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恋愛◇甘々

退職届が消える謎

作者: 黒いたち

 私はリーフ。

 天馬騎士団(てんばきしだん)の、(やと)われ厩務員(きゅうむいん)だ。

 翼の生えた馬、天馬(てんば)の世話を(まか)されている。

 

 担当していた天馬が、冬を()せずに亡くなった。

 愛馬を失った騎士は、一昼夜、天馬からはなれず、そのうえ自害(じがい)(くわだ)てたので、拘留(こうりゅう)されてしまった。

 風のうわさでは、憔悴(しょうすい)しきって、退職したと聞いた。


 あのとき目にした彼の悲しみはすさまじく、私にもっとできることがあったのではないかと、自責(じせき)(ねん)にとらわれた。

 眠れない日がつづき、しごとにも支障(ししょう)がでるようになったために、退職(たいしょく)を決意した。


 天馬(てんば)は好きだ。

 だけど、厩務員(きゅうむいん)としては失格(しっかく)だ。

 なんて私は弱い。

 皆、乗り越えているのに、どうして私には、できない。


 こんなことぐらいで、と思ったときに、号泣(ごうきゅう)していた騎士を思い出した。


 こんなこと、などと言っては、もうしわけない。

 彼にも、亡くなった天馬にも。


 退職したら、しばらくはのんびりしよう。

 

 そうして()える心をはげまして、退職届(たいしょくとどけ)を手に、職場へと向かった。






紛失(ふんしつ)ですか?」


 ユアン室長(しつちょう)に、おもわず聞きかえす。

 私の退職届が、行方知(ゆくえし)れずになったらしい。


「探しているが、時間がかかりそうだ」

「……もういちど、書いてきます」


 探すより、あたらしく書いたほうが早い。


「そうか。では、次は責任を持って、団長室(だんちょうしつ)まで持っていく」


 退職届には、室長(しつちょう)天馬騎士団長(てんばきしだんちょう)のふたりのサインが必要だ。


 その日は定時でまっすぐ帰り、二枚目の退職届を完成させた。






 三日後。

 ユアン室長に呼ばれた私は愕然(がくぜん)とした。

 

「またですか!?」

「団長の机に間違いなく置いたが、見ていないと言われた」

「ええ……」


 退職届という重要な書類が、なぜ二回もなくなるのか。


「すまんな」

「いえ……妖精(ようせい)悪戯(いたずら)かもしれませんね」


 理解の範疇(はんちゅう)に収まらない出来事を、妖精の悪戯と呼ぶことがある。

 人の目に見えない妖精が、悪戯をしたという、おとぎ話の一種だ。

 妖精のせいにしなくては、やってられない。

 

 はは、と力なく笑った私を見て、室長は片眉を上げた。


「次はおまえが直接団長に渡してこい」

「私がですか?」

「妖精に負けず、がんばってくれ」

「なんですか、それ」


 たしかに、自分で持っていくのが一番確実なので、了承(りょうしょう)した。






 次の日。

 三回目にもなると、退職届を書くのにも慣れてきた。


 朝一(あさいち)でユアン室長にサインをもらい、団長を探して歩く。

 団長室、訓練場(くんれんじょ)、食堂までのぞくが、キラッキラの銀髪(ぎんぱつ)を見つけることができなかった。


 天馬騎士団長イグナーツ・エルメスタは、見目麗(みめうるわ)しい。

 女性のようにも見えるが、細身の体躯(たいく)はひきしまっており、(やり)をふるうすがたは雄々(おお)しい。

 魔法の才能にも()け、オリジナル魔法をたくさん開発し、魔法界に革命をもたらした。


 強く美しい団長には、国内外にファンが多い。

 天馬を()れば、失神者(しっしんしゃ)がでることもある。

 「銀雷(ぎんらい)妖精(ようせい)」という(ふた)()がつくほどだ。


 いつぞや、新聞で天馬騎士団(てんばきしだん)の特集が()まれたことがあった。

 団長へのインタビューの中に「好きな女性のタイプは?」という質問があった。

 完全に、新聞の売り上げをねらった質問である。

 イグナーツ団長の答えは、こうだった。


――天馬に(くわ)しいと素敵ですね。一緒に天馬について語り合いたいです。


 新聞の刊行後、王都中の本屋から天馬関係の本が消えるという、社会現象が巻き起こった。 




 天馬が好きな団長だから、と厩舎(きゅうしゃ)に寄った私は、息をのんだ。


 イグナーツ団長が微笑みながら、天馬の首を優しくなでていた。

 まるで、一枚の絵画(かいが)のようだ。

 ここに宮廷画家(きゅうていがか)が同席していないことが()やまれる。


 人の気配に、団長がこちらを向く。


「……リーフ?」


 団長は、いち厩務員(きゅうむいん)である私にも、気さくに声をかけてくれる。


「おつかれさまです」


 退職したら、団長に会うことも無くなるのか。

 感傷的(かんしょうてき)な気分に(ひた)っていたら、団長が間近まで来ていた。

 

「あ、まぶしい、まぶしいです、団長」


 キラッキラのご尊顔(そんがん)の威力に()えきれず、持っていた紙でさえぎる。

 すると、いきなり団長が私の手首をつかんだ。


「ひえっ」

退職届(たいしょくとどけ)? リーフ、どういうこと?」

(あつ)が、圧がすごいです、団長」

「給与が足りないなら、手当(てあて)を見直すけど」

充分(じゅうぶん)すぎるほどいただいておりますっ」

「だろうね」


 団長が、パッと手首の拘束(こうそく)を解いた。

 だいじょうぶ?

 私の手首、浄化(じょうか)されてない?


「理由を聞いても?」


 その言葉に、背筋(せすじ)がひやりとした。

 天馬の死に耐えきれないから()めたい、など、天馬騎士団の団長に、言えるはずがない。


「い、一身上(いっしんじょう)のつごうで」


 これでごまかされてくれないことぐらい、わかっているが、言いたくないという気持ちなら、すこしは伝わるだろうか。

 悪いことなどしていないが、なぜか後ろめたい気持ちになり、団長から目を()らす。


 無言の時が流れる。

 厩舎(きゅうしゃ)には、天馬の鼻を鳴らす音や、馬具(ばぐ)()れて金具どうしがぶつかる音だけが響く。

 吸い込んだ空気には、真新しい干し草と馬糞(ばふん)が混ざった、慣れ親しんだ匂いがした。

 

「……かなしいな」


 (うれ)いを帯びた声音(こわね)に、おもわず団長を凝視(ぎょうし)する。

 彼は、はかなげに微笑んでいた。


 なにこの美しい光景。

 あ、やばい。目が浄化される。


「だ、だn、だんちょ」


 正しくは、だんちょう、の5文字すら()んでしまうほどの破壊力だ。

 正しくは、ってなんだ。ちょっとおちつこう自分。


「俺はね、リーフ。きみとは、いい関係を築けていると、おもっていたよ」

光栄(こうえい)です」


 即答(そくとう)すると、団長がふわりと笑った。

 あ、この顔、好き。


 つられて、へらりと笑ってしまう。


 そのとき、手から退職届が落ちた。


「あ」


 ひろおうとかがんだ私の動きが止まる。

 退職届から足が生えたかとおもうと、あっというまに厩舎(きゅうしゃ)の外に逃げていった。


「うぇぇえええ!?」


 あまりのことに、追うか追わないかの判断すらできなかった。

 私の大声に、おどろいた天馬たちが(ひづめ)で床を()る。

 初歩的な失態(しったい)に、手で口をふさぐ。もう遅いけど。


妖精(ようせい)悪戯(いたずら)かな」

「こ、これが……?」


 ごくり、と生唾(なまつば)をのみこむ。

 もしかして、いままでの退職届も、こうやって行方不明(ゆくえふめい)に……?


「もう一通、準備しておいてよかったです」


 (ふところ)から予備の退職届を取り出す。

 そのとき、手の中でもぞりと動きがあり、とっさに退職届を握りしめた。


「逃がしませんよ」

適応能力(てきおうのうりょく)が高いな」 

「足が生えても、退職届は退職届です。首輪が()るかもしれませんけど」

「なるほど。リーフ、きみの(あん)を採用しよう」


 両腕(りょううで)をつかまれたかと思うと、団長が一瞬で距離を()めた。

 そしていきなり、団長が私の首に噛みついた。


「ぃ――!!」


 悲鳴が上がるのを、必死でこらえる。

 また大声を出すわけにはいかない。


「天馬のために声を押さえたんだね。リーフはいいこだ」


 痛くて熱くて、視界に水の(まく)が張る。

 ぼやけたまま見上げると、団長の唇が、私の血で濡れていた。

 それを()めあげる団長の妖艶さに、視線が釘付けになる。

 しかし直後、足元で動くものに目を奪われた。


「退職届四号(よんごう)っ」

 

 いつのまにか落としていた最後の退職届が、どこかに走り去っていくところだった。


「あれに名前つけたの? 俺の名前は呼ばないのに」

「あ、ちか、ちかいです、団長」

「噛んじゃってごめんね。追跡魔法(ついせきまほう)を仕込むために、俺の魔力を体内に入れる必要があったんだ」


 至近距離で浴びるキラッキラのオーラが強烈すぎて、団長のお言葉が頭に入って来ない。


「ゆるしてくれる?」

「は、はいっ」

「そんなあっさり? どこまでゆるしてくれるか試してもいい?」

「え? え?」


 おいつめられるように背中が壁についたところで、第三者の声がした。


「そこまでだ、イグナーツ」

()れ、ユアン」


 団長の肩越しに、ユアン室長の姿が見えた。


「さすがに部下が不憫(ふびん)になってきた」


 団長がふりかえり、肩で室長にぶつかった。

 そのまま厩舎(きゅうしゃ)の端まで、室長を連行していく。

 ふたり、仲良しだな!?


「優秀な厩務員(きゅうむいん)を失うのが()しいと、おまえも言っていただろう」

「天馬好きの女なんか、腐るほどいるぞ」

「俺はな、天馬について、話し合い(・・・・)たいんだ。毎時間毎分毎秒、学術的・専門的な観点からの意見が聞きたい」

「なら、厩務員室(きゅうむいんしつ)に来ればいいだけの話だ」

「いや? 天馬に向ける(いつく)しみの表情を、俺にも向けて欲しいとは思っている」

「その顔で落とせなかったんだろ? あきらめろ」

「リーフは渡さない」

「なぜそうなる」

「おまえも一通、握りつぶしただろ」

「気が変わる方に、()けただけだ」


 ボソボソと聞こえる会話は、私の耳まで届かない。

 ユアン室長が団長を振り切って、私の前に来た。


「リーフ。おまえの消えた退職届だが」


 ガッと(やり)穂先(ほさき)が、ユアン室長の首筋につきつけられた。


「ユアン。首に蚊が止まっているぞ。殺してやろうか」

「イグナーツ。わかったから早まるな」


 団長が槍を下ろす。

 ユアン室長は額の汗をぬぐい、どこか遠くを見ながら口を開いた。

 

「退職届が消えたのは、妖精の悪戯だ」

「知っています。退職届から足が生えて、どこかに逃げていきましたから」

「んん゛!?」


 変な声を出した室長に変わり、イグナーツ団長が続けた。


「リーフ知ってる? 妖精は、天馬が好きなんだ」

「そうなんですか」

「だから、いつも天馬のために一生懸命がんばってくれているリーフが好きで好きで好きで好きでたまらないから、退職してほしくなかったんだ」

「それって……妖精が、私の仕事を、認めてくれたって、ことですか」


「そうだ」

「そうだね」


 室長と団長が、同時に答える。

 私の胸が、熱くなった。


「……うれしいです」


 厩務員失格な私を、認めてくれる存在がいた。

 たとえ、目に見えない妖精だとしても。

 それが、こんなにも勇気になる。

 

「室長、私、もう少し頑張ってみます」

「そうか」

「妖精が悪戯(いたずら)してくれて、よかったです」

「バカ! そんなこと言って、知らねぇぞ!」


 急にあわてだしたユアン室長の肩に、イグナーツ団長が手を置いて、もたれかかる。

 ふたり、仲良しだな!?

 

「リーフ。これからも末永く(・・・・・・・・)よろしくね」


 ふわりと笑う団長につられて、へらりと笑う。

 天馬を驚かせない声の大きさで、私は元気に返事をした。

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