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滅世界の再興

恒星は墜ちない 第一王女の戦いの始まり

作者: A.エウロパエウス

「はあ、退屈。何で皆私のことをチヤホヤするの?」


 私は天才だ。あらゆる魔法を使いこなし、勉強もできた。そして生まれは王族。何一つ欠点のない完璧な人間だ。だからこそ退屈だ。

 周りは生まれたときから女王を運命づけられた私に頭を下げる。父は私を最高の作品として作り上げた。母は私が生まれて間もなく死んだ。

 親の愛も、友人もない私が唯一楽しんでいるのは物語。この国が作られる前の伝説。破滅のおとぎ話。こんなに退屈ならいっそ破滅を私は望もう。




「よろしくお願いします。お姉様」


 六歳の時、そんな私に転機が訪れた。私には二つ違いの妹がいたらしい。父の愛人だった女が正式に王妃として迎えられ、その娘が私の城に来た。

 ようやく私の退屈を満たす存在が来た。

 そう思わずにはいられなかった。


 父の愛人がなぜ今まで王妃になれなかったか。それは私の母が存命中の間に二人が関係を持っていると発覚していたこと、そもそも政治の中心にはいない貴族の家だったことが原因だ。

 にもかかわらず、その愛人は王妃の座についた。なかなか外を教えてもらえない私でもわかる。政局が変わったのだと。

 ならば継承権一位の私も安泰ではない。この妹と次の王座を争うことになる。


「あなたのことを喜んで迎えますわ。仲良くしましょうね」


 ああ、最高だ。私に欠点ができた。妹の母親とその実家の力は、今や私の継承権の上位を揺るがすほどになっていることだろう。

 これが、生きているということなんだ。楽しい。私が勝つか、妹が勝つか、わからない。だが負けた方は死ぬことになるだろう。どっちでもいい。破滅も私の望むところなのだから。




「姉様、ここを教えてくださいませ」


「はいはい。ええ、ここはこの式を立てるといいわ」


「ああ、なるほど!」


「でもわからないからといってすぐに聞いてはダメよ。自分で考えなくては、将来王座に就いたときに家臣たちの言いなりになってしまうから」


「王座? それは姉様が継ぐのではないのですか?」


「さあ、どうかしら。マーヤも少ししたらわかるわよ」


 妹は利発だが私には劣る。魔法の才能は平均よりも下だ。それでも家柄以上に彼女が私に勝っているところがある。


「マーヤ様、お客様が」


「ええ。失礼しますわ、姉様」


 友人が来たらしい。彼女は私よりも人望がある。いや、私が全く人を惹きつけられないのか。安定の世の王に求められる資質は学問や魔法の才よりも人望。それが欠けているようだ。


 このままではいずれ私は何か理由をつけられて次期王の座から落とされると、ここで確信した。

 それは嫌だ。戦いもせずに破滅するなど、何も面白くない。徹底的に私はあの子と戦いたい。


「じい、馬車の用意を。街に出るわ」


「は? しかし、陛下の意も聞かずに」


「既にお父様は私の制作には熱を失っているじゃない。マーヤが次期王の座を確たるものとするまでの間、保険として生かされているだけ。今さら意を汲む必要があるの?」


「滅多なことをおっしゃいますな。私に対してもそのようなことを口にしないことです」


 じいは私が唯一信頼する男。私が遠慮せずにものを言うことができる。忠言も適確。最高の部下だ。




「じい、これは?」


「学校でございます。子どもたちが勉学を学ぶ場です。一部の貴族のご子息は家庭教師を雇わずに庶民と共に学ぶとか」


 じいを言いくるめて私は城下へ出た。既に王座を巡る争いで私の優位は失われた。ならばこちらもどんどん動かなければならない。このところの妹を見ていると思うところがある。

 私は本当に世間知らずだった。世界が狭かった。


 だから外を知りに行く。父の関心が薄まった今はむしろ僥倖。自由なのだ。自由とはこうも素晴らしいものだったか。

 何一つ欠点がないと私が思っていたのは大きな間違いだった。欠点がどんどん増えていく。いつしか私は自分の欠点を嫌うようになった。これがいいことなのか悪いことなのかはわからない


「あなたはこのところ可愛らしくなられた」


「何? じい。私は常に美しいわよ」


「いえ、お顔のことではありませんよ。年相応の子どもらしい雰囲気を持たれている。冷たさが和らいだ」


「褒めているの?」


「ええ。王権が絶対的なものであれば冷たい君主は正しいです。ですがこれからは状況が異なります。王権は絶対的なものではない。隙を見せればすぐにでも大貴族たちが実権を奪いに来ます。場合によっては平民すら。彼らは安定した世の中で少しずつ豊かになり、もっと豊かになろうとします。優しすぎる王でも、冷たい王でもいけません」


 じいが何を言っているのかわからない。私より先のことが彼には見えているのだろうか。思えばじいは私が唯一気に入っていた人間だ。私以上の智を持っていたのをなんとなく私も察していたからだろう。


「あなたもマーヤ様も、素晴らしい才覚をお持ちです。どうです? 共に王国を背負うという考えは」


「ないわ。あの子と私は生まれながらの政敵。それに国家に王は二人もいらない。常識でしょ? じいらしくもない」


「はは、申し訳ございません。ただ、見てみたくなったのですよ。優しい王と冷たい王が手を取ったらどうなるか。まあ戦うのならそれもいいでしょう。もっと変わらないといけませんが。少し冷たさを和らげた程度ではダメです」


「どうしたらいいの?」


「マーヤ様におっしゃっていたではありませんか。自分で考えろと」


 そうだった。私としたことが。


「まあいいでしょう。もう一度王権を絶対的なものにするのならあなたが適任です。あなたにはそれだけの才能がある。マーヤ様はそれをするには優しすぎます。こればかりは性分ですから変えようがありません。王権の絶対性で王国は再び安定するでしょう。どうですかな?」


「お父様が私の制作に熱を注いでいたときは私にそうあれと望んでいたし、私もそのつもりだったわ。でも今はそこに欠陥ばかり見つかって、これ以上そんな欠陥ばかりの道に進むのは嫌。あんなのは全然完璧じゃないもの」


「そうですか。でしたらあなたは厳しい道を歩まれることになります。揺らぐ王権を支え、数多の人民、家臣たちの意思を適確に汲み取り、持ちつ持たれつ、しかし主導権を王が握る。そんな資質が求められるでしょう。マーヤ様もあなたも、まだその域には達していません」


 妹がどのような王を目指すのかはわからない。あの子にそもそも王になるという自覚がない。そうだ、今のあの子が王になれば王権は確実に貴族たちに握られる。あの子は生まれながらに王に即くとされた私とは違うのだから。

 面白いではないか。妹と戦うつもりが貴族たちとは。王権の主導権を賭けた戦い。生涯をかけてやる価値がある。


 ただ、もし妹が王の自覚を持ち、私と同じように揺らぐ王権を支え続ける道を選ぶのなら、妹との戦いに生涯をかけてはならない。私か妹かで争えばそれこそ王権は貴族、あるいは平民たちに転がる。本末転倒だ。


「もし、あなたがそのような王を目指されるのでしたら、学校に行かれますかな?」


「学校? いいの?」


「見識を広めるという目的にはもってこいでしょう。陛下も王立の学校ならば許可をくださるはずです」


 行きたい。外では様々な感情を見せる、自分と同じくらいの年の子どもたちがいた。あんな風に私も笑えるだろうか。泣けるだろうか。怒れるだろうか。その感情を知り、自分で制御できるようになれば私は人間になれる。

 ああ、妹との王座争いだけではない、もう一つ私のやりたいことができてしまった。人間になりたい。


「その思いがあれば十分人間らしいと思いますが」


「……じいは私の考えていることがわかるのね」


「ずっと見守っておりますから。あなたを一人の人間として。小さな感情も読み取って」


 この男には一生敵わない。もし年頃の私が若い彼と出会っていたら私は惚れているだろうか。


「買いかぶりすぎですな。光栄なことですがあなたにはそのうちもっと相応しい殿方が現れます。私のように独身を貫くのもいいですが」


 また心を読まれた。これほどの男以上か。それなら私の結婚相手に相応しい。会ってみたいものだ。その前に心を読まれないだけの力をつけねばなるまい。

 またやりたいことが増えてしまった。もう人形には戻れそうもない。父はこんな私をどう思うだろうか。妹の方を気に入っているのは知っている。


 それでも妹を私のように人形にしようとはしていない。一体父はどちらを王にしたいのか。私という人形作りをやめたのだからてっきり妹に熱が移ったのかと思ったが。

 まあそんなことはどうでもいい。今さら父のことなど気にしてもしょうがない。私は私の意思で王を目指すのだから。




「姉様。寂しいです。私も必ず姉様の下に」


 私は無事、第一王立学校附属小学校への入学を許可された。全寮制で家から離れることになる。


「マーヤは何をしたい?」


「え?」


「次に会うときまでに決めていて欲しいの。私はできるだけあなたと直接手合わせしたいから」


「手合わせって、その、戦い、ですよね? いやです。どうして」


「戦わなければいけないの。あなたが戦わなければあなたの母が私と戦うことになるだけよ」


 低い声で諭せば妹はびくりと肩を揺らす。何も知らないこの子に酷なことを告げているのは自覚している。だが学校は最初の戦いの場だ。この子が戦う意志を固めなければ開戦が遅れ、ますます貴族たちがこの子を侵食する。

 この子が侵食されるくらいなら私は私の手で徹底的にこの子を潰す。再び退屈な日々に戻るだろうが、腹は違っても妹。いつの間にか情が湧いていた。穢されるのは見たくない。


「……私は……それでも姉様とは戦いたくない。私が、母様と姉様の戦いを止めてみせますわ。だからまた一緒に遊んでください」


 なんて愚かな子だろう。私よりも困難な道を歩もうとするではないか。苦しむのが目に見えている。そんな妹は見たくない。

 だが、これが彼女の選択ならば、私はそれを尊重しよう。もし、また会うときに覚悟を持って同じ事が言えていたのなら、私はあなたを敵と認め、戦いを宣言する。この子に戦う意志がないとしても。


 妹が単に甘い考えなのか、それとも私のやり方が全く通用しないのか、あるいは私からの一方的な攻撃を受けてなお妹は私と王妃の対立の盾になろうとするか、そのときにわかる。どれであったとしても私は容赦しない。

 もし私と王妃、双方を敵に回して勝てたのなら、私よりも優れた王になることだろう。少しだけそんな彼女を見たい気がした。


「あなたと私が戦うことは運命」


「運命なんて、認めませんわ。因果律は人間の妄想。可能性はいくらでもあります!」


「そう、因果関係など存在しない。物事の全ては相互作用。だから可能性は無限大。でもね、帰着点は一つだけよ。可能性とはすなわち分かれ道だけど、通じている行き先は同じ。そういう意味では未来は決まっていると言えるわね」


「違う! 可能性の先には可能性の分だけ違う未来がある! 私は姉様と一緒に行ける未来がいい!」


 こればかりは個人の考え方。その是非を議論しても意味がない。そっと妹の頬に触れ、元気で、と伝え、馬車に乗り込む。まだあの子は何か叫んでいる。


「くっ」


 少し胸が痛む。やはりあの子は私にとって毒だな。ついついその甘美な主張に引き寄せられそうになってしまう。本当にいけない。




「王女様、王女様」


 なぜ父は私が身分を隠すことを許してくれない。こうなることは目に見えているではないか。私が次期王の座からは離れつつあることなどこの子たちにわかるはずもない。お姫様だとチヤホヤするのだ。

 人間になりたいという私の願いも早々に消えてしまった。

 成績は学年トップ。魔法でも教師以上の力を見せつける、王女に相応しい優等生という仮面を着けて生活しているのだから。


「マーヤ様!」


 そしてこの光景も妹が入学してくると変わった。あの子のカリスマ性は二年の間にめざましく成長していた。私の周りを回っていた子どもたちもあの子の側についた。

 だが私とあの子は違った。あの子は自然と笑顔を振りまきながら、自分の立場を理解して王女として彼らに接しているのだ。人間らしくかつ王族らしく振る舞える。

 私にはできないことだ。王女として接されることを嫌がる私には。じいが言っていた性分だろう。これは変えられない。


「姉様、一緒に出かけません?」


 そしてこの子は笑顔で私を誘う。宣戦布告などできない。今この状況で戦いを挑むなど、惨めすぎる。勝てない。何なのだ、これは。

 この世界に本物の太陽など存在しないが、もしかしたら彼女は太陽になるのかもしれない。

 輝きを放つ太陽があの子なら私は何なのだろう。輝きを失った小さな恒星だろうか。それとも惑星か。

 いや、私は彼女の惑星になどならない。その手を取れば私は……。


「ほら、行きましょう」


「わっ!?」


 手を引かれ、突然のことに対応できずに倒れそうになった私を抱き留める腕。私よりまだ小さいのにどこにそんな力が。

 そのまま手を取られて馬車に上げられてしまった。


「無礼ですね。姉の手を引くなんて」


「すみません。姉様を見ていたらつい」


 じいと同じ、この子も何を見ているのかわからない。私よりも愚鈍で傑出した才能があるわけでもないのに。

 二人で出かけられるのはいつ以来だろうと、嬉しそうに話す妹。攻守が逆だ。私はこの子に攻撃できず、この子は私を惑星にしようとしている。

 甘かったのは私だ。戦わないというこの子の意思を甘く見ていた。このような形で引き込もうとしてくるとは。なるほど、これでは戦いにもならない。せいぜい私が惑星になるのに抵抗するくらいか。そんなもの、この子にしてみれば戦いではないだろう。


「姉様は可愛らしいですね」


 ぞくっとした。以前じいに言われたものとは明らかに意味合いが異なる。

 どういうつもりで言っている。惨めに引き込まれるのを拒む私を哀れんでか。

 馬車が止まり、妹は手を取って私を先導する。なぜ先導するのがこの子なんだ。


「あのお店に行きましょう。姉様は雰囲気が暗いんです。そのお顔をもっと映えさせる服を来着てください」


 この子は買い物もできたのか。ああでもないこうでもないと、私を着せ替え人形のようにして服を選んでいる。こればかりはあまり王女らしくない。なるように任せている分私の方が王女の振る舞いをしているだろう。

 こうでも考えていないともう私は自分を保てなくなる。


 ふと、目の端に黒いものを見た。華やかな街の外れにそれはある。


「マーヤ、私、あそこに行こうと思います」


「姉様? あそこは……わかりました。姉様が言うのなら」


「いけません! あそこは王族が出入りするような場所では! それに万が一のことがあれば」


 従者が止めようとする。私を心配してではない。妹を心配してだ。


「万が一なんてないわ。私は強いから。マーヤだって守れる。あなたは黙ってついてきなさい」


 魔法を見せつけ、従者を脅す。私はあなたごときが止められる人間じゃない。

 華やかな街の影、貧民街と奴隷市場。私たちは奴隷市場に向かう。さすがに顔を見られるのはまずいのでフードを被って。

 穢れないこの子が影を見たときにどう思うか、興味が湧いた。私を惑星に引き込もうというのだからこれくらいは受け入れて欲しい。




「ひっ、何あれ」


 この悲鳴は妹ではない、私だ。ガラにもない声を上げてしまった。

 何だこれは。本で読んだものと全く異なる。男も女も裸。なんと汚らわしい。とくに男の裸など初めて見た。怖すぎる。


「姉様、大丈夫ですか?」


 なぜこの子は平気なんだ。この子は本すら読んでいないはずなのに。

 震える私を優しく抱く。またしても攻守が逆転しているではないか。そう、本来は私がやるはずだった。震えるこの子を抱き、もちろん売ることなどしないが、実際にここで売ってしまったらどんな顔をするだろうかと考えていた。


「出ましょうか?」


「なぜ、あなたは平気なのですか? 嫌ではないのですか?」


「もちろん嫌です。でも姉様が穢されるのを見るのはもっと嫌。だから私は立っていられますわ。姉様を守るために」


 妹が私よりも年上に見える。

 妹に守られる? 冗談じゃない。もう私は堕ちる寸前だ。太陽を回るどころではない。吸い込まれて溶けようとしていた。


「あー?」


 そんな私の裾を引っ張る者があった。誰だろうこの子どもは。

 しゃがんでその手を取ると嬉しそうに笑う。服も着ておらず、汚いが不思議と私を不快にさせない。


「すみません! このガキ! どこ行ったと思ったら!」


 顔は似ていないし、服もまあまあ上質。この子の主だろうか。おそらくは奴隷商。体を叩こうとしている。


「待て、やめなさい。こんなに幼い子が奴隷に?」


「ええ。たまにいるんですよ」


 この国の奴隷たちはある事情で奴隷とされ、国に管理される。だが実際に管理するのは民間で、私は会ったこともなかった。

 この不快感のない幼い子が大人になると、あの裸の大人たちのような雰囲気を持つようになるのだろうか。それこそ私は汚らわしいと思う。この場で私が最も受け入れがたいものだ。


「姉様、どうされたのです?」


「マーヤは、この場を見てどう思いましたか?」


「震える姉様も可愛らしいと。普段は見ませんから」


「私じゃない。奴隷たちやこの周りの空気です」


「姉様を汚す忌むべき空気」


「変えたいとは思わないのですか?」


「いいえ」


「……あの子を見ても?」


「あんな不潔な手で姉様に触るなんてどういうつもりなのでしょう」


 恒星に堕ちようとしていた私は軌道を取り戻した。妹の手を取るわけにはいかない。この子が照らそうとしない場所があった。それは私が照らしたいと思った場所でもあるのは運命か。

 私は決めた。彼らの太陽になり、この妹と戦うことを。


「姉様? 震えが、止まった?」


「何でもありませんわ。もう少し見ていきたい。構いませんか」


「……姉様がそうしたいのなら」


 まだ宣戦は布告しない。彼らの太陽になるといっても、彼らが私の惑星になってくれるかはわからない。もっと彼らを知り、共に戦えるようになったとき、私は妹に戦いを挑む。

 戦わずして私を取り込もうとしていたこの子はどうするだろう。この子は強い。もはやこの子の母親は敵ではない。私がこの子と戦いたい。倒して、私が王になる。




「うう……」


「姉様、また震えが。無理しないでください」


 慣れないものは慣れない。焼き印など見ていられない。帰りの馬車で私はつい妹の胸を借りて泣いてしまった。こんな調子で戦えるだろうか。

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