108話 説得
初ちゃんが菓子折り持って家に来た!
うう。負担かけてごめんねぇ。ドールの売り上げだけじゃ絶対足が出てるよねぇ。
「初めまして。高橋初と申します。唯芽さんにはパートで知り合って以来お世話になっております。」
初ちゃんが全く緊張していない様子で笑顔で頭を下げた。
「久我律樹です。こちらこそ妻がいつもお世話になっています。どうぞ上がってください。」
夫も柔らかく微笑み迎え入れる。
え、緊張してるの私だけ?
初ちゃんを応接間に案内してキッチンに向かうと、息子がコーヒーの粉をミルしているところだった。は?何それブルマンじゃん。誰が買ってきたの。私は初ちゃんが持ってきてくれたお菓子を来客用の皿に手早く盛りつけ、取り皿と一緒にお盆に乗せる。
息子が律儀にサイフォンを出してきた。何そればあばに習ったから披露したいのか。でもそれは時間がかかりすぎる。錬成で淹れた方が早い。
「え、ちょ、あー…何それ邪道。」
邪道とか言うな。今日は急いでるんじゃ。
「サイフォンはまた今度でお願い。」
「今日父さんに一番美味しいの淹れてくれって頼まれてたんだよ。婆ちゃんに貰った良い豆だったのに。まあいいわ、コーヒーは俺行くから、お菓子持って一緒に来て。」
だったら夫はもしかして私達に時間をかけさせて初ちゃんと2人で話したかったのかも知れない。交渉ごと、初ちゃんも強いけど夫はもっと強いのだ。隣に座ってるだけで人との会話を全部任せてきたから知ってる。夫は物凄く頭がいいのだ。
行かないと。私がちゃんと自分で言わないと。
2人は談笑していた。その声は遠くても私にはハッキリ聞き取れる。
「成程、最近妻が美容や物作りに打ち込んでいるのは高橋さんの影響なんですか。妻も楽しそうで感謝しているんですよ。」
応接間から聞こえてくる夫の声。2人の私とのコミュ力の差よ。私達は応接間の前に到着。
「それで、私がそのお店を始めるのに、是非唯芽さんのお力を借りたいと思ってるんです。」
なんともう本題に入っていた!!早いよ初ちゃん!打ち合わせと違う!息子はギョッとした顔で急いで応接間をノックし、ドアを開ける。
私は息子より先に入って、お菓子をテーブルに置いたら初ちゃんの隣に座って神妙な顔で夫を見つめる。
息子がコーヒーをテーブルに置いて何故か夫の隣に座った。何だこれ。まるで結婚の許可を取りに来たみたいな雰囲気である。
「話はだいたい聞いたよ。唯芽はどうしたいんだい?」
夫は珍しく笑っていないし、息子は黙ったままこっちを見ている。
「わ、わた、私はやりたい。初ちゃんとドールの話したりこれからの事相談するの楽しいし、初ちゃんの事信頼してるから、初ちゃんと一緒に仕事がしたい!」
自分がだんだん早口になっていくのが分かる。顔が赤くなる。勢いに任せて言い終わると、3人が私の顔を見てちょっと驚いていた。
え?なに?私またやらかした?
ほんの一瞬沈黙してから、夫が初ちゃんの方を向いた。
「高橋さん、内気な妻がこうして最近自分の意見を言う様になってきたのは僕は喜ばしい事だと思っています。僕では変えられなかったから、きっと高橋さんは妻にとって良い友達なのでしょう。」
そこまで言うと夫は佇まいを正した。
「妻は何かに夢中になると周りが見えなくなる事がありご迷惑をおかけする事もあるかとは思いますが、これからも妻をよろしくお願いします。」
もっと何か言われると思っていたので私は驚いて言葉が出ない。
「あ、ありがとうございます!なるべく唯芽さんやご家族の負担にならない様に気を付けますので、ご要望があれば言ってください。こちらこそよろしくお願い致します。」
初ちゃんは深く深く頭を下げた。少し震えているのが分かった。
良かった。反対されなかった〜。
それから少し話して夫と連絡先を交換して初ちゃんは帰って行った。その間息子は一言も喋らなかった。
キッチンに行くと息子が待っていて、お盆を私から受け取りシンクに食器を置いた。
「母さん、初さんに利用されてないよな?」
スポンジに洗剤をかけながら息子はボソッと言った。
「むしろフォローを全部任せてる。その為にお店を始める事になったの。初ちゃん仕事まで辞めて費用の負担までしてくれた。」
息子は慣れた手つきで淡々と食器を洗っていく。
「ふーん……なら良いけど。俺、なんかする前に先に相談しろって言ったよな?母さん自分の価値全然分かってないからさ、心配なんだよ。少しでも疑わしくなったら絶対に言えよ。」
それは地球での事も含まれていたとは。
「その時は相談するよ。」
異世界。
唯花がダンジョンから帰ってきたので、抱きしめてお出迎え。会いたかった。早速今日あった事を話して、私と家族とか私と初ちゃんは仲良くできるのに、息子と初ちゃんが仲良くできないのは悲しいと愚痴を言った。
「和樹さんはとても慎重ですからね。最初は仕方ないかと。初さんは真面目でマスター思いなので、きっと信じてくれる日が来ると思います。」
唯花は初ちゃんを凄く信頼しているから最近は地球の事にはあまり口出ししなくなった。発端は唯花が上げた動画だから、まだ気にしてるのもあるみたいだ。
「マスターは人間関係でストレスが溜まりやすいんですから、今度一緒にワイバーン狩りして気晴らししましょうよ。」
とか言ってきたので、ダンジョンに行きたいだけなのかも知れない。
それからあとは、明日の孤児院の準備をした。




