社会「人」
春樹少年は額に汗をかきながら鉛筆を走らせていた。溜め込んだ国語の課題に追われてるのだ。提出期限は今日の17:30。今はもう17時を過ぎていた。
一人しか居ない教室には慌しい筆記音と荒れた鼻息、無愛想にリズムを刻む秒針の音が響き渡る。残り時間は少ない。すべての神経を教材に注ぎ込む。残り3ページ、2ページと進めとうとう最後のページも終え時計を見る、時刻は…18時を回っていた。気付けば高かった陽も落ち空は赤く染まっていた。ホームベースから内野へ無差別にノックを打つ田中先生の大きな声が教室まで微かに聞こえて来る。現実を飲み込み落胆する。そして落単する。一か八かこっそり職員室前の回収BOXにでも提出しようかと荷物をまとめていると誰かの足音がする。ガラッと教室の戸を開けたのは…国語担当の大森先生だった。
よりによって何故あなたなのか?あなたにバレたなら逃げも隠れも出来まい。苦し紛れに時候の挨拶を口頭でしてみるか?「あー、えーと、本日はお日柄…」「はよ出せ、俺はまだ時計を見てねぇ。」挨拶を遮るように言われた。「へ?」思わず問い返す。「今が何時か分かんねぇから俺が時計を見る前に提出して帰れ」
この人マジか。先生の左腕に着けてるその機械は何だ?教室の時計は30分以上ズレているのか?ともかく、かたじけない!「すません!あざす!」グラウンドでノックを打つ田中先生よりも大きな声で言っただろう。
外は既に真っ暗だった。大人とは不思議なものだ。期限を設定し課題を出すというマニュアルを作ったのに自らの感情でそのマニュアルの一部を許容する。彼らはロボットのように業務をこなすものかと思っていたが違った。彼らも情けを持った1人の人間だ、当たり前と言われれば当たり前ではあるが…。春樹少年の大人に対する印象が変わった日だった。春樹少年はスキップをしながら帰路に着いたのだった。