半ヴァンパイアは取り戻す
「エリーてめえ! なんで合鍵持ってやがる! どこで手に入れた!」
背後でガチャっと扉が開く音がして、セバスターが怒鳴り込んできた。外行き用の顔しなくていいのかな。というかこの金属の棒は”合鍵”なんだね。今までなんて言えば良いかわかんなかったよ。
「コルワさんにもらったん……だ、よ」
”うるさいなぁ”なんて思いながら入ってきた扉の方を振り返って、驚いた。いつの間にか他のお客さんがいる。入る時に店の中を見回して、他のお客さんはいないように見えたのに……タバコを吸ってる人が当たり前のようにテーブル席に座ってる。
―あ、え? 私が入った後はセバスターが入って来るまで、一度も扉を開けた音はしなかったと思うんだけど、あの人いつ入ってきたの? 最初からいて、私が見逃してた? そんなまさか。
「お、ユーアも居たか。相変わらずタバコなんか吸いやがって。一本よこせ」
「断る」
―セバスターが素で話してるってことは、本性を知ってる人なんだね。ユーアって名前なのかな。
セバスターの後に続いてアーノックも入ってきた。アーノックも私に何か言いたそうにしてたけど無視して、ユーアって人に近づいてみる。
真っ黒な外套のフードを被っていて顔はよく見えない。古ぼけて壊れそうな槍を背負ってるけど、腰を見ると剣も持っているみたい。槍の古さから見て、たぶん使ってるのは剣だけっぽい。なんで槍背負ってるんだろう?
「ええっと、いつからここに?」
「君が入って来る1時間ほど前からだ。気づかなかったみたいだがな」
―それが本当なら、本当に私が気づかず見逃してたってことになるね。なんで気づかなかったんだろう……?
タバコは趣向品。それも一部の愛煙家の貴族が自分の領地で造って自分で楽しむか、仲のいい人に譲るくらいでほとんど出回らない。そのタバコを冒険者が吸うことはできても、継続的に吸い続けるとなるとかなりお金がいる。でもこの人はそれが当たり前みたいにに吸うし、セバスターの言い方からしてよく吸ってるんだろうね。
―貴族には見えないからお金持ちの冒険者とかかな。それとも愛煙家の貴族にコネクションがある……とか? う~んわからない。いろいろ気になるけど気にしないでおこう。
ユーアさんについていろいろ考えてると、カウンターの方から2人分の足音が聞こえてきた。
「エリー?」
聞き覚えのある声。振り向けば、茶髪のボブカットでリリアンさんとよく似た色のドレスを着たコルワさんが見えた。会うのはグイドで別れたきりになるから、久しぶり。
「コルワさん」
コルワさんの後ろからリリアンさんも出てくる。
「あらセバスちゃんにアーちゃん、来てたのね♪ あとユーアちゃんも、相変わらずいつの間にか居るわね。その癖直しなさいな」
「今日も飲みにきたぜ」
「お邪魔してます」
「……ああ」
セバスターとアーノックはスッと外行き用の顔と声になってる。リリアンさんとコルワさん、あとチャグノフさん相手には下手に出るんだね。
「エリー、生きていたんですね。てっきりもう……」
―コルワさん、心配してくれるのはうれしいけど、勝手に殺さないでください。
「ごめんなさい、ちょっといろいろあってピュラの町になかなか帰ってこれなくて」
「知っています。グエン侯爵が来られて、王都で起きたことをいろいろ聞かせてくれましたから」
―え、グエン侯爵が来てたの? そう言えばグエン侯爵にも、王都で攫われてから会ってない。無事に生きてると伝えたほうがいいかな?
「これを預かっています。どうぞ」
コルワさんは白い布に包まれたものを私に差し出してくれた。受け取って布を取ってみると、それはルイアの砂浜に置きっぱなしにしてきた、私のショートソードだった。
「これ、私の」
「そうです。エリーの武器です。グイドの兵士たちがルイアの町の調査をした際発見したそうで、もしかしたらエリーのものではないかと、ピュラの町まで届けに来てくれたんですよ」
―そうだったんだ。私の知らないところで、いろいろやってくれてたんだね。
「ありがとうコルワさん」
潮風に晒されて錆びてるかなと思ったけど、丁寧に手入れされてるみたいで、すぐにでも使えそうな感じ。オーダーメイドで造ってもらった武器だから、同じようなものを用意しようにもお金と時間がかかるな~って思ってたんだ。今度グエン侯爵のところにもお礼を言いに行こう。
「グエン侯爵は、『エリーの形見になるかもしれない』なんて言い残して帰られましたよ」
そう言ってすっきりした顔で笑いかけてくれる。それはいいんだけど、やっぱり勝手に殺さないでほしいよ、グエン侯爵。とりあえずショートソードを握ってみると、久しぶりなのにしっくりくる感じだった。鞘だけは持ち歩いてたから、鞘に納めて腰に下げておく。
―グエン侯爵と言えば、一緒に王城に行ったあの人はどうなったんだろう?
「そう言えばあの、えっと、あの人……名前が思い出せない」
「ゾーイ商会のドーグさん?」
―そう、そんな感じの名前だった。
「そうそう、あの派手な服の上に地味な外套の変なおじさん」
コルワさんはブフッと噴き出す。
「ドーグさんはグエン侯爵のところで働いているそうですよ」
―そっか。みんな無事だったんだね。良かった。
「はぁい! ちょうどいい機会なので、依頼のお話をするわよん♪」
私とコルワさんのいい感じの雰囲気をぶっ壊して、リリアンさんが全体を仕切り始めた。テーブル席でユーアさんからタバコを強奪して吸っていた悪人2人もリリアンさんの方見る。
「うちの店で4人も冒険者が集まるなんてめったにないの! だから今まで忘れてたんだけどぉ、ちょうどいい依頼があるのよ。4人で受けないかしら?」
「報酬は?」
「前金で金貨5枚。依頼達成で15枚よ。王都の貴族様からのご依頼だから、破格なの♪」
「よし受けた!」
真っ先にセバスターが食いついてるけど、アーノックは目頭を押さえてる。セバスターがアーノックの予定も聞かずに勝手に決めちゃったせいかな。そんなことより私はどうしよう?
「どんな依頼なんだ? それがわからないと受けるもクソもないぞ」
「トレヴァー伯爵っていう貴族様が冒険者を集めてるの。具体的に何をするかは教えられてないけど、たくさんの冒険者が依頼を受けて王都に向かってるわ。うちの店としては貴族様とのコネクションは大事なのよ。行ってちょうだい?」
「……期間は?」
「それもわからないわね。まぁ期間がきっちり決まってる依頼なんて滅多にないんだし、気にしなくていいんじゃない?」
―ユーアさんも受けるのかな。私は、行けないかも。マーシャさんを1人置いて行くとなると、たぶんマーシャさん嫌がるし、私もマーシャさんを1人にするのはもう嫌だな。
「エリーも行くだろ?」
「行きますよね?」
悪人2人が外行きの顔で決めつけてくる。
「いや私は」
「ユーアもいいだろ? よし、この4人でその依頼うけるぜ!」
「あっちょっと」
「たすかるわ~♪」
―この2人は本当に……なんで私の都合無視して話進めるのかな!
「まぁいいだろう。きな臭い依頼なら途中で投げるだけだ」
―ああなるほど、私も知らぬ存ぜぬで投げ出せば……
「それは困ります。うちの店の信用にかかわりますから」
―ですよね。
あれよあれよという間に、私も王都のトレヴァー伯爵のところに行くというよくわからない依頼を受けることになっちゃった。マーシャさんになんて言えば……
ユーアが吸っているのは紙巻タバコではなく葉巻タバコです。