王太子は近衛を呼び出す
ゆるめの恋愛系です。
ハッピーエンド予定。
キラキラ輝く宝石を戴くティアラ。
色とりどりの、ふんわり裾が広がるドレス。
繊細なレースのイブニンググローブと、華奢なヒールの靴。
公爵家に生まれた少女は、ごく自然にそんな装いに憧れて、社交デビューの日を夢見ていた。
16歳になったクリスティアナ・テミス・エイベルは、そんな幼い頃の淡い憧れをふと思い出し嘆息する。
その顔は白くなめらかで、少し釣り目がちで大きな瞳は輝く夕陽を思わせる深い緋色。
しっとりとした艶をもつ黒髪は、背中の中程までの長さで淡く波打っている。
幼い頃に憧れた装いにも、よく映える事だろう。
なのに。
今現在クリスが纏っているのは、ピッタリとしたボディスーツの上に装飾付のビキニアーマー、タセットとマント。
腰には魔石が輝く柄のレイピア。
「何でこうなった」
再び深いため息を吐くと、気持ちを切り替えるべく頭を振る。
エイベル公爵家は、大陸を平定したグランガルド王国の建国以来の王国軍総帥を担ってきた。
エイベルの一族は、生まれた子に幼い頃から英才教育と言うには過酷な訓練を課し、全員が文武両道の優秀な武人に成長していた。
親としての愛情は勿論あったが、何より優先されたのは、公爵家としての王国に対する忠誠であった。
「ため息を吐くとは珍しいな。 疲れてるのか?」
目の前の人物が振り返って声を掛けてきた。
白銀の短髪を品良く撫で付け、正装を纏った王太子ユーセイル・ディノ・スレンジャー・グランガルド。
深い碧の瞳には、揶揄うような光が宿っている。
「いえ別に。殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」
「人目が無い時に、その心のこもって無いわざとらしい敬語やめろ」
クリスの慇懃な態度に不満を隠さない王太子を、クリスはジロリと睨んだ。
「何でセイルの護衛が私なんだ。 本日の近衛なら、ニドもいるはずだろう」
クリスの従兄の名を出すと、セイルと愛称で呼ばれて満足そうな王太子が肩をすくめて何でもないように言う。
「だってあいつ、煩いんだもん。 アマンダの方がまだ優しかったぞ」
そんな軽い理由で近衛の体制変更して、自分を護衛につけたのか。
煩いって、ヤンチャな幼少期に唯一頭が上がらなかった乳母の名を持ち出す程か。
クリスは本日一番の溜息を吐いた。
「どうせセイルが羽目を外し過ぎるんだろ。 真面目なニドに余計な負担をかけるなよ」
クリスの従兄ニドリアス・マルクス・マジェスティはエイベルの分家の侯爵家の嫡男で、ユーセイル王太子と同い年。
幼い頃から真面目で優秀、王太子の側近として仕え、何かと羽目を外すセイルを嗜めるという損な役回りをしている苦労人である。
クリスティアナと二歳違いのセイルとニドは、貴族が集まる機会には子供グループとして一緒にされ、何かと同じ時間を過ごしてきたため兄妹のような気安い間柄となっていた。
「あいつホント真面目だからなー」
「アンタが不真面目過ぎるんだよ。下らん我儘で、休日の臣下を呼び出すな」
「代わりに来月二週間の休暇出すから」
「だから勝手に体制予定を崩すな。体制組み直しする隊長が倒れる」
今日の任務は、隣国からの使者との謁見の警護。
面倒ではあるが、数百年間の和平を結んでいる相手との定期訪問式典では大きな不安要素は比較的少ない。
急な呼び出しはムカついたが、クリスとしては今日の振替分だけ休めれば充分である。
「ま、それはそれ。 式のあと、ちょっと付き合え」
「はあ…」
悪びれず飄々とした態度の王太子に毒気を抜かれたクリスは、本日何度目か分からない溜息をそっと吐き出してから、王太子を警護しつつ謁見の間へと進んで行った。
*****
謁見の間には、既に国の中心となる貴族達と警護の騎士、隣国の使者が控えていた。
「王太子殿下のおなり!」
厳かな先触れの宣言に誘われ、ユーセイルが王族席に現れる。
近衛としてクリスも背後に控えている。
「国王陛下並びに王妃殿下のおなり!」
程なく、国王夫妻も段上に現れ、謁見が始まった。
「遠路ご苦労であった。 早速だが、挨拶はさておき用件を聞こう。 定期の使者であれば、あと半年先の筈であるが、貴国にて何か異変でもあったのか」
国王陛下が使者へ促すと、切羽詰まった表情を必死に隠した様子の使者が告げる。
「国王陛下におかれましては、御配慮頂き恐悦にございます。 我が国の国王より、信書を携えて参りました」
懐から取り出した巻物を、国王から目で指示された近衛が受け取り、安全を確認して宰相へと渡す。
信書を広げ内容を確認した宰相が一瞬目を見開き使者を見たが、特に言葉は発さず国王の手に届けた。
《グランガルド王国公爵令嬢クリスティアナ・テミス・エイベル嬢を、我が国パレイスへ派遣頂きたい》
複雑な定型約定に則った信書の内容は、つまるところ、そういう主旨であった。
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