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初めての街歩き


「さあ、どうぞ」


 王都の街の外れで馬車を降りると、ザガリーが腕を差し出した。カロラインは躊躇いがちにその腕に手を預ける。ザガリーはそんなカロラインを見て、優しく微笑んだ。


「こうしたことは慣れていない?」

「ええ。男性と出かけるなんて滅多にないから」

「滅多に、ということは少しはあるんだ」


 引っかかる言い方をされて、カロラインは小さく笑った。


「わたしが一緒に出掛ける男性はいつもエイブリー兄さまよ。子爵家には余裕がないけれども時々気晴らしにと言ってこっそり連れ出してくれるの」

「ああ、なるほど」


 ザガリーは安心したように息を吐いた。そしてカロラインを連れて街の中心に向かって歩く。カロラインの歩く速度に合わせてくれているので、道の両脇にある店を覗いでいった。


 長年、悩まされていたことの大半が解決のめどが立ったことで、カロラインは軽やかな気持ちで街歩きを楽しんだ。滅多に街に来ないこともあり、知らないものを見つけるとザガリーや店の人に聞いた。普段しないことばかりで気持ちがふわふわする。自然と笑みが浮かぶ。


「もし何か欲しいものがあれば言ってほしい」

「見ているだけで十分よ」

「君は……」


 ザガリーが何かを告げようとしたときに、ザガリーを呼ぶ声が響いた。


「ねえ、ザガリーじゃない!」


 二人は足を止めると、声の持ち主に視線を向ける。そこにははつらつとした様子の女性がこちらに向かって足早に近づいてきていた。目を引くような美人ではないが、生き生きとしたとても明るい女性だ。十八歳のカロラインと変わらない年齢に思えた。


「エリー」


 エリーと呼ばれた女性はそのままザガリーに抱きつこうとする。だが、ザガリーはエリーをさっと避けた。

 飛びつく予定のザガリーによけられて、エリーがたたらを踏む。避けられると思っていなかったエリーは驚いたようにザガリーを見た。


「どうして避けるのよ」

「彼女に勘違いされても困るからだ」


 淡々とした表情で告げれば、エリーは目を丸くしてザガリーの腕に手を置いているカロラインを見た。カロラインは目が合うと、困ったように首を傾げた。


「え? 彼女、何?」

「婚約者だ。近いうちに結婚する」

「結婚」


 驚いたように呟いてから、エリーはザガリーに食って掛かった。


「ザガリー、どういうことよ! わたしがいるのに結婚って……!」

「お前と俺の関係は友人の妹という繋がりしかないだろうが」


 呆れたようにきっぱりと言い切るザガリーにカロラインは知らない人を見るようだった。ザガリーは出会ってから常に紳士で、とても気配り上手だ。その彼が素っ気ないを通り越して、エリーに対して冷淡な態度を取る。


 過去に何かがあったのではないかと、カロラインにはどうにもならない不安が胸の中に広がった。気が付かないうちに、カロラインはザガリーの腕を強く握りしめていた。


「ああ、すまない。彼女は俺の友人の妹だ。何を勘違いしているのか、ずっと俺が彼女を好きだと思い込んでいる」

「思い込みじゃないもの! ザガリーはいつだって優しかったじゃない」

「恋人として扱ったことは一度もない。長い時間、会話したこともなければ、二人になったこともない。ましてや好きと告げたこともないはずだ」


 はっきりと言われて、エリーがたじろいだ。彼女の様子からザガリーの言っていることは本当なのだろう。カロラインは二人の関係を見極めようと目を逸らさなかった。


「それは、お兄ちゃんが煩いからであって」

「違うな。一度もお前を女として見たことはないし、恋人にしたいと思わなかったからだ。流していたのは、はっきり言うなとお前の兄に頼まれていたからだ」

「そんな、ひどい」


 エリーはふるふると体を震わせた。瞳にジワリと涙が溢れてくる。カロラインは彼女の様子を見て慌ててしまった。


「ザガリー、言い方」

「いいんだ。はっきり言わないといつまでも勘違いするし、それで君を傷つけてしまうのは不本意だ」

「でも」


 ザガリーはため息をついた。そして厳しい目をエリーに向ける。


「そうやって泣けば周囲が動くと思っているところも嫌いなんだ」

「ひどい……」


 本格的に泣きだしそうになったので、カロラインはどうしていいかわからない。カロラインの周囲にはこうしてすぐに泣きだす女性がいないため、おろおろした。ところが、彼女の涙に慣れているのか、ザガリーは少しも動じることなく時計に視線を落とした。


「そろそろ予約の時間だ。さあ、行こう」

「え、でも」

「ザガリー、わたしも一緒に」


 ぎょっとすることに、エリーが一緒にと言い出した。ザガリーは冷たい目で彼女を見た。


「改めて紹介しよう。彼女は俺の婚約者だ。お前は俺の友人の妹であって、俺とは何も関係ない。これから先、恋人関係にあったとか、結婚の約束をしていたとか、ありもしない妄言で勘違いさせるようなことを言うのは許さない」

「妄言だなんて」

「では、勘違いしないようにはっきりという。俺は君のことが嫌いだ」


 ようやくザガリーが本気で言っていると気が付いたのか、エリーは茫然と立ち尽くした。


「エリー、ザガリー!」


 気まずい雰囲気の中、一人の男性が血相を変えて近づいてくる。彼は息を切らしていた。そして、厳しい顔をしたザガリーと困惑しているカロライン、目に涙を浮かべたエリーを見て状況を察したらしい。さっと顔色を変えて、頭を下げた。


「ザガリー、エリーが悪い!」

「悪いと思っているなら、勘違いをちゃんと正せ」

「いや、ほら、エリーにとってザガリーは初恋だし、そのうち熱も冷めるかと思っていたから……」


 言い訳にもならないことをもごもごと言う。ザガリーは気持ちを落ち着かせるために、大きく息を吐いた。


「お前とはもう付き合えない。もう声をかけてこないでほしい」

「ええ?! こんなことで友達の縁を切るとかひどいじゃないか!」


 ザガリーは考えを変えるつもりはないらしく、カロラインの腰に腕を回すと予約している店に向かって歩き出した。後から、ザガリーを呼び止める声がしたが、彼は振り返らなかった。


「よかったの?」


 十分に二人から離れたころ、カロラインは小さな声で尋ねた。彼の表情が見たくて下からそっと伺えば、ひどく苦々しい。


「あいつは自分の利益しか考えない。周囲からも関係を見直せと言われつづけていたんだ。今日のことはきっかけでしかない」


 その程度の友人なのだと、カロラインは理解した。彼にとってザガリーはとても利益をもたらす人間だったのだろう。そしてあわよくば、妹と何かしらの関係になってもらえればという下心もあったのだ。


「貴族も面倒くさいお付き合いが沢山あるけれども、平民も色々あるのね」

「特に俺は商会長だから。色々な人間がすり寄ってくる」


 ザガリーはひどく冷淡な声で応じた。


「わたしもその一人だけど、いいの?」

「俺は君の爵位狙いだ。お互い様だ。どちらかというと、金で君を買ったと悪く言われる方だな」

「そうかしら? わたしの方がお金目的で平民に言うことを聞かせたとか言われると思うけど」

「それはない。俺を見て、君が無理難題押し付けたと思う人間の方が少ないはずだ」


 何とも色気のない会話を続けていたが、ザガリーが肩を落としてため息をついた。


「本当はこうして一緒に出掛けてもっと俺のことを知ってもらいたかったんだ。一番悪いところを見られてしまった」

「いいところばかりでなくてよかったわ」


 くすりと笑えば、ザガリーも力なく笑う。


「俺は本当に君を幸せにしたいと思っているんだ。すぐに愛が育つとは思わない。だけど、前向きに捉えて欲しい」

「わかっているわ。折角結婚するのですもの。わたしもできれば愛し合えて信頼できる家族になりたいわ」


 そう返せば、ザガリーがようやく元の穏やかな顔になった。



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