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ザガリーの不在


 普段ならザガリーが屋敷に戻ってくる時間。

 出迎えにと思って玄関フロアに行くと、そこにいたのは副商会長のゴードリーだった。ゴードリーはカロラインと目を合わせ、申し訳なさそうに頭を下げた。


「出掛けた? こんな遅い時間に?」

「はい。説明はこちらに」


 ゴードリーはザガリーから預かったという手紙をカロラインに差し出す。カロラインは困惑気味に手紙を受け取った。侍女が急いで持ってきたペーパーナイフで封を切り、中にさっと目を通す。


「……明日では駄目だったの?」

「申し訳ございません。私が調査に時間がかかってしまい、こちらに寄る時間が無くなってしまったのです」

「調査をするようなことは特に見当たらないのだけど」

「ザガリー宛の手紙を持ってきたのがマークでしたので、調べる必要があったのです」


 マークという名前を聞いてもぴんとこない。カロラインはわずかに眉を寄せた。ゴードリーは話を飛ばし過ぎたという顔をしてすぐに説明を加えた。


「エリーの兄です、マークは」


 エリーとのあれこれと、さらには一番最初にエリーと会った時に出てきた兄を思い出す。ザガリーが今後一切付き合いをしないと宣言までした相手だ。そのマークがケンプ商会からの封書を持ってきた。

 確かに受け取ったゴードリーが何か裏があるのではないかと不審に思っても不思議はない。


「どうやらザガリーと面識があることで雇われたようです。内容が内容だけに、警戒されない相手をメッセンジャーに選んだと思われます」

「警戒しかないのだけど。ねえ、ザガリーは本当に大丈夫なの?」

「奥様の不安はもっともです。ザガリーにもすぐに受けるのは、と言ったのですが、なんせ相手がお探しのものを持っているかもしれないという内容でした」


 それはザガリーの手紙にも書いてあった。

 ケンプ商会の代表が首飾りを探していることを知ったのはつい最近で、今は王都ではなくて馬車で一日ほどかかる街にいるそうだ。相手も商談中のため、街から動けないらしい。そのため首飾りを確認するためにザガリーはすぐに出発するしかなかった。


「私がすぐに手紙を渡していたら……」

「でも、今までも怪しい申し出は調査してから渡していたのでしょう?」


 ザガリーは買い付けや交渉を自分でしたいため、煩雑な処理はすべてゴードリーが請け負っていた。ザガリーの商会は王都でも大きく、さらにカロラインとの結婚で名が売れ始めている。結婚前もそれなりに多かった商談の申し込みは倍以上に増えていた。


「確認したらすぐに戻ってくると言っていたので、三日ほど留守になると思います」

「そう。わかったわ。わざわざありがとう」


 カロラインは嘆息すると、ゴードリーをねぎらった。



 いつものように執務机の前に座り、書類を広げる。領地から上がってくる報告書を確認しながら、気が付けばぼんやりしていた。


 書類を読んで必要な手配をしなくてはいけないのに、カロラインの気持ちは二日前に出かけていったザガリーへと向いてしまう。結婚してからこれほど長い時間、離れていたのは初めてだ。


 一人で寝ていたのが当たり前だったのに、結婚して二人で眠るようになった。彼は仕事でどんなに遅くなっても、必ず家に帰ってくる。そして、遅くなった夜、眠くてうとうとしているカロラインに先に休んでもいいのにと困ったように言うのだ。その何でもない会話がとてもくすぐったくて、カロラインはどんなに遅くなっても彼を待つようになった。


 急いで移動しても馬車では片道一日はかかる街だ。王都からさほど遠い場所ではないが、それでも長い時間離れている感覚になる。


「……カロライン様!」

「え、ええ! はい!」


 大きな声で名前を呼ばれて、慌てて立ち上がった。何も考えずに立ち上がったものだから、足を机の脚にぶつけてしまう。あまりの痛さに再び椅子に腰を下ろし、ぶつけた足をさすった。


「痛い」

「痛いではありません。何度もお呼びしましたよ」


 執事長は呆れたようなため息を漏らす。


「そうだった? ごめんなさい、聞こえていなかったわ」

「わかっております。ザガリー様が留守で気持ちが落ち着かないのでしょう。微笑んでみたり、しかめっ面したりと見ているだけでどれほどザガリー様を思っているのかわかります」


 優しい顔で言われて、途端に恥ずかしくなる。カロラインは真っ赤になった顔を隠すように両手で覆った。


「用事が済めばすぐに帰ってきますよ」

「わかっているのよ。だけど、なんというのか、あるものがなくなってしまって少し寂しいというのか。ずっと一緒にいるのが当たり前だったのにいないなんて……違う、そうじゃなくて。毎日見ていた顔を見ていないから、調子がちょっとだけ狂っているだけなのよ」


 狼狽えたのが悪かったのか、ますます恥ずかしいことを口走ってしまう。このままではもっと恥ずかしいことを言ってしまいそう、と内心慌てた。


「おーお。これほどまでカロラインがザガリーを想うようになるとは」

「え?! エイブリー兄さま?!」


 執事長とは別の声がして勢いよく顔をあげれば、にやにやと笑うエイブリーが扉に寄りかかるようにして立っていた。ニヤついているところを見れば、いつから彼がそこにいたのかわかってしまう。

 非難するように執事長を睨めば、彼は申し訳なさそうな顔をする。


「エイブリー様がおいでになったと、お伝えしようと声をかけたのです」

「あ……ああ、うん。わたしが呆けていたのがいけなかったのね」


 執事長を責めるわけにもいかず、気持ちを落ち着けるように何度か大きく呼吸をした。姿勢を正し、余所行きの顔を作ると、エイブリーに目を向けた。


「お待たせしました」

「お前の惚気話にもう少し付き合ってもいいんだよ?」


 揶揄うように告げられて、カロラインは唇を尖らせた。


「もう! エイブリー兄さまは揶揄いに来たの!?」

「違うよ。でもこんな風に誰かを想うカロラインを見るのが新鮮で」

「それで、何か用があってきたのでしょう?」


 強引に話題を逸らすと、エイブリーは呆れたような顔をした。その呆れ顔に、何かあったかなと怪しい記憶を探る。ザガリーが留守にしてから、気持ちがふわふわしていて何かしら抜け落ちている。


「お披露目の打ち合わせ、今日の午後に予定が変わっただろう?」

「あ!」


 予定変更のことをすっかり忘れていた。カロラインは自分の記憶力の悪さに項垂れた。


「ごめんなさい。忘れていました……」

「そうだろうと思った。先触れすらないから、迎えに来たんだよ」


 カロラインは気持ちを切り替えて、机の上に広げた書類を一つにまとめた。


「今から出かける準備してくるわ」

「今日は招待客の確認だから、そのままでいいよ」

「このままなんてありえないわ」


 カロラインはお気楽なエイブリーの意見に顔をひきつらせた。外出着に着替えることは貴族として当然の事だ。しかも格上の侯爵家に行くのに身支度しないなんてありえない。


「カロラインはいつだってきっちりした格好をしているじゃないか」

「いつでも来客があってもいい様にしていますから。でも、だからといってこのまま外出するなんてあり得ません!」


 きっぱりと告げると、さっと立ち上がった。


「急いで支度してきます。エイブリー兄さまはお茶でも飲んで待っていてください」

「ああ、うん」


 怒られたエイブリーは曖昧な笑みを浮かべて、長椅子に腰を下ろした。部屋の隅に控えていた侍女がすかさずお茶を用意する。それを見届けてから、カロラインは廊下に出た。



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