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腹黒糸目は気に入らない

アーノック視点です。

 ―気に入らない。

 

 北門の修復に来たアーノックは、細い目をぎらつかせて同じ現場の魔法使いを睨む。

 

 ―あの魔法使いが、僕より役に立っている。

 

 アーノックが氷で支柱や足場を作っても、その魔法使いにはには関係ない。なぜなら、その魔法使いは空を飛んでいたからだ。

 

 ―本当に気に入らない。

  

 「次、落とすぞ」

 

 「あいよ~」

 

 風を操る魔法を使うその魔法使いは、自らの足に風をまとわせることで滞空し、高所に残ったままの破壊された門の残骸を下におろす作業をしていた。風によって瓦礫を制御し安全に作業を行うため、アーノックの支柱も足場も必要ない。

 

 「どうしたの? 糸目が開いちゃってるよ?」

 

 「ほっといてくださいよ」

 

 「アーノック、こっちの足場が溶けかけてるぞ」

 

 「はいはい凍らせればいいんでしょう?」

 

 ―4人がかりで作業するより、あいつ一人でやった方が作業がはかどっている。気に入らない。僕が一番活躍して、ボーナス貰ってさっさと終わらせるつもりだったのに……

 

 「それにしてもよ。あいつすげえな」

 

 能天気な相棒の素直な感想が、アーノックをより惨めな気持ちにさせる。だがアーノックはそこでキレたりはしない。セバスター相手にキレて”うるさい”だの”黙れ”だの言っても無駄だと、長い付き合いで理解している。

 

 ―どうせセバスターはあいつが誰か知らないんでしょうね。

 

 「あいつはレイウッドという風魔法使いです。人類史上、唯一空を飛べる冒険者として有名ですよ」

 

 「へえそうなのか! 俺も空飛びてぇ。お前はできないのか?」

 

 ―できるわけねぇだろ。氷でどうやって空飛ぶんだよ馬鹿か。ああ、馬鹿なんだった。

 

 「無理ですね。氷魔法で空を飛ぶなんて不可能です。精々背中に氷で翼を生やして、滑空するくらいですね。やったことないですけど」

 

 「ほー、そんなもんか」

 

 ―”そんなもんか”って、馬鹿にしてんのかよ馬鹿の癖に……

 

 セバスターの無神経な物言いは、悪意ではなくただ無邪気な感想でしかない。それも理解しているアーノックは、胸の内で悪態をつくだけに留め、水に流す。

 

 話すだけ話して作業に戻るセバスターを見ながら、アーノックはさらに考える。

 

 ―そもそもこの依頼事態気に入らない。金貨5枚の前金ちらつかせて冒険者を集め、何をするかと思えばただの土木作業。冒険者舐めてんのかよ貴族の偽善者が。大体この作業に金貨15枚どころか1枚の価値もあるものか。絶対に裏がある。

 

 自分が一番活躍し、ボーナスだけではなく名声や王都の貴族とのコネクションなど、いろいろな特典を目当てに飛びついたはずなのに、自分より活躍する魔法使いが現れたことで、アーノックの機嫌は最悪になっていた。悪いことばかりが頭の中を占領する。

 

 ―なんでレイウッドなんかと比べられないといけないんだ。クソ、門の修復なんて受けるんじゃなかった。エリーの口車に乗ったせいだ。クソ、クソ、クソが!

 

 「ねぇアーノック」

 

 「んだよクソアマ!」

 

 ふいにエリーに話しかけられ、アーノックは素の態度で怒鳴るように返してしまう。

 

 ―しまった! クソ! 悪目立ちしたくないのにこのクソザコエリーのせいで……

 

 「な、なに怒ってるの?」

 

 「すいません何でもないです。ちょっとこっちに」

 

 「うわっちょっと」

 

 突然怒鳴られ戸惑うエリーの腕をひっつかむと、一旦作業場を離れ路地裏に連れ込む。

 

 一度思考を中断し、わずかながら歩いたことで、アーノックの思考は落ち着きを取り戻していった。

 

 「この依頼の報酬、覚えてますか?」

 

 路地裏に連れ込んだエリーに何の前置きもなしに質問する。

 

 「え? えっと前金で金貨5枚、終わったら15枚で、計金貨20枚」

 

 「高すぎると思いませんか?」

 

 「高いと思うけど、でも2人は報酬が高いからこの依頼に飛びついたんでしょ?」

 

 「飛びついたのはセバスターです。僕も報酬の高さにちょっと舞い上がってましたが、どう考えても今やっている作業に金貨20枚の価値はない。どうせこれが終わった後も、また何かやらされますよ。”金貨15枚が欲しくないのか”とか言って僕らを延々と働かせ、結局報酬は払わない。そういう魂胆(こんたん)でしょう」

 

 「な、なんでそんなふうに決めつけるの?」

 

 「僕ならそうするからですよ」

 

 「うわ……」

 

 「今やってる作業が終わったら、僕は報酬の金貨15枚を要求してみます。支払いを渋ったり別の仕事をさせようとしてきたら」

 

 「……そうなったら、どうするの?」

 

 ―……考えてなかった。暴れるか? それともトレヴァーとかいう腐れ貴族を殺す? どっちにしてもこいつ(エリー)に相談する内容じゃない。だが戦力にはなるはず……

 

 「前金で冒険者を釣って、顎で使っておいて、対価を払わないなら、それは僕ら冒険者に対する詐欺で侮辱で蔑みに他なりません。どんなことをしても約束の報酬を払わせます」

 

 力強くそう言い切ったアーノックは細い目でまっすぐにエリーの目を見る。

 

 「なんで、私に言うの? セバスターに言えば良いじゃん」

 

 「あいつは馬鹿ですから、今話したら今すぐ暴れるに決まってます」

 

 「ユーアさんにはどう説明するの?」

 

 「ユーアもおそらく報酬の高さに疑問を持っているはずです。この依頼がヤバそうなら雲隠れしてどっか行くつもりでしょうが、そこを突いて説得して見せます」

 

 ―正直なところ、なんの確証もない話だ。だが僕の感が、間違いなくトレヴァーは悪人だと言っている。絶対に裏があるに違いないんだ。


 「……もし本当に、この依頼がアーノックの言うとおりだったら」

 

 「だったら?」

 

 「その後どうするかを一緒に考えてあげてもいいよ。でも、ちゃんと報酬がもらえるようなら何にも協力しないからね」

 

 「ちゃんと報酬をもらえるなら僕だって何もしませんよ」

 

 ―なんだ、こいつ今まで気に入らないと思ってたけど、話せばわかる奴だったんだな。

 

 ッフっと口元を緩め、エリーとアーノックは作業に戻る。相変わらずアーノックはレイウッドを睨みつつも、氷魔法によってその場にいる他の冒険者の作業を手助けすることで活躍した。

 

 

 

 

 

 そしてその日の夕方

 

 「本日はありがとうございました。お約束の金貨15枚です。ありがとうございました」

 

 依頼を受けた倉庫に戻ると、あっさりと報酬を受け取ることになった。

 

 「……」

 

 「こっちみんな」

 

 エリーに虫でも見るような目で見られたアーノックは、”やっぱりこいつは気に入らない”と思った。

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