魔王と蛇の契約
目の前に立つ存在に神経をとがらせながら、ゆっくりと首を動かし観察をする。
黒い鎧に全身を包んでいるため、その表情を伺い知ることは出来ないがその佇まい、その空気感が目の前の存在の異常なほどの力などをこちらに教えている。
『これは紛れもない現実で、今私の前には私の命を奪える存在がいる』
数千年生きてきて始めての圧倒的な危機感に、身を震わせながらもその者と会話を始めることを決意し、言葉を紡ぐ。
「魔王とさえ、言われる存在がこんな山の中になんのようかな?」
「今日は貴殿に、一つの頼みがあってきたのだ。戦闘の意思はない」
黒い鎧の中から聞こえてきた声は、想像しているよりも高い声で少し若いような印象を受ける。
戦闘の意思がないというのはこちらからしてもありがたいことなので、そのまま敵意を見せずに平和的に話を進める方向で考えをまとめ、会話の続きを行う。
「それで、頼みと言うのは?」
「急にこんなことを言われても困惑をするかもしれないが、私に力を貸してほしい。」
その言葉に少しの疑問を覚える。
力を貸してほしい。そう言われたのだ、明らかにこの世界で有数の実力者である存在が他の力を必要としているその事にも少しの疑問を持つが、それを何故私のところに言いに来たのかというところだ。
「‥‥力を求めて何をする?お前はこの世界に何をなすことができる?」
「‥‥私は、この世界を変えたいと思っている。理不尽に虐げられる魔族たちを解放し、多くの魔族を束ね、そして国を起こす。‥‥そこまでやって私は始めて自分の存在に自信を持つことが出来る。そんな気がする」
今、私が住んでいるこの大陸に、魔族と呼ばれる者達による国は今まで一度として存続したことはない。
何故ならば基本的に魔族は力があるものこそが正義という、価値観のため王政などの政治機能がお飾りになることもあるし、国としての集団を纏めきれる器が居なかったのも原因の一つになるだろう。
そして魔族の国、その一番の難題は大陸のほとんどを支配する人間達の国だ。
人間達のなかで広がる宗教の一つである、白教。それは魔族や亜人などを排斥し、人類こそ神々に選ばれた存在であると信じる集団だ。そんな存在が、隣の魔族達が呑気に国を起こそうとして準備しているのを待ってくれるはずもない。
その問題たちをクリアしなくては、魔族の国として纏めあげることなど不可能だろう。
「困難な道だぞ‥‥」
不思議なことに私は既にこの者のことを気に入り始めていた。昔の、本当に昔の頃のヒトとしての記憶に引かれているのか、それとも何か別の要因か。それでもこの者の行く末を見届けてみたいとそう考えてしまう。
「承知の上だ。その困難こそが私の望む道だ」
八つある首の全てを動かして、目の前の存在。いや、私が力を貸すものに頭を垂れて言葉を紡ぐ。
「その困難な道、私もともに歩もう。我が主君よ、あなたの邪魔をするもの全てを排除し叩き潰し、殲滅してやろう。
たがらこそ我が主よ、あなたの行く末を見せてくれ。
君の作り上げる未来を私に見せてくれ」
その日から魔王と蛇の契約と、物語が始まる。