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ブロンテ侯爵夫人とのお茶会


「カロライン、とても綺麗になったわね」


 ブロンテ侯爵家につき、案内された先で待っていたブロンテ侯爵夫人は満面の笑みで抱き着いてきた。突然抱きしめられたカロラインは挨拶すらできずに固まる。


「母上、カロラインが困っている」


 エイブリーが苦笑して注意すれば、少しだけ腕の力が緩んだ。


「だって、すごく久しぶりなのよ! 領地にいる間に結婚したと言われるわたくしの気持ちも考えてほしいわ!」

「スピード結婚でしたからね」

「わたくしに連絡ぐらいしてもいいと思わない?」


 苛立ちを抑えた口調でブロンテ侯爵夫人は息子に告げる。エイブリーは肩を竦めた。


「母上に連絡したら、絶対に口を挟むと考えたからです。ドレスを仕立てるとか言い出して、もっと時間がかかってしまう」

「当り前よ。女性にとって結婚は大切なの。それなのに、出会ってから一か月? そんな短期間で婚約結婚まで進めてしまうなんて!」

「正確には一か月半です。できるだけ速やかに爵位を取り上げたかったのに書類の準備に時間がかかりました」


 大変だったとこぼす息子をブロンテ侯爵夫人は睨みつけた。


「エイブリーの言いたいことはわかるわ。あの男に騒がれると面倒だから、気が付かれないように動きたかったのでしょう。でもそれとこれとは別なのよ」

「……ちなみに父上からのアドバイスです」

「何ですって?」

「なので、これ以上の文句は父上にお願いします」

「なるほど。あの人、わたくしに小言を言われるのが嫌で領地に残ったのね」


 母子の険悪な雰囲気に、二人に挟まれた位置にいるカロラインは視線を二人を行ったり来たり彷徨わせた。どちらもカロラインの戸惑いに気が付いてくれないので、ザガリーにちらりと目を向ける。彼もどこか困ったような顔をしていた。ザガリーの立場で二人の会話に入ることは出来そうにない。

 話題を変えた方がいいだろうか、と恐る恐る口を挟んでみた。


「あの、伯母さま、今日はお披露目についてお話があると」

「ああ、そうなのよ。残念ながら結婚式に関われなかったけれども、謁見とお披露目はわたくしに任せておいてちょうだい。準備期間が三か月もないけれども、素晴らしいものにして見せるわ」


 お披露目の話を出せば、ブロンテ侯爵夫人は目を輝かせた。そして、カロラインの顔を覗き込むようにして見つめてくる。彼女の瞳に寂しげな色が浮かんでいた。


「あなたには幸せになってもらいたいの。できれば……頼ってほしかった」

「伯母さま」


 ブロンテ侯爵夫人から何か困っていないかといつも声をかけてもらっていたのだが、困っていると告げることが恥ずかしいことだと思っていたのでいつも「まだ大丈夫」と答えていた。


 もちろん借金のことやジェイデンの経営放棄について、ブロンテ侯爵家は知っている。だが資金繰りが上手くいっていない程度ではカロラインから助けを求めなければ、侯爵家と言えども介入できない。


 カロラインは自分がいかに狭い視野で周囲を見ていたのか知って、唇を噛んだ。


「ごめんなさい」

「謝ってほしいわけではないの。これからも色々あると思うわ。全部が全部、解決してあげることはできない。それでも一緒に悩むことはできるのよ。わたくしたちはカロラインの幸せを願っているの。もっと頼ってもいいの」


 優しい言葉に、カロラインは喉の奥がぐっと詰まった。


「さあ、こちらにいらっしゃい。あなたの好きなお菓子を用意しておいたわ」


 ブロンテ侯爵夫人は表情を和らげると、カロラインを席に案内した。窓ガラスが大きく、たっぷりと優しい光の差し込んだサロンにはすでにお茶の準備が整っていた。


 席に腰を落ち着けると、ブロンテ侯爵夫人は好奇心いっぱいの目で並んで座るカロラインとザガリーを見つめた。


「とても仲がいいのね。出会ってから時間が短いのに……。元々お知り合いだったの?」

「いいえ。夜会に参加した時に、エイブリー兄さまに紹介してもらったの」

「あら、そうだったの。お金で買われた気の毒な令嬢と噂されているから心配だったけど、エイブリーの紹介だったのね」

「わたし、お金で買われていません!」

「付け入ったので、概ね間違いないですね」


 慌てて否定したカロラインに対して、ザガリーは冷静に頷く。

 ブロンテ侯爵夫人は社交界で流れている噂話を教えてくれた。その内容を聞いて、カロラインは頭がくらくらした。そんな可能性があったのは知っていたが、まさかそこまで言われているとは。


「どの貴族も躊躇うぐらいの借金があるのだから、よほどクレイ家とのつながりにうまみがないと結婚しようと思わないものよ。しかも平民と子爵家当主ですからね。あなたがなかなか社交界に出てこないから、色々と憶測が流れたのよ」

「確かに領地経営も上手くいっていませんし、特産品もありませんから……。それに忙しくて社交どころではなくて」


 言い訳を並べながらもザガリーの評判を気にしていなかったのも本当で。

 こうして指摘されると自分の事しか考えていなかったことがよくわかる。肩を落として項垂れれば、ザガリーが優しく手を握ってきた。そっと彼を見れば、優しく微笑まれる。


「社交界は二人一緒に参加するようになれば噂も上書きされると思っています」

「まあ、心強い。確かに二人並んでいれば、仲の良さがわかるわね」


 ブロンテ侯爵夫人の安心したような笑みに、カロラインはほっと息を吐く。ザガリーの評判が良くないのはカロラインの責任であって、彼の責任ではない。他の貴族がどう思おうと気にならないが、ブロンテ侯爵夫人に誤解されたくはなかった。


 ブロンテ侯爵夫人は目を細めた。


「カロラインは幸せなのね」

「ブロンテ侯爵家の皆様には感謝しております。父と後妻のことも――何もかもお任せしてしまって」


 申し訳なくて、そう頭を下げる。


「そういえばあの男、何をしたかったの?」

「子爵家の金で買ったものを換金していた。恐らく、カロラインが当主になるまでにお金を自分のものにしておきたかったのだと」

「なんて自分勝手な男なの」

「カロラインが書類をまとめてくれたから、わかってしまえば裏を取るのは簡単だった」


 エイブリーに褒められて、カロラインは少しだけ居心地が悪かった。本来なら、カロライン自身がしなくてはいけない後始末だ。それを肩代わりしてもらっている自覚があった。


「あとは首飾りの行方だけかな」

「それも時間の問題だ。今、ケンプ商会に問合せしている」


 カロラインから相談を受けてすぐにザガリーは問い合わせをしてくれていた。他国の商会のため、すぐに返事は来ないだろうが、きっと何かを知っているはずだ。


「それにしても忌々しい男。ここまで子爵家を食いつぶさなければ捕まえることができなかったなんて」

「どういうことでしょうか?」


 普段感情を見せないブロンテ侯爵夫人が吐き捨てるように言う。その嫌悪感丸出しの口調に、驚いてしまった。


「カロラインはあの男のことをどれくらい知っているのかしら?」

「貴族の庶子としか」

「ガートルードは何も教えなかったのね。いい機会だから、教えておきましょう」


 ブロンテ侯爵夫人はもう十七年以上前のことだから知っている人は少なくなっているけれども、という前置きをした。


「あの男が庶子であることは間違いないわ。母親は男爵家出身で年の離れた子爵に嫁いだの。子爵が亡くなった後、恋人の間に生まれたのがあの男ね」


 珍しくもない生まれに、カロラインは首を傾げた。貴族の血を引いていると言えども、重要な血筋とは言えない。それはエイブリーも同じだったらしく、困惑している。


「その程度の話ならいくらでもあるけど」

「そうね、そこまでの話ならね。問題は、あの男の母親が前国王陛下の愛人になったことよ」

「あ、愛人?」


 カロラインは驚いて目を見開いた。


「前国王陛下は二十歳も年下の未亡人にのめり込んでしまって……。その溺愛ぶりに色々な人が諫めなくてはいけないぐらいだったわ。愛人は自分の息子が貴族でいられるようにしてほしいと前々から強請っていたのよ」

「溺愛する愛人に強請られたからって、叔母上は侯爵令嬢でしょう?」

「普通ならね。ただガートルードは夫を亡くして嫁ぎ先から戻ってきたばかりで……未亡人だったのよ」


 ブロンテ侯爵夫人は淡々と告げた。


「未亡人……お母さまが?」


 カロラインは茫然として呟いた。信じられなくて、瞬きもせずにブロンテ侯爵夫人を見つめる。彼女は小さく頷いた。


「ええ。嫁ぎ先が隣国の伯爵家、さらにはたった一年の結婚期間だったのもあって、この国で知っている人は少ないの」


 嫁いだ先から戻ってきた、と聞いてあまりいい想像はしなかった。


「心配しなくても、とても仲のいい二人だったわ。でも、子供のいないガートルードは伯爵家に留まることはできなかったのよ」


 貴族は政略で結婚するため、結婚間もなく夫が亡くなれば次の跡取りと結婚する場合もある。だが次の跡取りは年の離れた弟で、ガートルードとは年回りが合わなかったそうだ。


 どちらにしろ義弟だった相手との再婚は考えられないため、戻ってくることになっただろうとブロンテ侯爵夫人は話した。


「でも、それだけでは叔母上がジェイデン殿と結婚する理由は弱すぎる」


 エイブリーは眉を寄せたまま、カロラインが聞くことのできなかった疑問を口にした。


「――ガートルードが参加した夜会で、あの男は既成事実を作ったのよ」


 既成事実。


 言葉を理解するにしたがって、頭が真っ白になった。どこか遠くからブロンテ侯爵夫人の声が聞こえてくる。


「本当に最低な男。しかも責任を取って結婚します、とまで言ったのよ。もちろん侯爵家は抗議したわ。そんな相手と結婚するなんてありえない。でも愛人――あの男の母親がね、当時の国王陛下に息子の恋を叶えてほしいと泣きついたわけよ。どうしようもない内容であっても、王命となってしまえば断ることもできないわ」


 受け入れがたい事実に、言葉を上手に組み立てることができない。カロラインはただただそこに座っていた。


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