ゆめのなか
よる ねむりにおちてから たのしいゆめをみたい というひとには
ひるまのうちに おいしいものをたべたり あそんだりして
ねるまえには すきなほんをよんでおくことを おすすめします。
ゆめは ひるまのできごとの おさらいだと かんがえられています。
おきているあいだに なにか ひとつでも たのしいことがあれば
きっと たのしいゆめが みられますよ!
この ものがたりでは ぼくがみた ゆめについて はなしましょう。
ぼくは ゆめのせかいが だいすきでした。
ゆめのせかいには はやくして!とか もっとじょうずにできないの?とか
せかしてきたり めくじらをたてるひとが いないからです。
ひるまのせかいでは なにをするにも げんきよく みんなといっしょが あたりまえなので
ひとりで しずかにすごしたい ぼくには
こころのおちつくばしょが ゆめのせかいしか ありませんでした。
でも あさがきたら おきなくてはいけません。
ずっと ゆめをみつづけて いられたらいいのに
あさなんか こなければいいのに
そうおもっていた あるとき こんなゆめをみました。
ぼくのはなしをよんでいる あなた!
もし はいいろのこうえんの ゆめをみても
こうえんのしきちに けっして あしをふみいれては いけません!
おはなしが こわくなったら いますぐ よむのをやめて!
きになるひとだけ つづきを よんでください!
はだざむい くもりぞらのした
そこらじゅうに はいいろの ぬいぐるみが ころがっている ふしぎな こうえんでした。
だれもいないのに こえが きこえてきます。
また まいごが きてしまったか。
ひるまのうちに たのしいことが なにもなかったんだね?
なぜ あさになると ゆめからさめてしまうのか
ずっと ゆめのせかいに いられたらいいのに
そうおもっているだろう?
たのしいことがないまま ねむると まよいこむゆめ。
ぼくのはなしをよんでいる あなたは
こんなゆめなど みないように くれぐれも きをつけてくださいね。
なにをするにも みんなといっしょで げんきよく
そういうせかいを つくっているひとたちも
まいにち つかれはてて
あさなんか こなければいいと おもっている。
だれも つかれたくないのに
どうして たがいに つらいまいにちを つづけなきゃならないのか?
なぜ ゆめのほうがましなぐらい つらいよのなかに なってしまったのか?
きてはだめ! ひきかえして! と ぬいぐるみたちは いいますが
こわくなればなるほど かえって なぞのこえの でどころが きになり
こうえんのかたすみの すなばへと どんどん からだが すいよせられました。
あたらしく いのちがうまれると すばらしい ということになっているが
ひとたび じんせいが はじまれば まっているのは つらいことばかり。
とちゅうで やめようとしても らくには やめられない。
だから わたしは ねむったまま にどと ゆめからさめないほうほうを えらんだ。
すなばにひざをついて りょうてで はいいろのすなを かきわけると
すなのなかから はいいろの がいこつが あらわれました。
すなのつもりで ほじくりかえしていたのは
すなよりも きめのこまかい ほんものの はいでした。
にんげんは なきながら うまれてくるが
さいごには ほら! こんなに えがおになれる。
なやみも くるしみも ない。
ひるまのせかいに なにも たのしいことがないなら
ほんとうは ゆめからさめなくたって いいんだ。
すなばのなかは がいこつだらけでした。
ほっても ほっても はいいろのえがおが ぎっしり。
がいこつたちが たのしそうに ケタケタと うたいます。
きみも
こうなる。
みんな
こうなる。
なにを
しようが
すべては
きえる。
はいいろの ブランコをこぐ がいこつ。
はいいろの シーソーにのる がいこつ。
はいのおしろに トンネルをほる がいこつ。
ベンチで ぬいぐるみを だっこする がいこつ。
がいこつたちは みんな えがおでしたが
こうえんは こごえるほどの さむさで
ぼくには ちっとも うらやましいとは おもえませんでした。
でも
あさなんか こなければいいのに とか
ずっと ゆめをみつづけたい とか
そのはてにあるのが はいいろのこうえんなのだ とは よくわかりました。
ホラーえいがの みすぎかな?
ものがたりのはじめに たのしいゆめをみるほうほうを かきましたが
じつは このときの ぬいぐるみたちから おそわったものでした。
それからぼくは ひるまのうちに すくなくとも ひとつ
たのしいことをしようと こころがけています。
まいにちが つらくても。
にどと あのこうえんに いかないように。