愛の逃避行なんて言ってみたい
「このまま一緒に逃げちゃおうか。」
「じゃあ、このプリント終わってからな。」
「ふざけてるって思ってる?」
「ふざけているとは思っていないよ。戯言言ってるなぁ、と思っているだけ。」
「こっちは真面目だ。」
「俺も真面目に書きたいんだが。」
「俺見てる方が楽しいでしょ?」
「すごい自信だな。」
「自信だけはある。」
「じゃあ、その自信に免じてお前んこと見ててやるから笑わせろよ。」
「そんなこともあろうかと!ジャーン!」
村木が効果音を発しながら出したものは、数IIのノートだった。
「どう見ても、さっきまで俺のノート見て写していたノートじゃんか。」
「その節はどうもー。じゃなくて、なんで俺が黒板を書き写さなかったかって事だよ。」
「確かに。寝てはいなかったはずなのに、授業なんも聞いてなかったって泣きついてきたもんな。」
「泣いてないやい。」
「いつも寝ててノート取ってない奴が何を言うか、もう見せないぞ。」
「うわーん、それは後生だよ、モリえもん。」
「誰が、どら焼き大好きだよ、守本だって。」
「いや、知ってるけど?」
「これ以上、こんな茶番に付き合わせるなら、俺はまだやることが、」
「あ、まだノートの話してない。まだもちっと待てって。」
「ノートの話?」
「俺が、寝ていたわけでもないのに黒板を見ていなかった理由だよ。」
「はぁ。」
「そ、れ、は、一度は言ってみたいカッコいい台詞を考えて、、、って席を立つな、机の上片付け始めるな、
その顔やめろよ!」
俺がどんな顔をしていたかと言うと村木曰く、レジで並んでいる前のカップルがイチャイチャが始まり、見なければ進み具合が分からないから見るしかない時の、やるせなさとどこにぶつけていいのか分からない怒りの入り混じった顔だと言っていた。
「それがさっきの言葉?」
「うん、そう。カッコ良かったでしょ?」
「君を守るよ、とか、君のために戦う、って言わないところが村木だなって思う。」
「痛いのヤダ。」
「そういう自分に正直なところ。」
が、羨ましくもあり、ちょっぴり尊敬してるところでもある。本人には絶対言わないけど。
「守るのも、戦うのも、誰かを攻撃するって事じゃん?でも、逃げちゃえば誰も傷つかないし。俺、足早いし!」
「逃げた後は?」
「気の済むまで遊んで、疲れたら帰って寝れば良いんじゃない?」
「それはただのデートだ。」
「キャ、デートだなんて。」
「なんでそこで照れるんだよ。」
「じゃあ、守本はしたことあんのかよ、デート。」
「無いけど。」
「だよな、知ってた。」
「俺は面白いもん見せろって言ってんだ。怒らせてどうするよ?」
「えー、じゃあさ。」
村木は椅子から立ち上がって、俺の前に跪く。教室に他に誰か残っていたら恥ずかし過ぎて、このまま蹴り飛ばすところだった。
「これから俺と愛の逃避行なんてどう?」
真っ直ぐに目を見つめられて、いたたまれずに目を逸らした。
「生徒会の仕事とか、クラスの係の仕事とかさー、ぜーんぶ引き受けちゃう守本もすごいと思うけれど、今日は逃げちゃおうぜ。」
そう言った村木はポケットから少しよれているファストフードのクーポン券を出して日付を確認している。あの顔はどうやらまだ使えるようだ。
しょうがない、今日だけは一緒に逃げてやるよ。
明日、一緒に叱られてくれ。