何やってんの。」
秒でバレた!母はエスパーなのか?
「しっ!和樹にバレない様に変装してきたの。合わせて!」
「ご無沙汰しています。こんな格好ですみません。」
深々と頭を下げる夫はかなり若作りだ。そんな事してたらバレてしまうから早く頭を上げて欲しい。不意打ちを喰らって驚いた母は「まあ!律樹さんだったのね。どうぞごゆっくり。」と笑顔で取り繕って去っていった。
しばらくしてから息子がやって来る。
「お決まりでしたらご注文お伺い致します。」
おお!ちゃんと働いてるよ!敬語で話しかけられるなんて新鮮で嬉しくなっちゃう。
私達は何品か注文した。ビールとお通しを運んできた息子がごゆっくりどうぞと立ち去ってから周りを見渡す。
「混んでるね。お盆だからかな?」
「でも女性が多い気がするね」
確かに客層は変わったかも知れない。以前は酔っ払いのオヤジばかりだったのに、今は八割が若い女性だ。というか…女の子達がチラチラ息子を見ている事に気付いてしまった。すっかり忘れていたが息子は本当によくモテるのだ。これはもしかして母に悪い事してしまったかも知れない。
忙しくなってきて余裕無く働いてる息子を、他の女子に紛れてチラチラ見ては嬉しくなってニヤニヤする私。
「知らないうちに大人になったよねー。」
「これで安心したかい?」
名残惜しいけど外にも人が並び始めたので私達は早々にお会計して退散する事にした。来たばかりだけれど仕方ない。
「お愛想なしでごめんね。またお盆の間に一度伺うわ。」
母が小さな声で夫に挨拶して、頭を下げた。
「ゆっくりできなくてごめんね。どこかで飲み直す?」
「確かに少し飲み足りないね。久しぶりにスナックに歌いに行こうか。」
そう言って夫は私の手を取って歩き出した。夫はあまり歌わない人なのに、私に合わせてくれる。そういう気遣いができるのは大人の男って感じで、自分の事ばかりな私はこの人に比べてまだまだ未熟だ。
「和樹がちゃんと働いてて安心したよ。」
「君達は本当にお互い過保護というか…少しはあの子を信頼してあげた方が良い。男の子だからね。あまり母親に心配されたくないものさ。」
夫が珍しく私に苦言を呈する。そんな夫を見上げて私はへらっと笑った。
「でも探偵みたいで楽しかったでしょう?」
夫は思わず吹き出した。
「ふふ。最近君には驚かされてばかりだよ。まるで昔に戻ったみたいだ。本当に楽しいよ。君と一緒になって良かった。」
スナックの扉の前、くぐもった音楽がドア越しに漏れている。
「私も。」
夫が扉を開けた途端カラオケの大音量が響く。
「2人、いける?」
「どうぞー。」
私の声は聞こえなかったかも知れないけど
夫は楽しそうに笑った。
第一章完
ここまで読んで下さってありがとうございます。熟年夫婦のこういうの苦手な方申し訳ないです。これがベースの物語なので、ちょっとずつ増えてきます。




