半ヴァンパイアは倉庫に行く
朝、目が覚める。
見える天井の模様がいつもと違うのを見て、一瞬戸惑った。
「ん……ふ……」
もぞもぞと私の上で動くエリーの声と感触を感じて、”そう言えば王都に来たんだった”と思い出して、安心する。
夢遊病で、夜寝てる間に何をするかわからないからという理由で手足を縛って、なぜか猿轡もするようになったエリーは、毎朝私の上でもぞもぞと動いている。半開きの目から見える瞳が黄色くて、猿轡をかんだ口を私の首や肩に押し当てている。最近はいつもこうだ。
「エリー? 起きて?」
左手でエリーの頭をなでながら起こす。しばらくそうしていると、エリーは一度目を閉じて、それから目覚める。目覚めた後は瞳の色は、いつものダークブラウンに戻っている。
不思議。
「ふが」
ひとまず猿轡外してあげる。
「おはようございます。エリー」
「おはよ」
手足はまだ縛ったままだから、エリーは腰を上げて、それから上体を起こして座る。その動作によどみや戸惑いがないから、エリーも縛られるのに慣れてきたみたいだ。ただ、座っているよりもうつ伏せに寝ていてもらった方がほどきやすいというのは伝えたほうがいいのだろうか。
「ほどきますね」
「うん」
とりあえずえりーの後ろに回って手首の紐をほどいてあげる。手が自由になれば足は自分でほどけるから、私がほどくのは腕だけ。
「……ねぇエリー?」
「なに?」
紐をほどきながら、瞳の色が変わったことについて尋ねようとして、
「やっぱり、なんでもない」
「ん? うん」
やっぱりやめた。なんとなく、聞いてはいけないことのような気がする。
「朝ご飯たべたら、すぐに出るんですか?」
「うん」
「遅くなってもいいですから、帰ってこれそうなら帰ってきてくださいね」
「うん」
王都にやってきて、ちょっと不安な気持ちもある。でもいつも通りにエリーを送り出すことにする。
あ、エリーが仕事してる間、私は何をすればいいんだろう? まぁ、何かエリーにしてあげられないか考えることにしよう。
2人で宿のモーニングを食べて、宿の出口まで一緒に行く。ユーアさんとセバスターとアーノックはすでに出口にいて、私たちを待っていた。
「ったく、女はいちいち準備が長いよなぁ?」
セバスターが開口一番で文句を言ってくるけど、エリーは華麗にスルーする。私もスルーする。
「お待たせ」
「行くか」
私の目の前でエリーが3人に合流して、出発する。なんとなく寂しい気持ちになる。
ふと、エリーが振り返って
「行ってきます」
って言ってくれた。もちろん行ってらっしゃいを返す。
私は、私にはあまり見せない表情で他3人の冒険者と話しながら歩くエリーをちらりと見て、部屋に戻った。
トレヴァー伯爵は領地を持っているけど、今は王都復興のために南東区に来ている貴族ということで、私たち冒険者はトレヴァー伯爵が使っている倉庫に集められた。
すでに何人かの冒険者が私たちより先にいて、倉庫内でそれぞれ依頼を受けていた。破壊されたまま直っていない北門、東門の修復。瓦礫撤去や砕けた石畳の回収。下水道からの異臭の解消……ほかにもいろいろな依頼が、倉庫内で冒険者に斡旋されている。
「なんだこれ?」
セバスターが思ったことをそのまま口に出してる。私も思ったけど。
「君たちも、伯爵の依頼を受けて来てくれた冒険者なのかな?」
仕事を斡旋していたおじさんが私たちを見つけて話しかけてくる。何というか、民衆の一人って感じのおじさんだった。
「王都復興のため、トレヴァー伯爵はいろんな町から冒険者を集めておいでなのです。現在王都が抱える問題を、冒険者を雇って解決しようという、あまり貴族らしからぬことをされているのです。どうかご助力ください」
と聞いてもいない説明をして、私たちにも依頼を受けるよう勧めてくる。
確かに、貴族が冒険者を雇うことは珍しい。魔女の入れ墨亭は貴族からの依頼を扱ってるらしいけど、あそこは秘密裏に依頼のやり取りをしてるらしい。そういう意味ではトレヴァー伯爵は、確かに貴族らしからぬって感じだね。
「気持ち悪いですね」
「え?」
ボソッとアーノックがつぶやいたのが聞こえて聞き返してみたけど、それ以上何か言うつもりはないみたいだった。
―どういう意味? 気持ち悪いって、何が?
私がいろいろ考えている隙に、セバスターたちが勝手に依頼を決めようとしてた。
「門の修復行こうぜ!」
「いやですよ力仕事なんて、瓦礫撤去もいやです」
「わがまま言うなよ。じゃあ下水道行くか? 絶対臭いぜ?」
「もっとよく探しましょうよ。楽に金貨15枚稼げる依頼が一つくらいあるはずです」
―あれは放っておくと変な依頼持ってきそうだね。私的には門の修復がいいな。壊したのギドだし、無関係じゃないもんね。
「破壊された門の修復にしようよ。アーノックがいれば簡単に終わると思うよ?」
「あん?」
「僕を顎で使うつもりですか?」
「いいじゃん。氷で足場とか支柱作れるでしょ? あと氷で重いものを上に運べるなら作業するみんなが楽になるし、活躍すればボーナスが出るかもしれないよ?」
”ボーナスが出るかも”なんて言っておけば、お金にがめつい2人なら食いつくはずと思って言ってみたんだけど、予想通りというか、やっぱり食いついた。
「ボーナスか! 出るかもしれねぇならやるしかねぇな!」
「氷魔法がどれだけ便利か教えてあげれば、きっとボーナスも出るでしょうね!」
―ちょろいね。
そう言えばユーアさんの希望を全く聞いてなかったことを思い出して、事後承諾みたいになっちゃったけど聞いておく。
「ユーアさんも、門の修復の依頼でいい?」
「ああ。俺はなんでもいい」
なんでもいいらしいので、とりあえず決定ということになった。