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転生ヒロインに成敗される悪役令嬢”側”の話

作者: おもちゃ箱

たまにはこんなお話も読んでみたいなと思って書きました。

 マリア・ギュスターヴは典型的な悪役令嬢であった。


 我儘で常識がなく、他のあらゆる悪役令嬢と同じで、なぜ王子から好かれているのかも分からないような女である。

 顔が美しいだけの、ピンクのリボンとフリルでアイシングした、毒のような女。


 転生ヒロイン・ティナからすれば、マリアは相当な困ったちゃんであった。


 ティナは地味で大人しく、本さえ読んでいれば、あとは名誉も王子からの寵愛もいらない。そういう人間だった。

 ただ大人しく、部屋に引きこもっていたいと願う、「落ち着いた才女」である。

 それなのにティナには、マリアからのダンスパーティへの招待状が届き続けていた。


 マリアは、ティナがダンスを踊れないことに気づいていた。

 前世にはしがないOLをしていたティナである。当然、ダンスのスキルなどない。

 マリアはティナがインドアな趣味しかないことを、「ダンスが踊れないことへの誤魔化し」だと信じていた。

 だからこそ、あえて招待状を送っていたのだ。端的に言えば、嫌がらせである。


 なぜなら、最近マリアが思いを寄せていた王子が、盛んにティナを構うようになったから。

 好きな人が自分に振り向いてくれなくなったから、マリアはティナに嫉妬したのだ。

 マリアは己を着飾ることを好む派手好きで、対してティナは、地味で大人しい女。王子はコレのどこが良いのか、とマリアは、形の良い眉をつり上げて思った。


 一方ティナはダンスパーティを歌舞伎町のクラブか何かと同一視していたし、高いお金を払ってきれいなドレスや装飾品を買う気が知れなかった。


 同じ金額を払うなら、当然、本に支払った方がいい。


 ティナはマリアからダンスパーティの招待状が来るたび、頑なにそう思った。


 人生の全ては、「他人から愛されること」ではない。

 己の満足を上手に見つけ出し、人生にほんの少しの妥協を許すこと。

 これがティナの尊ぶ、現代的な生き方である。


 つまりティナはそういう、貴族社会からしたら「新しい女」であったのだ。


 着飾る事と、お金を使うこと以外の、楽しい生き方を見つけた「新しい女」。

 ティナの価値観は、貴族からすれば新しく、侍女たちからすれば親近感のあるものだった。

 故に彼女は侍女からも好かれていたし、そうして「人から慕われている人間」は、彼女と全く関わりのない人間から見ても、魅力的に見えたのだ。


 「感じがいい子だな」という印象は、基本的に、横恋慕と同じ理屈でできている。

 誰かが「あの子良い子だよね」と言っていれば、初めから「あの子は良い子なんだ」とフィルターがかかった状態で、ティナのことを見つめることになる。


 そして、それとは真逆の印象を抱かれる人間が、マリア・ギュスターヴその人であった。


 マリアはハッキリ言って、貴族の間では鼻つまみ者であった。

 なぜなら、マリアはマリアの父が一代で築いた成金貴族で、常に我儘ばかり言う人間であったから。


 「あの子綺麗なんだけど、性格キツいよね」と言われるタイプの人間である。

 イケメン王子や爽やか貴族に入れ込んでは、彼らに近づく女どもに嫉妬ばかりしている。そういう、気性の激しい人間でもあった。


 貴族の男たちは、見目の美しいマリアに優しくすることが多かった。

 けれど女たちの間では、マリアは散々な評価を受けている。


「見て、マリア・ギュスターヴよ。一体何をしに来たのかしら」

「ここは成金の娘が来るところじゃないのに」

「また男に泣かされたらしいわよ」

「あの子ハンカチなんか持ってるのかしら」

「どうせ下着の中に入ってるのよ。きっとね」


 そんな怖気の走るような女たちの世界に、マリアはハイヒールと美しいドレスで切り込んでいく。

 白鳥の羽のような睫毛を光らせ、冷たい美貌で女たちの目をフッと見つめて押し通る。


 ギョッとするようなマリアの美貌は、棘だらけであった。

 悪意を悪意で黙らせ、甲高いハイヒールの音で女たちを跳ねのけている。

 だからマリアには、どこへ行っても敵がいた。


「レイノルズ王子は、お前のような地味な女じゃなく、アタシのことが好きなのよ! そうよ。そうだわ。そうに違いないんだから! ポッと出の田舎娘が、アタシの顔に泥を塗るの!」

「え、あ……もうその辺は別に好きにしてください。私も王子から好かれると困るっていうか。ああ……早く図書館に行って本が読みたいわ……」

「何よその態度。彼に愛されておきながら、そんなものは本と同程度の価値だって言いたいの」

「いやこの時代って、本ってかなり高価なもののはずでは……? まあマリアさんって、本より洋服の方が好きそうだからなあ……」


 ティナは、マリアのことをただの困ったちゃんだと思っていた。

 飄々としたティナの態度に、マリアがまたキンキン声で怒鳴る。


 ──このエネルギーを、もっと別の方向に使えないのかしら……。


 ティナはマリアを、典型的な悪女成敗モノの「困ったちゃん系非常識令嬢」だと思っていたから。

 努めて冷静に、OLの現代的な、メタ的な感想を挟みつつ、軽くあしらっていた。


 悪女マリアの物語は、実際、ここで終わった。

 この後、マリアの恋するレイノルズ王子が割って入って来て、マリアが為したティナへの数々の嫌がらせを責め立てる。

 裁判所もびっくりな大岡裁きで、マリアの罪と、それからマリアの御父上が行っていたらしい横領事件を解明していった。まさに嵐のような出来事である。


 マリアはキンキン声を上げながら衛兵に連れていかれ、御父上は投獄。

 物語に悪役がいなくなったところで、レイノルズ王子はティナへ「君には、これから僕を好きになってもらう。そうなるよう、僕も精一杯努力するつもりだから」と言い、手の甲にキスをした。ティナは突然カッと顔を赤くして、特に意識もしていなかったはずの王子へ恥じらいを見せ始める。

 万事解決のハッピーエンドというわけである。



 それからティナは王子の求愛から逃げたり、逃げ切れなかったりする日々の中で、とある風変わりな本と出会った。


「ママは社交界へ行くドレスを着て、アタシにスプーンで豚のミルクを差し出した──」


 そんな書き出しから始まる物語は、ティナにゾクゾクとした昂揚を抱かせた。

 物語とは、つまりはフィクションだから、「面白い」と思うことができるのである。

 だから、そんな人生があることを「現実」だとは思わなかったティナは、「誰が書いた小説なのかしら」と胸をワクワクさせながら、作者の名前を探す。


 作者の名前なんて、あるはずがないのに。


 人が名前を書くのは、「自分と他人の持ち物が区別できなくなる」からだ。

 例えば日記のような、引き出しの中から持ち出したりしないようなものに、自分の名前なんて書くはずがないのだ。


 これは、マリア・ギュスターヴの日記である。

 彼女が「悪役令嬢」に至った、その断片の日々の記録だ。


 人は理由もなく、「甘やかされたから」だけで、人に攻撃性を抱く生き物にはならない。

 甘やかされて育ったのなら、むしろ散々自分の思うとおりに生きられたゆえの「満足」がある。

 満足を知る人間は、わざわざ人を攻撃したりはしない。攻撃する必要が無いからだ。


 ティナはこの「小説」を読むにつれて、次第にこの作者が誰であるのか、嫌でも気づくことになる。

 マリアの求めた純然たる「愛」を、ティナは初めて意識することになるのだった。






 ママは社交界へ行くドレスを着て、アタシにスプーンで豚のミルクを差し出した。

 それが、アタシが覚えているママの、最初で最後の記憶。


 ママはその後、知らない男と川に行って、二度と息を吸わなくなった。

 腐った芋とカラスの首が浮いた、最悪な川の中で。


 アタシはこうはならない、と誓った。

 けど、豚のミルクを飲んで育ったから、鏡の中のアタシはいつも醜いような気がする。


 鏡に映った前歯が豚の歯に見えた。

 だからアタシは、今後一生、口を閉じて笑うことになるのだろう──




「マリア。お前はまたこの俺の邪魔をしたな」

「邪魔なんて、そんなつもりは──!」

「うるさい、子どもが親に口答えをするな。お前は俺の邪魔をしたんだ。そうなのだ。これは間違いないことだ。お前は、この俺が間違っていると思うのか?」

「いいえ──いいえ、お父様! そんなことは言っておりません! ですが、」

「それが口答えだと言うのだ! お前はいつもそうだ! 母親と同じ目で俺を見る。一人で貴族まで上り詰めてやったこの俺をコケにして笑ってるんだ! そうだろう!? そうだ! そうでないはずがない!」

「やめてください、やめてお父様!」


 マリアの父は、マリアの母がいなくなって以来、一度も人の話を聞くことがなくなった。

 曰く、すべてが敵に見えてくるらしい。

 己の妻が、どこぞともしれぬ男と心中をしたから。マリアの父は世間の風評と、愛するものを失った悲しみで、心を病んでしまっていた。


「そうなのだ。そうでないはずがない。間違いないのだ。俺が正しいのだ!」


 マリアの父は、硬く細いベルトでマリアの手の甲を鞭打った。

 これがマリアの日常だった。

 甲高いベルトのしなる音と、頭痛がするようにうるさい柱時計の音。狂ったような父親の目と、何度も繰り返される同じ言葉。


「そうだ。そうなのだ。そうでないはずがない!」


 これはいつしか、マリアの口癖にもなった。

 マリアの好きな人に別の女の影が見えた時、マリアはいつもこう言った。


「彼はアタシのことが好きなんだから。そうよ。そうだわ。そうでないはずないんだから!」


 これを言えば、マリアは不思議と自信を持つことができた。

 己の理屈は間違っていない。どんなに無茶苦茶なことを言っていても、それを己が正しいことだと信じる限り、正しくあり続けるのである。


 マリアは、父親がマリアを鞭打つとき、どうしてこの言葉を繰り返していたのか、その気持ちが分かったような気がした。

 娘に暴力を振るうなんて、本当は間違っている。きっと父親はそれを知っていたのだ。

 でも、理屈で感情が抑えられるわけじゃない。それができたら、こんなふうになっていない。


 だからこそ、彼は自分を肯定することにした。

 間違った自分に、誰も「間違ってないよ」なんて言ってくれないから。差し当たっては、自分で言うことにしたのである。


 何にも思い通りに事が進まない。

 マリアが好きになった男は、全員マリア以外の、穏やかで優しい女に恋をして離れていった。

 マリアは、誰かに選ばれたくて。豚のミルクとベルト以外の愛がほしくて、着飾って必死になって、人を蹴落として生きたのに。けれども、人を蹴落とすから、ちゃんと何一つ思い通りにならなかった。



 どうしようもない人間がいるの。世の中には──


 日記は、こうした言葉で締めくくられている。


 けれどそれを、人はフィクションだと思うみたい。

 そうしてアタシを軽んじてばかりいる。

 そうよ。そうだわ。そうでないはずがない。アタシ知ってるんだから。


 ちゃんと、知ってるんだから。





最悪ですね……

気が済んだら削除しておきます

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