半ヴァンパイアは説明する
昔小人の木槌亭で、メーターモグラの群れの討伐依頼を受けたことがある。ピュラの町から少し離れたところにある村で、畑を荒らしまくる大きなモグラが居るから倒してきてっていう依頼だった。
「群れ相手にエリーちゃん1人で戦うのは流石にしんどいだろう? ちょうど暇してる2人パーティが居たから、同じ依頼を受けてもらっておいたよ」
なんて渋い声で言われて、私は1人でやりたかったけど、マスターの厚意を受け取って3人で行くことにした。
依頼はなんてことなかった。というか、一緒に討伐をしたアーノックの氷魔法のおかげでとても簡単に片付いた。
アーノックが畑全体の温度を一気に低下させると、畑の地下に大量に潜んでいたメーターモグラは一斉に逃げ始めた。メーターモグラは地面を掘って移動するから、地面が盛り上げる。だからセバスターと私で盛り上がったところを攻撃すれば、あっさりとメーターモグラは死んでいった。
2日ほどかけて村全ての畑のメーターモグラを討伐し終えて、ピュラの町に帰ろうかなって時にセバスターとアーノックが
「もう昼過ぎだな。今から帰ったんじゃ夜になるし、今日は一泊して明日の朝帰ろうぜ!」
「せっかく依頼を終えたのに、町に戻る時に何かあっては困ります。そうしましょうよ」
って言いだした。反対する理由もなかったから、私も村でもう一泊することにした。
セバスターもアーノックもずっと外行き用の顔で、イケメンとさわやか青年って感じでふるまってて、私も騙されてた。なんの悪印象も持ってなくて”なんで小人の木槌亭みたいなマイナーなお店にいるんだろう? もっとたくさん依頼が来る店に行けば、人気者になると思うのにな”なんて思ってた。
その日の夜。寝泊りのために借りていた部屋で休んでいた時、2人分の足音と扉がノックされる音が聞こえてきた。
「誰?」
「俺」
「それじゃ伝わりませんよ。セバスターとアーノックです。入っていいですか?」
―もう明日にはピュラの町に帰るのに、一体何の用事だろう?
「あ、うん。どうぞ」
私が貸してもらってる部屋には、休むためのベッドくらいしかなくて、扉にも鍵はついてない。だから”どうぞ”と言えば2人はわざわざ出迎えなくても部屋に入ってきた。
2人はベッドに座る私を見ると、ざっと部屋を見渡した。
「俺らが借りてる部屋とほぼ同じだな。家具がベッドしかねえ」
「そうなんだ」
セバスターが近づいてきて、私の隣に座る。近くで見れば整った顔してるね。あと筋肉質。
「俺らは2人部屋だからちょっと広いぜ。エリーもこっちで寝たらどうだ?」
「ベッド2つしかないでしょ」
「持ち込めばいいだろ?」
「明日の朝には出るんだし、めんどくさいよ」
ニコニコ笑顔で話してくるセバスターに私が、”ちょっとなれなれしいな”なんて思いながら返事をしてるとき、アーノックはまだ部屋をジロジロ見てた。
「もう帰る支度を済ませたたんですね」
部屋の隅に置いてある私の荷物を見ながらそう言ってきた。持ち込んだ着替えとか装備とかはもうまとめてある。
「うん。2人はまだ支度してないの?」
「ああ……まぁな」
少し間をあけた返事に、ちょっとだけ違和感があった。アーノックが私がまとめた荷物からセバスターに視線を移して、2人で何か頷きあっているように見えた。
「それで、何か用事があって来たんじゃないの?」
「ああそう言えばそうでした」
スタスタとアーノックが近づいてきて、セバスターと挟むようにして私の隣に座る。
―え、なに?
何となく2人から不穏な空気を感じ取って、とっさにベッドから立ち上がろうとする。けどガシッと左右から両腕を掴まれて、そのままベッドに引き倒される。
「なっ、なにするの?!」
聞かなくてもわかる。というかやっとわかった。この2人は私を襲いに来たんだ。
「わかってんだろ? 良いじゃねぇか」
「ちょっと貧しい体ですけど、それもそそりますね」
私が初めてセバスターとアーノックの本性、素の顔を見たのはこの時だった。2人がかりで覆いかぶさろうとしてくるその顔が、今まで見せていた善人の顔とは全然違う、下品な顔だった。
―この人たち、もしかして
この2人はこういうことをよくやってるんじゃないかって思った。セバスターが私に近づいて話してる隙に、アーノックが襲っても大丈夫な状況か確認してたんだ。私が武器を荷物と一緒においていて手元になかったのをみて、セバスターに何か合図を送ってたんだと思う。
「……手慣れてるね」
「まぁな。ヤれそうな状況にだけはこいつは鼻が利くんだ」
「それは僕だけじゃないでしょう? ヘヘヘヘ」
「それで、襲われちゃったんですか?」
マーシャさんが心配そうな顔で……いや、なんか血走った目で聞いてくる。
「ううん。ぼこぼこにしてやったよ」
「……2人同時に?」
「相手が油断してたからかな」
―まぁ普通の人間と私が素手で戦ったら、ハーフヴァンパイアの私に軍配が上がるからね。相手が4人とか5人とかだったらいい勝負になるかな。
「それで、どうなったの?」
「セバスターもアーノックも縄で縛って、それから村の人に事情を説明して、2人の処遇は村に任せたよ。馬車で返れるならピュラの町に連れ帰って突き出してたところだったけど、歩きだったから」
あの時は大変だった。セバスターもアーノックも外面がいいから、最初は村の人が私の話を信じてくれなかった。アーノックが暴言吐きまくりで暴れてたから信じてくれたけど。
マーシャさんは”そんなことがあったんですね”なんて神妙な顔してた。心配させると思って、マーシャさんに黙ってたから知らないのは当然なんだけど。
「あとで知ったんだけど、あのセバスターとアーノックは他にもいろいろ悪いことしてたみたい。盗みとか詐欺とか。で、元居た冒険者の店から追い出されて小人の木槌亭に来るようになったんだって」
もっと早く知ってれば関わらないようにしてたのに、と思わなくもない。
「で、その2人ともう一人の冒険者の4人で依頼を受けることになっちゃったの。だからマーシャさんが付いてきちゃったら危ないんだよ」
―主にマーシャさんの貞操とかが。
「……エリーは危なくないんですか?」
「大丈夫だよ、あの2人は私のこと嫌いだからね。今回の依頼だって、きっと私を嫌う気持ちより報酬が高いから食いついただけだよ」
―たぶんセバスターもアーノックも女の人ならだれでもいいんだろうけど、一度返り討ちにされた人をもう一度襲うほどじゃないはず。
とりあえず、なんでついてきたら危ないかはわかってもらえたと思う。
「じゃあやっぱりついていきます」
「うん。その方がいい……あれ? 話聞いてた?」
「エリーはそのセバスターやアーノックより強いんでしょう? エリーが守ってくれれば安全です」
「いやでも」
「大丈夫、依頼が終わるまで私と一緒にいてくれればいいだけです」
―いやいや、それはちょっと待ってよ。
「行った先で何をするのかわからない依頼んなんだよ? 一緒に居られないかもしれないじゃん」
「その時は他の冒険者もエリーと一緒に行動するんでしょう? なら私は安全じゃない」
「えぇっと……えっと……」
私がなんて言ってあきらめてもらおうか考えてると、マーシャさんからまたうっすらと怒気が漏れ始めた。
「もしかして、エリーは、私と一緒に居るのが嫌なの……?」
―あ……これは、説得は無理かな。
セバスターとアーノックがどういう人なのかは説明できたけど、結局一緒に行くと言い張るマーシャさんは説得できなかった。ただ長々と昔のこと話しただけになっちゃったよ。