幸せ
お披露目を無事乗り越えた後、カロラインは子爵として全力で領地の立て直しを図った。ザガリーをはじめ、周囲の人の手を借りて少しずつ状態を正常なものにしていく。
一度壊れてしまった領地を立て直すのはとても大変だった。領民との信頼関係も浅く、他の貴族たちも様子を見るように距離を持ったまま。
それでもカロラインはザガリーに支えてもらいながら、エイブリーに相談しながら、少しずつ当主として、領主として進めていった。
忙しい毎日を過ごしながら、時々ギャラリーに行ってガートルードの肖像画を眺める。
「せめてお母さまが生きていた頃と同じぐらいに。そしていずれはもっと暮らしやすい場所に」
そんな目標を聞いてもらうように呟く。
「カロライン様は着実に前へ進んでおりますよ」
「そうだといいのだけど」
自信がないように聞こえたのか、家令がカロラインの仕事をやんわりと肯定する。
「そろそろ隣にご一家の肖像画をお飾りしましょう」
「家族の?」
「そうでございます」
自分たちの肖像画など考えていなかったので、驚いて家令を見た。家令はにこにこして頷く。カロラインはうーんと唸りながら、もう一度ガートルードの肖像画を見た。この肖像画はカロラインが生まれる前、ガートルードが子爵家当主になった時に描かれたものだ。カロラインが当主になった時にも同じような話があったが、まだ領地は傾いたままだからと断っていた。
「おかーさまー」
廊下の向こうの方から、五歳になる長男の声が聞こえてくる。カロラインは肖像画からそちらに顔を向ければ、小さな体がカロラインにぶつかるようにして抱き着いてきた。
「廊下は走ってはいけないわ」
「今日だけ特別! すごい知らせがあるんだよ!」
長男はキラキラした目でカロラインを見上げた。ザガリーによく似た顔立ちをした長男は好奇心の塊で、目を離した隙にフラフラしてしまう。きっと今日も、彼の言う「冒険」で何かを見つけたのだろう。
「よほど嬉しいことなのね」
「あのね、お父さまが帰ってきた!」
「ザガリーが?」
思わぬ言葉に、家令を見た。家令も知らなかったのか、首を左右に振る。ザガリーは少し遠い国まで買い付けの商談に行っていて、二ヶ月ほど、留守にしている。帰国の予定日は十日以上先だ。
「まあ、大変。お出迎えしないと」
カロラインは急いで長男を連れて玄関ホールへと向かった。
「お母さま、早く!」
いつもよりも速足であったが、長男はさらに急がせる。カロラインは引っ張られるままに駆け出した。
「カロライン」
玄関ホールにつけば、使用人たちに荷物を預けるザガリーがいた。彼の足元にはいつの間にか次男がいて、抱っこしてほしいとへばりついている。
カロラインは大きく息を吸うと、呼吸を整える。ほつれた髪を耳の後ろに掛けた。
「おかえりなさい。予定よりも随分と早いのね。今回も無理して帰ってきたのでしょう?」
「無理じゃない。仕事が終わったから、さっさと家に帰ってきただけだ」
彼は次男を抱き上げると、カロラインの前まで移動した。そして、身をかがめ彼女の頬にキスをする。触れるだけのキスであったが、久しぶりの夫のキスである。嬉しくないわけがない。思わず頬を染めて、笑みを浮かべた。
「お母さまズルい! 僕にもキス!」
長男がカロラインから離れ、ザガリーに強請った。
「なんだ、勇敢な冒険者になったんじゃなかったのか?」
揶揄うように言われて、長男はにかっと笑った。
「勇敢な冒険者には応援のキスがいるんだよ! 絵本のお姫さまが言っていた!」
「……一体どんな絵本を読んでいるの」
誰が与えたのかと、じろりと睨めばザガリーは声をあげて笑った。次男を抱えたまま、長男も抱き上げる。そして、それぞれの頬にただいまとキスをした。
まったく、と呆れながらも自然と頬が緩む。カロラインは幸せを感じながら、背伸びをすると夫の頬にキスをした。
「ザガリー、おかえりなさい」
「うん、ただいま」
Fin.
最後までお付き合い、ありがとうございます。
途中、投稿が途絶えてしまいましたが何とか完結になりました。
沢山の苦手をチャレンジとして入れ過ぎて、久しぶりに逃亡したい気分でした(笑)
最後に誤字脱字報告、ありがとうございました。これ、毎回書いているのですけど、本当に何度読み直しても見落としがなくならなくて。とても助かっております。今回はあらすじにまでミスがあり……。ご指摘してくださった方、ありがとうとざいました。
皆様の優しさに感謝を(*´ω`*)