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二人で参加の夜会


 ザガリーにエスコートされ、夜会会場に入った。今日の夜会はブロンテ侯爵夫人から参加するように言われていたものだった。カロラインとザガリーの関係についての噂を払しょくするには夜会に参加するしかない。

 ブロンテ侯爵夫人からは仲の良い姿を見せるだけでいいと言われていたが、意識するほど気持ちがどんどんと沈んでいく。


「緊張している?」


 ザガリーがそっと声をかけてきた。カロラインはぎこちない笑みを浮かべて、小さく頷く。


「キャロウ伯爵はカロラインの母上と親交があったと聞いたけど」

「わたしも何度か、お母さまとお茶会に参加したことがあるわ。お母さまが亡くなった後も何度も招待してくださったの。ただ参加できるようなドレスが用意できなくて……お断りすることが多くなって」

「ああ、その先は言わなくてもわかる」

「本当によくしてもらったのよ。キャロウ伯爵夫人はあまりにもわたしが断るから、そのうち招待状が届かなくなったの」


 不義理をしたことは自覚していた。だからこそ、ブロンテ侯爵夫人からキャロウ伯爵の夜会に参加するように言われた時には息を飲んだ。気まずさもあったし、顔を向けられないと思ったからだ。


「でもキャロウ伯爵夫妻は君に気遣っていたのだろう? だったら、もっと気楽にしたらいい」

「わかっているわ。でも、こんなにも注目されると思っていなかったから上手く感情がコントロールできなくて」

「注目されるのは仕方がない。今夜のカロラインは女神のように美しいから」

「おだてないで! ただでさえ今風のドレスを着ていて、落ち着かないのに」


 借金が膨らみ、結婚相手を見つけなくてはいけないとなった時にようやく夜会に参加し始めた。礼を欠かないように気を付けることで精いっぱいで、楽しんだことはない。しかもドレスは上質であっても時代遅れのものであり、宝石類は一切つけていなかった。場に馴染めないことはわかっていたから最低限の挨拶をすませ、めぼしい相手がいないとわかればすぐに切り上げることがほとんどだ。


 ところが今日は違う。

 ザガリーはカロラインに最先端のドレスと宝飾品を用意した。軽やかな布のサーモンピンクのドレス、左側にゆったりと大きなドレープが作られている。まだ少ししか流通していないデザインで、ザガリーがわざわざ作らせたものだ。


 大きく開いた胸元も。

 そこに飾られた大ぶりの宝石も。

 何もかもが慣れない。


 そして一番慣れないのは、隣にはザガリーがいることだ。誰かに守られるようにエスコートされるなんて、考えたこともなかった。ぎゅっと彼の腕を掴む。


「見せびらかすつもりでいればいいさ」

「そんな簡単なことじゃないのよ」


 睨みつけるようにザガリーを見れば、彼は面白そうに笑った。


「もう! どうしてそんなに余裕なのよ」

「色々な目を向けられるのは慣れているからね。今夜はまだ好意的なものが多いからとても楽だ」


 勝てる気がしなくて、落ち着くようにと大きく呼吸を繰り返した。


「クレイ女子爵」


 主催者のキャロウ伯爵夫妻に声を掛けられた。カロラインはピリッとした緊張感で、姿勢を正す。こわばりを感じつつも、笑顔を浮かべる。


「お招きいただき、ありがとうございます」

「お久しぶりね。ご結婚おめでとう」


 キャロウ伯爵夫人はいつもと変わらない温かな様子でカロラインに話しかけた。カロラインはほんの少しだけ緊張を緩める。キャロウ伯爵夫人はうふふと楽しげに笑った。


「今日はね、ブロンテ侯爵夫人に頼まれているのよ。ちょっとだけお付き合いしてちょうだいね」

「お気遣いありがとうございます」


 カロラインはザガリーの悪い噂を消すために協力してくれることに感謝した。こうした協力がないと、なかなか噂は上書きされないものだ。


「さあ、あなたのステキな旦那様を紹介してちょうだい」

「はい。こちらが夫のザガリーです」

「初めまして」


 紹介されたザガリーも礼儀正しく挨拶をする。キャロウ伯爵は無言でザガリーを見つめた。ザガリーは視線を逸らすことなく、ゆったりとした様子で彼の目を見返す。


 カロラインは胸が苦しいほど緊張した。しばらくすると、キャロウ伯爵が表情を緩める。


「なるほど、なるほど。噂ではカロライン殿を買った人でなしと聞いておったが、それは嘘だったようだ。我が家は二人を祝福する」

「ありがとうございます」


 ほっとしたら、体がぐらついた。咄嗟にザガリーがふらつくカロラインの体を支える。


「まあ、とても仲がいいのね。今夜の様子で今までの噂は別のものに形を変えるわね」

「それならいいのですが……」


 不安そうに顔を曇らせば、キャロウ伯爵夫人はころころと笑った。


「だってあなたたち、恋人のように寄り添っているじゃない。誰も間違いませんよ」

「恋人のように……」


 カロラインは思わず呟いた。そして声にしたことで、ぶわりと顔が真っ赤になる。


「あらあら。初々しいこと! ねえ、あなた、とても可愛らしい夫婦だわ」

「ははは。本当にな。いい人と結婚して、カロライン殿の母上も安心しているに違いない」

「あ、ありがとうございます」


 小さな小さな声でお礼を告げる。ほのぼのとした雰囲気で話しているうちに、周りの目がとても和らいだ。キャロウ伯爵夫妻も感じたのか、もう大丈夫だと思ったのだろう。


「では、楽しんでいってちょうだいね」


 そう言い残して、次の客へと挨拶へ向かった。二人を見送ると、ザガリーが耳に口を寄せた。


「ダンスを一曲踊ったら帰ろう」

「ザガリーはダンスが踊れるの?」

「ああ。婚約した後に、エイブリーに叩きこまれた」


 嫌そうな顔をしながらも、貴族なら一度は踊らなくてはいけない。カロラインが恥をかかずに済むようにと努力してくれることが嬉しかった。


 ダンスホールに向かう間、すれ違う人たちが声をかけてくる。

 キャロウ伯爵家の招待客は皆良心的なのか、先ほどのやり取りを見ていてお祝いの言葉を贈ってくれた。笑顔でお礼を言いつつ、二人は目的の場所へと移動する。


 ダンスホールにたどり着く前に、一人の夫人に捕まった。上品なドレスを身に纏い、豊かな黒髪を結い上げた美しい女性だ。


「ご結婚、おめでとうございます」

「……ありがとうございます」


 カロラインは内心ぎょっとしたが、笑顔で気持ちを隠しお礼を述べる。ロング伯爵夫人はしげしげと二人を見つめた。


「主人の誘いを断っているとは聞いていたけど、すでに相手がいらしたのね。主人よりも素敵だわ。とてもお似合いよ」

「ロング伯爵にはご心配していただいていましたが、こうして穏やかに過ごせるようになりました」


 不思議そうな顔をしていたザガリーもロング伯爵の名前を聞いて、眉を寄せた。ザガリーの反応を初めて知ったことだと判断したのか、彼女は聞いてもいないことを説明し始める。


「わたくしの主人、カロライン様を恋人にしたかったみたいなの。お気の毒な環境にいたのは知っていたから、それもまたいいと思っていたのだけど……。やはり素敵な人と結婚するのが一番よね」


 反応に困る物言いに、ザガリーが戸惑った視線をカロラインに向ける。カロラインは硬いながらも笑みを浮かべた。


「ええ、ザガリーと結婚してとても幸せです」

「そのようね。主人は初恋の人の娘を側に置いておけなくてがっかりしただろうけど、遊び人の愛人は幸せとは程遠いもの」

「わたしの母が初恋の人?」


 いつものように流せばよかったのに、カロラインはロング伯爵夫人の言葉に反応してしまった。ロング伯爵夫人は目を丸くした。


「あら、ご存知ではなかったの? わたくしの主人はとてもロマンチストなのよ。いつまでも初恋の人を忘れられなくて、いつも探しているのよ」

「そんなことがあったなんて……」

「貴女は瞳の色が少し違うぐらいで、顔立ちはお母さまによく似ていらっしゃるわ。どうしても過去の綺麗な思い出に惹かれてしまうようなの」


 思い出話を始めそうになるのを感じたザガリーはカロラインの注意を引いた。


「ザガリー?」

「そろそろダンスが始まる」


 カロラインは穏やかに微笑むと、失礼しますと一言残してザガリーと共にダンスホールの中央へと移動した。音楽に合わせて、カロラインをリードする。


「助かったわ」

「あのままだと過去の話からずっと聞かされそうだった。しかし、不思議な夫人だな」

「そうなのよ。ロング伯爵夫妻は本当にどちらも苦手。ロング伯爵はすぐに口説いてくるし、夫人の方は夫の遊びに寛容なこともあって、反応に困ることが多くて。できれば近寄ってきてほしくない」

「わかる気がする」


 二人は小さな声で会話しながら、くるくるとダンスホールを回った。


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