四話 出会い
カタカタとキーボードを叩く音が静かな店内に響く。二時間程前にお気に入りを台無しにされた百目鬼が不機嫌そうな顔をしながら帳簿付けをしているのだが、それを眺めながら暇そうにしている蛇喰は、どうしたものかと考える。
普段機嫌良さげにニコニコと口元を緩めている事が多い百目鬼だが、珍しく機嫌を損ねると長い。数時間で機嫌を直してくれる事もあれば、数日、数週間かかる事もあった。実に面倒だ。
「……百目鬼さん、店閉めますか」
「そうしてください」
今日は客が来ない。雨の日は客足が遠のきがちなのだが、少し前から雨脚が強まり、土砂降りになってしまった。これではもう客は期待出来ないだろう。諦めた蛇喰はクローズの札をかけ、店じまいをすべくカウンターの中に引っ込んだ。
無言の空間は何となく居心地が悪い。蛇喰自身はあまり話し好きというわけではないのだが、普段聞いてもいないのにベラベラと喋り続ける百目鬼が無言というのが気まずいのだ。
百目鬼のお気に入りが台無しになってしまったのは、蛇喰のせいではない。少なくとも直接的な原因ではないのだが、今の百目鬼は蛇喰のせいだと思っているらしい。
愛した男に捨てられたと思い、小指の無い手で顔を覆いながら泣いていた遊女の魂はどうなったのだろう。土くれになってしまったあの指と同じように、魂も崩れて消えてしまったのだろうか。
せめて心安らかに浄土に逝ってくれたのなら、少しは蛇喰の心も晴れるかもしれない。
「……百目鬼さん」
「何ですか」
「あの遊女、どうなったと思いますか」
「さあ」
これは重症だ。これ以上の会話を諦め、蛇喰は買い物に行くと告げて店を出る。土砂降りの雨の中外を歩くのはあまり気が進まないが、百目鬼が好きなコンビニスイーツでも差し入れて、機嫌を取ろうと考えたのだ。ビニール傘を差し、蛇喰はのろのろとした足取りで夜道を歩く。足元がどんどん濡れて気持ちが悪いが、今は店の中で大人しくしているよりもマシだと思えた。
◆◆◆
あの日も、今日と同じように土砂降りの夜だった。
日本がまだ平成という元号だった頃、蛇喰は所謂家出少年というやつだった。行く宛ても無く、フラフラと歩いているうちに見つけたBar Morionに入った蛇喰は、未成年はお断りだと笑う百目鬼にお茶を出してもらったのだ。
「未成年なのでお酒は出せませんが……今日はお客様もいらっしゃいませんので、雨宿りくらいなら良いでしょう」
暇だったのだと言って笑う百目鬼は、簡単な自己紹介をしてくれた。この店のオーナーで、普段はたった一人で店を切り盛りしている事。好きな物はコンビニスイーツで、嫌いな物は辛い物。別に聞きたくないと思っているのに、吸い寄せられて入ってしまった上、追い出さずに優しくしてくれたのだからと、蛇喰は黙って百目鬼の話を聞くしかなかった。
「蛇喰くん、でしたか。変わったお名前ですね」
「……よく言われます」
「お家はどこですか?お送りしましょうか」
「結構です」
優しい申し出をきっぱりと断った蛇喰は、温かいお茶を胃に流し込む。すっかり冷えてしまった体の胃袋だけがじんわりと温かいのは、何だか不思議な感覚だった。
「ご家族と喧嘩でもされたのですか?」
「……帰ります」
「どこに?」
これ以上事情を聞かれたくない。未成年が歩くような時間ではないし、普通の大人なら当たり前のように心配するし、もっと心配症の大人なら警察を呼ばれるだろう。それは面倒だし、絶対に家に戻るわけにはいかない。
荷物を抱えて立ち上がろうとした蛇喰だったが、ふいにくらりと世界が揺れた。
「おや、大丈夫ですか?」
床に膝を付いた蛇喰に駆け寄った百目鬼が、心配そうに背中を摩る。どこか痛むのか、具合でも悪いのかと問う百目鬼の耳に、蛇喰の腹が空腹を訴える音が「くう」と届いた。
「……お腹、空いたんですか?」
「三日くらい、食べてなくて」
「それはいけませんね。簡単なものでも宜しければ、すぐ作りましょう」
「金、無いです」
「いりませんよ。貴方はお客様ではありませんから」
にっこりと微笑んだ百目鬼は、蛇喰に座り直すよう告げると、カウンターの中に戻って行った。小さなカセットコンロを取り出し、フライパンの中に湯を沸かし始める。手際よく用意されたのはパスタで、ソースはレトルトのものだった。
「私の夜食ですので、お金を貰うものでもないのですよ。足りますか?君は大きいから」
育ち盛りでしょう?と続けた百目鬼は、身長は幾つですか?と聞いた。188だと答えた蛇喰は、一口麺を頬張った。三日ぶりの食べ物を一口でも口にしてしまうと、食べたいという欲求に頭を支配された。行儀が悪いとか、申し訳がないとか、そういう事を考える余裕すら無かった。
「ふふふ、良い食べっぷりですね。宜しければこちらもどうぞ」
「いただきます」
食べている間に用意してくれていたのか、百目鬼はカップ麺を差し出す。また麺かと文句を言う気は一切無い。今はただ、腹を満たしてくれるのならば何でも良かった。
「そんなに慌てて食べなくても逃げませんよ。可哀想に、本当にお腹が空いていたのですね」
しみじみと言った百目鬼は、他にも何か無いかとカウンターを漁り始める。生憎出てくるのは客に出す用のチョコレートやナッツばかりで、育ち盛りの少年の胃袋を満たすには少々量が足りないようだった。
「充分です、ありがとうございます」
あっという間に平らげた蛇喰は、少し落ち着いた腹を撫でながら百目鬼に頭を下げる。三日ぶりの食事のおかげで、クラクラとしていた頭は少し落ち着いてくれた。
「元気が出たようで良かった。お腹が空いていると良くないですからね」
ニコニコと微笑んでいる百目鬼の真っ黒な瞳が、照明を反射してキラキラと輝く。少なくとも蛇喰にはそう見えて、思わずじっと百目鬼の瞳を見つめてしまった。
「ところで、ずっと気になっていたのですけれど」
見つめていた目が、ふいに弧を描く。にんまりと笑った百目鬼がぐいとカウンターに体を寄せ、蛇喰の眼前に迫った。
「貴方、素敵な物をお持ちのようです」
「は……?」
家を出てから一か月程。何度か栄えた街をフラフラした事もあるし、その度に若い女からこんな風に迫られた事もある。金はないと言うと去る者も多かったが、何人かの女は一晩共にすれば食事と一晩の宿を提供してくれたし、満足したからと少しの小遣いをくれる者もいた。親が知ったら卒倒しそうな事をしながら、長旅をしてこの街までやってきたのだ。
「その大きなリュックの中、見せて頂けませんか?」
「え……」
「禍々しいですねえ、素晴らしい」
にたりと嫌な笑みを浮かべた百目鬼は、蛇喰が脇に置いているリュックに視線を向ける。見られている、この女は普通じゃない。そう気が付いた蛇喰が慌ててリュックを抱え込み、すぐにでも店を出ようとした瞬間、外から大きな音が響いた。
「あらあら、大変だ。雷ですね」
外から聞こえる雷と雨の音。これではもう外に出るのは諦めた方が良さそうだ。台風の時期でもないのにどうしてこんなに荒れた天気になるのだと頭を抱える蛇喰の前で、百目鬼はにっこりと微笑んで言った。
「この天気の中、彷徨いますか?それとも、今すぐ警察を呼んで迎えに来てもらいましょうか。それとも、私に素敵な宝物を見せ、一晩店を提供しましょうか」
好きな選択肢を選んで良いですよと笑った百目鬼はとても美しい。美しいのに、何だか毒があるように見えて恐ろしかった。
「見るだけです。指一本たりとも触れたりしません。信用できないのなら、私の腕を縛っても構いませんよ」
「……縛るだけ縛って、貴方の望む物を見せず、暴行するかもしれませんよ。金を奪って逃げるかも」
「暴行」
一瞬言葉を詰まらせた百目鬼は、けらけらと面白そうに腹を抱えて笑い出す。どうしてそんなに笑われるのか理解出来ない蛇喰は居心地悪そうに体を動かした。
「君にそんな度胸はありませんよ。あるのなら、もうとっくにやってます」
「う……」
客もいない深夜のバー。いるのはひょろりと細い女性バーテンダーだけ。外は大雨で、歩いている人も少ない。乱暴をするのならとっくにやっていると言われればその通りだ。
「君はまるで、小さな野良猫のようですね」
「は……?」
「精一杯威嚇をして、震えている子猫のようです。可愛いですねえ」
にんまりと笑った百目鬼の言葉は、今の蛇喰には馬鹿にされているようにしか思えなかった。苛立った蛇喰の様子を見て、それを楽しんでいるようにさえ見える。
ぎゅう、とリュックを抱える腕に力が籠った瞬間、パキリと小さな音がリュックの中から聞こえたような気がした。
「壊れてしまいますよ。桐箱でしょうか」
「何故、分かるんですか」
「そんな気がするだけです」
この女は変だ。それは分かるのに、興味津々といった様子で目を輝かせる百目鬼を見ていると、別に危ない人では無いのかもしれないと思ってしまった。
見るだけなら良いだろうか。一宿一飯の恩とも言うし、絶対に触れないと言うのなら、たった一目見せるだけならば。そう思い、蛇喰はゆっくりとした動きでリュックの奥底に押し込んでいた桐箱を取り出した。
「宜しいのですか?」
「見るだけですよ」
「ありがとうございます!あ、腕縛ります?」
「結構です。でも絶対に触れないで」
コクコクと何度も頷き、百目鬼は自ら腕を後ろに回す。キラキラと輝く瞳で桐箱を見つめ、開いてもらえるのを待ち焦がれているようだ。
見るだけ、と言ったは良いが、蛇喰はこの箱を開くのが怖かった。この箱に収められている物は、現代日本では警察のお世話になる代物だからだ。
「警察には言わないでください」
ゆっくりと開かれた箱には、色鮮やかな袋が収まっている。それが何なのか分かったらしい百目鬼は、ほうと小さく息を吐いた。
袋を閉じている紐を解き、中に入っていた物をカウンターに置いた蛇喰は、それ以上近付くなと百目鬼を睨みつける。
「素晴らしい……この世の全てを恨んでいるのですね」
興奮気味に見開かれた百目鬼の目が、舐めるようにそれを見た。古く、美しい鞘に納められた小刀。時代劇などで見る、高貴な身分の女性が自害する為に喉に突き立てるような小さな刀だ。
「この刀、どうされるおつもりですか?そもそも、どこで手に入れたのです?」
「……これは、俺の実家に持ち込まれたものです。この刀に魅入られた人間は、誰彼構わず殺す為にこの刀を振り回すんです」
ぽつぽつと、蛇喰は何があったのかを百目鬼に話して聞かせた。
蛇喰の家は古い神社なのだ。曰く付きの物を持ち込む者もいて、この刀もそういった物の一つなのだ。
「本当なら、お祓いをして処理される筈の物でした。でも、この刀は俺の……妹を気に入った」
真夜中、刀を握りしめた妹に殺されかけた。この刀を妹から引き剥がさなければ、妹は人殺しになってしまう。優しい妹は自分が人を殺したと分かれば、自ら命を絶つかもしれない。それは絶対に嫌だと考え、蛇喰は小刀を奪い取り、大した荷物も持たないまま実家を出たのだと話した。
「お祓いなんて効果無さそうなくらい強い念が籠ってますものねえ……」
「あの、どうして分かるんですか?霊感があるとか?」
「霊感というか……まあ、そんな感じです」
へらりと笑った百目鬼がちらりと蛇喰を見る。
小刀を見つめている蛇喰の目が虚ろである事に気が付き、ひらひらと蛇喰の目の前で手を動かした。
「しまった方が良さそうです。貴方も魅入られていますよ」
「え……?」
「家を出てから片時も離さなかったのでしょう?縁が出来てます。出来ればすぐにでも手放した方が良い」
「それは出来ません」
「でしょうね。ほら、逃がさないって言ってる」
目を細めた百目鬼にどういう事か問いかけようとした蛇喰は、ハッと意識を手元に向けた。
カウンターに置いた筈の小刀が、鞘から抜かれた状態で握られている。何時の間にと驚いた瞬間、蛇喰の腕が勝手に動き始めた。
「な……!」
「あーあー……まずは私ですか?酷いじゃないですか、私全く関係ありませんのに」
むすっと面白くなさそうな顔をしている百目鬼は、ぶんぶんと振り回される刀を避けながらどうしたものかと考えているようだ。
何とか動きを止めようと抗っている蛇喰は、頼むから逃げてくれと懇願しているのだが、百目鬼は店の外に逃げる事は一切考えていないらしい。
「蛇喰くん、君のお家は神社でしたか」
「今それ聞く意味ありますか?!」
「本当は、呪術師のお家なのでは?君はその跡取りでしょう」
スラスラと言葉を紡ぎ続ける百目鬼は、蛇喰の正体を推理するように考えながら話し続ける。
神社というのは表向きの話で、本当の家業は呪術師。人を呪ったり、曰く付きの物を回収したり、オカルトめいた事を生業としている。それは本当の話だが、刀で切りつけようとされている時に話すようなことではない。
「君、自分で祓えると思っていましたね?でも、祓えなかった」
「何で……」
百目鬼の言う通り、蛇喰は一度刀を清めようとした。しかしそれは失敗し、どうすべきか分からず持ち歩いていた。
「刀が話を聞いてくれないのですね。話を聞いてもらうだけなら簡単ですよ」
にんまりと笑った百目鬼は、刀を避ける事をやめた。嫌だと叫んだ蛇喰が耐えられずに目を閉じた瞬間、右手に嫌な感覚が伝わる。
肉を貫く重たい感覚。手に伝う温かい何か。ヒュッと喉が鳴った。
「いたた……どうですか、少しは落ち着きましたか」
「な、に……何してるんですか!」
深々と刀が刺さっている百目鬼は、痛みに顔を歪めながら右肩を見つめる。ブツブツと何か囁いているようだが、今の蛇喰は自分の心臓の音が煩くて、百目鬼が何を話しているのか分からない。
「病院……救急車、呼びます」
「いえ結構。そんなの呼んだら君が捕まります」
視線を動かしもせず、百目鬼はにんまりと口元を緩め、左手で愛おしそうに刀を撫でる。
異様ともいえるその光景が、美しいと思えてしまうのは、頭がおかしいのか、それとも百目鬼が容姿だけは美しいからなのか。何も分からないが、少なくとも蛇喰の手は刀から離す事が出来た。
「お、離せましたね。良かった」
肩に刀を生やしたまま、百目鬼はゆっくりと蛇喰に視線を向ける。
カクンと体の力が抜け、床にへたり込んだ蛇喰は、震える声で「ごめんなさい」を繰り返した。
「この刀、私に譲ってくれませんか」
「え……?」
「私は、どうしても許せない人がいるのです。復讐を果たす為、私は使えそうな物を集めている。この刀は素晴らしい一品です」
にまにまと笑う百目鬼の肩に突き刺さる刀。そこから何本もの女の腕が生え、うねうねとうねりながら百目鬼の体を這い回る。まるで、抱きしめているかのように見えた。
「復讐の為に、使うんですか?」
「ええ。この方も、復讐を果たせたのなら地獄に落ちても良いと仰せです」
目を細めて微笑んだ百目鬼が、自分の体に絡みつく腕の一本に優しく触れた。触れた腕がゆっくりと動き、百目鬼と指を絡ませ合う。
「お辛い経験をされましたね。燃え盛る城の中、夫の亡骸の前で自害しようとされたのに……その名誉すら汚されるだなんて」
百目鬼が言うに、刀に宿った怨念の主は、小国の武将の妻だったらしい。戦に負け、夫は先に腹を切った。夫を見送りたいという妻の願いを叶えてくれたのだ。
夫の跡を追う為、喉に小刀を突き立てようとした瞬間、夫の首を狙って城に入ってきた敵の一人に殺されたのだという。
—お前たちのせいで我が夫は腹を切った。
—何故お前に殺されなければならぬ。
—何故殿の妻として、自ら死ぬ事すら許されなんだ。
—許せぬ。よくも。
流れ込んでくる女の声を聞きたくなくて、蛇喰は両耳を塞いだが、全く意味はなかった。手についた百目鬼の血液が顔についただけだった。
「譲ってください。きっと上手に使ってみせますから」
「駄目です。その刀は俺が……」
「そんなに心配ならば、君も刀の傍にいると良い。実家には帰れないのでしょう?行く宛てもないのでしょう?それならば、この店の従業員として雇います。衣食住は保証してあげますよ」
お給料は期待しないでくださいねと続けた百目鬼が、何を思ったか刀をゆっくりと引き抜いた。びしゃびしゃと床に落ちる大量の血液。こみ上げてしまった吐き気に耐えながら、蛇喰はフルフルと首を横に振る。
あれは譲ってはいけない。海にでも沈めてしまわなくては。誰も触れられないように、埋めてしまうでも良い。そう考えて持ち出したのに、また誰かの手に渡ってしまうのではと考えると恐ろしくなって、一か月もの間持ち歩いてしまったのだ。簡単に渡すわけにはいかない。
「ふふ、今夜は良い日です」
そう言うと、百目鬼はその場に倒れ込み「水をください」と小さく声を絞り出した。
◆◆◆
「百目鬼さん、休憩にしませんか」
ガサガサとビニール袋の音をさせ、蛇喰は恐る恐るといった様子で店に顔を出す。店を出た時と同じように、百目鬼はパソコンに向かっていた。
「百目鬼さんが好きなロールケーキ買ってきましたから……」
「いただきます」
機嫌が悪くても、大好物なら食べるらしい。ホッとした顔で百目鬼に近寄った蛇喰は、パソコン画面を覗き込んでぎょっとした。
「……百目鬼さん、もしかして」
「はい、大阪に行って来ます」
「またですか?!珠姫様の気紛れも程々に付き合う程度にしないと、いつか絶対に店潰すことになりますからね!」
ぎゃぎゃあと蛇喰が喚くのも仕方ないだろう。少し前、百目鬼と蛇喰は車で北海道まで行ったばかりなのだ。
珠姫とは、百目鬼の肩を突き刺した刀に宿る念の主の事であり、ちょっとしたお願いを聞いていれば、人を傷付けることはしなくなる。それが続くように、百目鬼は珠姫の言う事を素直に聞き続けているのだ。
「仕方ないじゃありませんか。珠姫様の仰せなんですから」
「今度は何に影響されたんですか……」
「大河ドラマです」
「何見せてるんですか!」
不機嫌そうな顔だった百目鬼は、ロールケーキを頬張りながら目頭をぐいぐいとマッサージするように刺激する。
目は霞むし、天気が悪いせいか肩も痛いし、珠姫の望む場所に行くとなると車で行くしかない。あれこれ手配する事が多くて疲れたと溜息を吐いた百目鬼は、頭を抱えている蛇喰の肩をぽんぽんと叩いてにんまり笑った。
「今回も運転、よろしくお願いしますね」
「……免許なんて取るんじゃなかった」
「私は肩が痛いのでね!運転中に痛くなったら危ないじゃないですか!」
はっはっはと高らかに笑う百目鬼は、機嫌を直してくれたらしい。それはとてもありがたいのだが、これから色々と手配をして、完全に銃刀法違反で捕まる代物を持ち歩かねばならない、あまりにも嬉しくない旅行にまた行かなければならないという現実に、機嫌を損ねるのは当たり前の事だろう。
「最悪だ……」
「食い倒れたいですねえ……本場のたこ焼きが食べたいです」
にこにこと楽しそうにしている百目鬼の隣で大きな溜息を吐いた蛇喰は、あの日この店に入ってしまった己を深く呪うのだった。