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引き合わされた相手


 もう駄目だと観念していたところに聞きなれた声。


 驚いて顔を上げれば、従兄のブロンテ侯爵家の嫡男エイブリーがいた。彼の父親とカロラインの母であるガートルードは兄妹で、母親以外で心からカロラインを心配してくれる親族だ。


「エイブリー兄さま」

「保護者の登場だね。ここまでなのは残念だ。でも、思いつめた行動に出る前に声をかけてくれ。君の力になりたいのは本当だから」


 ロング伯爵は先ほどとは違って、あっさりとカロラインを解放した。自由になったカロラインは慌ててエイブリーの後ろに隠れる。エイブリーは後ろに張り付くように立ったカロラインをさっと確認してから、視線を前に戻した。


「ロング伯爵、あまり従妹を虐めてもらっては困ります。貴方の奥方に嫌がらせを受けたらどうしてくれるんですか」

「虐めているつもりはないし、大切にしたいと思う気持ちしかないよ。それにうちの妻はそこまで私に興味がないので心配不要だ」

「奥方のことは別としても、放っておいてくれるのが一番です。遊び人の伯爵に口説かれているなんて噂されたら、カロラインの評判も下がってしまう」

「遊び人と言われると否定できないな。だけど、私ならいくらでも後ろ盾になってあげられる。それだけは覚えていてほしいね」


 先ほどまでの言葉遊びとは違う、どこか真剣な色味を帯びた言葉にカロラインは息を飲んだ。エイブリーもロング伯爵の気持ちを察したのか、表情を硬くした。


「カロラインを日陰者にするつもりはありません」

「言いたいことは分かるよ。できるなら幸せな結婚が一番だろう。だけど現状難しいのではないかな?」


 痛いところを指摘され、カロラインは手を握りしめ、喚きたくなる感情を押し殺した。

 彼女に婚約を申し込んでくる相手などいない。借金は日に日に増えているので、いずれどうにも身動きが取れなくなることだろう。分かっているけれども、お金をもらうために自分を捧げるのは嫌だと心が強く反発した。


「うーん、少し嫌われたようだ。今日は退散しよう。では、また後日」


 おどけたような挨拶をすると、ロング伯爵は夜会会場へと入っていった。彼が十分に離れたころ、カロラインはきつく握りしめた手の力を抜いた。


「カロライン、ロング伯爵に捕まるなんて気を抜きすぎだ」

「ごめんなさい。もう帰ろうと思っていた時に会場に入ってきて捕まってしまったの」

「次からはもう少し人がいる時に移動しなさい」

「気を付けるわ」


 エイブリーはため息をつくと、落ち込む彼女の肩を優しく撫でた。


「エイブリー」


 心地よい沈黙の中にいると、急かすようにエイブリーの名前が呼ばれた。エイブリーが顔をあげる。


「ああ、分かっている。カロライン、早速で悪いんだが、紹介したい男がいる」


 エイブリーはカロラインの注意を促した。自然とカロラインもそちらを見る。そこにはエイブリーよりもほんの少しだけ背の高い男性がいた。


 精悍な顔立ちと、意志の強そうな眼差し。

 この国ではめったに見ない少しだけ癖のある黒い髪と空を切り取ったような青い目をしている。


 カロラインは初めて見る男性に首を傾げた。夜会に参加する貴族は最低限知っているつもりだったが、思い当たる人がいない。どこかの貴族の縁者だろうかと、考えているとエイブリーが答えをくれた。


「ザガリー・リントンだ。リントン商会と言えば分かるかな?」

「リントン商会」


 その商会を知っていた。今とても勢いのある商会で、参加した数少ない茶会でもよく話題になるほど人気がある。だからカロラインもその名前を頭の隅に記憶していた。


「ザガリー、彼女が僕の従妹だ」

「初めまして」

「カロライン・クレイです」


 カロラインは膝を折り、挨拶を返した。二人の関係性が分からず、内心首を傾げた。

 エイブリーはブロンテ侯爵家の跡取りで、ザガリーは商会長であるが平民であるはずだ。だが、エイブリーはザガリーと対等に接している。この国は身分制度が緩くなり始めているとはいえ、まだまだ貴族の力は強い。二人の関係はとても不思議に思えた。

 そんな彼女の気持ちが分かったのか、エイブリーが彼とのことを説明する。


「ザガリーとは仕事で知り合ったんだ。そこから親しく付き合っている。彼ならカロラインを任せられる」


 素直に解釈すれば、婚姻相手にどうかということだろう。だけど、もしかしたら愛人になってほしいだけかもしれない。ザガリーについての情報は商会長であることしか知らないから、判断しかねた。


 曖昧な笑みを浮かべると、エイブリーは言葉に詰まった。どう説明しようかと悩んでいるようだ。そんな彼にザガリーが助け舟を出す。


「……少し二人で話してもいいだろうか」

「もちろん。ただし、見える場所で。カロラインもそれでいい?」


 頷けば、ザガリーは手を差し出した。戸惑いながらも、彼の大きな手に自分のを預ける。ザガリーは会場が見渡せるバルコニーへとカロラインを誘った。


 カロラインはそっと隣に立つ彼を盗み見れば、すぐに意志の強い眼差しと視線が合う。一度絡まった眼差しは逸らすことができず、ただただ彼を見つめた。バルコニーまでの短い距離を不思議な気持ちで歩いた。


「俺は貴族令嬢と婚姻したい」


 遠回りの言葉は何もない。今まで愛人の誘いもあったが、このような直接的な言い方はなかった。そのせいなのか、結婚をしてくれる令嬢なら誰でもいいと言われているにもかかわらず、嫌な気持ちは出てこない。


「ご存知かもしれませんが、我が家は莫大な借金があります。わたしはその借金を肩代わりしてくださる方を探しております」

「聞いている」


 あっさりと頷かれて、ほっとする。隠していても仕方がないことなのだが、後で聞いていないと言われても困るのだ。


「金額も?」

「もちろんだ。婚姻を承諾してくれるなら、借金はこちらですべて清算しよう」

「貴族と婚姻したい理由を聞いてもいいかしら?」

「事業拡大するためには貴族という肩書がいる」


 事業拡大、と聞いて残念な気持ちがこみあげてきた。借金を清算してくれる相手はなかなかいない。だが、事業拡大を目的にするのなら子爵家ではとてもじゃないが彼の力にはなれない。


「それが目的なら、わたしではなくもっと条件のいい令嬢が沢山いると思います」

「貴族令嬢と婚姻しても平民のままでは駄目なんだ」


 彼の言いたいことがよくつかみ取れず、首を傾げた。ザガリーは声を落とした。


「爵位を持つ令嬢との結婚に意味がある」

「ああ、なるほど」


 身分社会が緩やかに崩れ始めている今の社会において、貴族と平民の結婚が表面的に受け入れられ始めている。だけど、それは男性ならば家督の継ぐことのない次男以降、女性でも三女四女だ。


 爵位継承権を持つ令嬢という条件となると、平民との結婚はまずありえない。まだまだ貴族の血は尊いものだという意識は残っているし、爵位の大半には領地が紐づけられているため簡単ではない。


 お金の苦しい貴族には魅力的に見えないカロラインとの結婚であっても、ザガリーのようにお金のある平民からしたら十分魅力的だ。配偶者ではあるが、貴族の仲間入りできるのだから。父親が平民であっても、二人の間にできた子供は爵位継承者にもなる。


 自分の確かな価値を知って、カロラインは肩から力を抜いた。


「それであれば、お役に立てると思います」

「承諾してくれるのか?」

「はい。ただ……」

「なんだろうか? 貴女の希望はなるべく叶えたい」


 カロラインは少し口ごもった後、顔をしっかりと上げた。


「父と後妻を領地に封じたいと思っています。最低限の生活の保障はするつもりですが、あまり甘やかさないでほしいのです」

「他には?」

「あとは……領地経営が軌道に乗るまで手を貸してもらいたいの」


 真面目な表情で訴えれば、ザガリーが表情を緩めてほほ笑んだ。


「貴女自身については何もないのか?」

「わたしのですか?」

「そうだ。例えば結婚式を盛大にしたいとか、年に一度、国外を旅行したいとか」


 カロラインは想像していなかったことを告げられて、目を丸くした。


「え、結婚式?」

「そう。女性にとっては大切なものだと思うが」

「そうかもしれませんが、貴方に差し障りがないなら簡単に済ませるつもりです」


 意外な申し出のようで、ザガリーは眉を少し上げた。カロラインは苦笑する。


「呼ぶような友人たちもいませんから……」


 ザガリーは彼女の言葉に頷いた。こうして二人は結婚することになった。


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