半ヴァンパイアは王都に行く
依頼を受けた次の日にマーシャさんと王都に向かう準備をして、翌朝。
「おはよう」
「おはよう。数時間ぶりだな」
私たちより先に集合場所である魔女の入れ墨亭の近くに来ていたユーアさんに挨拶する。朝早いんだね。
「その人がマーシャか」
私は昨日のうちに魔女の入れ墨亭に行って、リリアンさんに追加で1人王都に連れて行っていいか聞いて、オッケーをもらっていた。その時お店に居たユーアさんにも話しておいたので、ユーアさんも了承済み。問題はセバスターとアーノックだね。その辺はユーアさんが何とかしてくれるって言ってたけど……
「マーシャです。よろしくお願いします」
「おう」
「……」
「……」
―あ、特に会話しない感じ?
ユーアさんについて私は全然知らないんだけど、やっぱり世間話とかするタイプじゃないみたいだね。マーシャさんは積極的に話すタイプだと思ってたけど、ユーアさんには全然話しかけない。
「よぉお前ら」
「待たせましたか?」
ちょっと微妙な雰囲気を感じていると、問題の2人がやってきた。ただ、セバスターの顔がなぜかすっきりしてて、毒気が無いというかなんというか。
「ユーアさんあの2人になにしたの?」
「ん? ああ、娼館に行かせただけだ」
―なるほど、文字通りすっきりしてきたのね。その割にアーノックはいつも通りなのが疑問だけど。
「あ? なんだそいつ?」
「おやきれいな方がおりますね。どうされたんです? 冒険者に御用ならこの僕にお任せを」
アーノックがいきなりマーシャさんにお近づきになろうとしてるけど、無駄だよ。昨日のうちに2人の悪い面をいっぱい吹き込んでおいたからね。
「王都に一緒に行くだけですから」
ほら、マーシャさんもひらりと躱して視線どころか顔ごと背けてる。
「はぁ~い♪ みんな集まってるわね? それじゃいってらっしゃ~い♪ チャグノフさん? あとは、よ、ろ、し、く、ねぇん♪」
突然お店から出てきたリリアンさんは、私たちにそれだけ言ってすぐに店に戻っていった。そのあと顔色が悪いチャグノフさんがとぼとぼと歩いてくる。
「……こっちだ」
あからさまにテンションが低いチャグノフさんは、店のすぐ近くに停めてあった2頭馬車に私たちを案内してくれる。チャグノフさんは御者をしてくれるようだ。
何があったのか聞きたいけど、まだあって数日しか経ってないし本人に聞くのはなんか勇気がいる。他になにか知ってそうな人は、同じく会って数日のユーアさんか悪人2人。う~ん……
「ねぇ、チャグノフさんは何かあったの?」
「あ? ああ、チャグノフの旦那か」
セバスターに聞いてみることにした。いつも通りのアーノックはともかく、晴れ晴れとした顔のセバスターなら邪険にせず教えてくれるかなと思って。ユーアさんに聞くのもなんか怖かったし。
「旦那はな、リリアンに好かれて、めちゃくちゃアタックされてんだよ」
―おおう……
「リリアンと一緒に出てきたってことは、出てくる直前まで猛アタックされてたんじゃねぇか? リリアンは無理やり襲うのは趣味じゃねぇとか言ってるから、たぶんこう、壁に」
「わかった! おしえてくれてありがとう」
具体的にどういう風にアタックされたかは聞きたくないよ。
「早く乗ってくれ」
チャグノフさんが急かすので、私たちもさっさと馬車に乗り込んで出発する。王都まで割とすぐ着く来るから、着いたらすぐマーシャさんを2人から引き離そう。
王都に着くまでずっとアーノックが、そう言うのに経験のない私でも”脈なし”とわかるような態度を取り続けるマーシャさんを口説こうとあがいていたのがうるさかったくらいで、特に何事もなく王都に着いた。
5人でぞろぞろと馬車を降りると、チャグノフさんが話しかけてきた。
「依頼が終わるまで王都で待って、お前らを送って帰りたい」
―”送って帰る”じゃなくて”帰りたい”?
「どうせ俺らを王都に連れていったらすぐ帰ってこいって言われてんだろ? 店主さんによ」
「ああ、そうなんだ」
帰りたくないってことかな? チャグノフさんも大変だね。リリアンさんは悪い人には見えないけど、そういう意味で迫られるといろいろとすごそうだし。
「帰りは王都で馬車拾うなりしてくれ。歩いて帰れなくもない距離だが」
確かに丸1日歩けば帰れそうだけど、マーシャさんには厳しいだろうね。馬車で帰ろう。できればセバスターとアーノックとは別の馬車で。
トレヴァー伯爵のところに行くのは明日にして、今日はとりあえず宿探し。ユーアさんと悪人2人と、明日の集合場所を決める。とりあえず王城の近くの広場になった。
「それじゃ」
「おい待てよ」
決めること決めたし、さっさと宿を探しに行こうとすると、セバスターが待ったをかけてきた。どうせろくなことじゃない。
「なに?」
「ユーアも俺たちと同じ宿に泊まることにしたぞ。お前らも来いよ」
―ほら来た。どうせ夜中に私だけ呼び出して、マーシャさんを襲おうって算段でしょ? 絶対に嫌ですけど。
「いやだよ。集合場所決めたんだから同じ宿に泊まる必要ないじゃん」
「待てって」
「また明日ね」
一方的に会話を切って、マーシャさんの手を掴んでさっさと移動する。とりあえず、物価とかいろいろ安いらしい北西の方に行こうかな。安く泊まりたい。
ふと、周囲の匂いを嗅いで、さっと見渡して、気が付いた。
それなりに整備された王都の風景が、ここ北西の区画だけ違う。何か嫌な臭いがする。
ちらほら見かける人が。
壁を背もたれに座る人たちが。
じっと、ぎらついた目で私たちを見ている。
「エ、エリー? ここ、なんだか不気味な気がする」
マーシャさんもこの辺りの雰囲気に怯えているみたいで、私に一歩近づいてくる。
スッと目を細め、周りをよく見てみる。
見える家々の壁は、上の方はきれいな白に塗られているのに、人間の背丈ほどの高さから下は黒い染みが付いている。よく見れば、手形のような染みも見える。
私たちをじっと見る人たちの身にまとうものは、袖や裾がぼろぼろになっている。靴も擦り切れ、つま先が露出している人もいる。
なんとなく感じる嫌な臭いは、何日も体を洗っていない人の匂いのような気もしてくる。そういう、生っぽい匂い。
―北西区は物価が安いし時価も安いから、王都の中でも貧困層が住んでいて治安が悪い。とは聞いていたけど、想像してたよりひどい。もうスラム街みたいになってる。
「マーシャさん。やっぱりこの辺りの宿に泊まるのはやめよう」
「そうですね。そうしましょう」
―ちょっと高くてもいいから、安全な宿にしよう。どこにあるか知らないけど。 ん?
私たちが踵を返すと、なぜかユーアさんが居た。
「やっぱり、安そうだからと北西区に来ていたか。この辺りはよせ」
そう言ってユーアさんは私たちの前を歩いて、北西区から南東のほうに歩き始める。どこかに案内してくれるみたいだった。
「アンデッド襲撃の事件は知ってるな? あの時大量のゾンビが出たらしいんだが、聞いた話だと、王都の北西区に住んでたやつらのほとんどがゾンビになっていたらしい。実際、かなりここの人口密度が低く見える。もっと人がひしめき合っていてもおかしくないのに、だ」
ユーアさんはスタスタ歩きながら、振り返らずに教えてくれる。
―あの時たくさん出たゾンビ……いや、ゾンビみたいな人達は王都の人達だったんだ。
「よく知ってるね」
「冒険者なら大抵しってるぞ。魔女の入れ墨亭に指名手配書が張ってあったのを見てないのか?」
―そんなのあったっけ?
「見てないよ、そんな暇なかったし」
「そうか。その指名手配書に、事件の時のことがいろいろ書いてあったぞ」
―というか指名手配って。
「えっと、指名手配されてるのって」
ユーアさんは相変わらず振り返らずに、教えてくれた。
「ホグダ・バートリーとその弟のアランだ。ホグダは死霊術士でアランはハーフヴァンパイアだと書かれていたな。魔術師に魔物の姉弟とは、おかしな話だ」
―え……なんで、バレてるの……?
その話を聞いたとき、ピタリと足が動かなくなった。思ったことを口に出さなかったのは、とっさのことだった。