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伯爵は演説する

 人間の国の王都の南東にある、くの字に折れた川の流れの内側の区画。エリーとホグダとギド、そしてサイバたちの襲撃の際もっとも被害が少なかったその区画には、都の復興のために資材を置く倉庫がいくつも立ち並んでいた。

 

 「現在このクレイド王国王都は、先日のアンデッド襲撃から立ち直る真っ最中です。破壊された門や王城の修復に、失われた数えきれないほどの民たちへの弔い、そして全滅しかかった神官たちの補充……あらゆるものが足りなくなった王都に必要なものは、このほかにもたくさんあります」

 

 王都復興のため自分の領地から大量の建材や食料を運んできたオイパール・トレヴァー伯爵は、建材も食料も運び出され空っぽになった倉庫に、王都の民衆を20人ほど集め、秘密の演説会を行っていた。

 

 「今こそ、十数年もの間に国の発展を優れた内政によって進めてきたジャンドイル・クレイド王、そして王弟であるジークルード殿下のお力を存分に発揮していただかなくてはいけない時です。ところが!」

 

 トレヴァー伯爵腕を力強く振り、よく通る声を出し、聞くものたちを自分の言葉に集中させる。

 

 「ここ数カ月、王家は動きを見せていません」

 

 トレヴァー伯爵の演説に、瓦礫(がれき)撤去のため雇われた男が異を唱える。

 

 「しかし、王都に食料や水などの物資を運びこむときに税金がかからなくなったり、水の持ち込みに関しては金貨数枚の褒美がもらえたり、復興のための制度がいくつか作られたじゃないか」

 

 それに対して、トレヴァー伯爵は一つ頷き、こう返答した。


 「その通りです。他にも復興に役立つことなら王都が褒美を出す制度が作られています。しかし、それは王城に努めるリオード伯爵が布いた制度であり、王家が動いたわけではないのです」

 

 「では、王家は一体なにをしていたのですか?」

 

 その質問は誰がしたのかわからなかったが、ここに集まる民たち全員の疑問だった。

 

 「……王弟殿下はみな知っているように、あの襲撃の日に重い病を患われてしまい、今も闘病しておられます。そして王は……ジャンドイル王は、王弟殿下を見舞うばかりで、国の運営には手を付けていないそうです。つまり」

 

 トレヴァー伯爵は、ここで言葉を切った。この後の言葉は、わざわざ言わなくても伝わっていた。

 

 「何も、していない……?」

 

 民たちの誰かが、口に出した。その疑惑は、その言葉を聞いたほかの民たちに伝播し、また誰かが口にだす。そうしてものの数分で民たちの不安や不満が膨れ上がっていった。

 

 「皆さんはあの日のことを、どれだけ覚えていらっしゃいますか? 私は覚えています。昨日のことのように、頭の中に残っています」

 

 スッと息を吸い、トレヴァー伯爵は続ける。

 

 「一度ならず2度までも門を破壊され! 2度も王城まで攻め込まれ! 挙句無数の民たちはゾンビに変えられ! 無残な死を強制されました! あの日の兵士たちに、何ができましたか? 門の突破を許し、王城の入口に固まって、王城に押し寄せる民衆に槍を向けたのです!」

 

 トレヴァー伯爵は、今いる南東の区画を、川の流れを防衛線として守り抜いた兵士のことを棚に上げ、悪意的解釈を通した評価だけを伝える。

 

 「あの日の騎士たちは、何をしていましたか? 重厚な鎧に煌びやかな武器を手に、彼らは王城内に居た貴族だけを避難させ続けました! 神官たちは? ただゾンビに食われていました!」

 

 もちろん騎士は貴族を守る貴族であり、彼らはある意味自分の仕事を全うしたと言える。だがトレヴァー伯爵は、民たちを守るべきだったのに守らなかったというように伝える。

 

 「……では、冒険者たちは? 彼らは王城には入りませんでした。王都から逃げるものもいませんでした。彼らは民を避難させることも、背中に庇うこともしませんでした。ですが、彼らはゾンビと戦いました」

 

 兵士も冒険者も戦った相手はゾンビやギドの部下のスケルトンであったが、トレヴァー伯爵は冒険者だけを持ち上げるべく、兵士たちが戦ったのは民衆だったと言い張る。

 

 「そもそも、2度も同じ手口で襲撃を受けることがおかしいのです! 2度目があると想定し、早急に対策を取らなかったのは、怠慢ではないでしょうか? その結果、誰が被害を受けましたか? 貴族? 王家? 違います。被害を受けたのはあなたたち無垢の民だ! あの日家族を、友人を、恋人を失った人が、この中に何人いるのか、私にはわかりません。ただ、あなたたちから本当に意味で身近で大切な人々を奪ったのは、誰なのでしょうか?」

 

 あえて問う形で演説を続けるのには、理由があった。聞くものたちが、誰のせいで大切な人を失うことになったのかを”自分で考え、答えを出した”のだと思わせるためだった。

 

 集団洗脳、あるいは思考の誘導。トレヴァー伯爵の演説には、それを可能にする力があった。

 

 もちろん、たかが演説を聞いただけでは洗脳されない者もいる。彼らは、今ならトレヴァー伯爵の演説を、”王国への反逆である”と告発することができたし、聞かなかったことにして、忘れて、明日からの日々を過ごすこともできた。だが、彼らは圧倒的な少数でもあった。

 

 「……そうだ。国が、兵士たちがしっかり守ってくれれば、俺の娘は死ななかった」

 

 「私の恋人を奪ったのは、王の、怠慢……?」

 

 圧倒的な少数である彼らの周りには、トレヴァー伯爵の演説に感化され、誘導され、作り出された怒りや悲しみに打ち震える民たちがひしめき合っていた。

 

 「そして今、あの襲撃からの復興にすら王家は動かない。皆さんはこのままでよいのですか? 今の王家に従い続けることに、不満はありませんか? 困っていようが命の危険にさらされようが、私たちのことを放置する王家に従い続えたいですか?」

 

 「お断りだ!」

 

 「ふざけんな!」

 

 不満、不信、不安……負の感情は怒りというエネルギーに変わり、集まった20人の民は燃え上がる。トレヴァー伯爵の演説に洗脳されなかった少数の彼らは、その燃え上がる隣人たちに困惑する。

 

 ”こんなふうに怒っていないのは自分だけなのか”

 ”自分の方がおかしいのか”

 ”自分だけ仲間外れになるのは怖い”

 

 そんなふうに考えてしまう。彼らは自分を偽り、ウソの怒りを燃やし、周囲に”同調”する。

 

 「皆さん落ち着いてください。皆さんのお気持ちは、このオイパール・トレヴァーが聞き届けました。この王都を救うため、私の領地においでください。王家に代わり、我々がこの都を先日の悲劇から立ち直らせるのです」

 

 トレヴァー領へ向かうことと、都の復興に尽力することは、一見つながりが無いように見える。だが、トレヴァー伯爵が自身の領地から多量の建材や食料を持ち込んだことを知るものは、この2つをつなげて考えることができた。

 ”トレヴァー領には王都を復興させるだけの資源や設備があり、オイパール領に向かえば、その資源や設備をもって復興に(たずさ)わることができる”と解釈できてしまった。

 

 何人もの民が”トレヴァー領に向かう”と宣言する。そして隣人が宣言していなければ”お前はいかないのか?”と無言の圧力をかける。もはやそこには選択肢など無かった。もし”行かない”などと言えば、”先日の襲撃で死んだ人間のためにも、いち早く復興せねばならない。それに協力しないなんてありえない”などと言われ袋叩きにされかねない。ただの倉庫だったはずのそこは、そういう空間へと変貌していた。

 

 「協力に感謝します。ここに居る全員で、都に復興を!」

 

 「「「復興を!」」」

 

 示し合わせたかのような合唱で演説は締めくくられた。

 

 

 

 

 演説を終え倉庫を出たトレヴァー伯爵の下に、3名の民が駆け寄っていった。トレヴァー伯爵は、演説では最期まで見せなかった笑みを浮かべ、3人の方を振り返る。

 

 「どうしました? 何かわからないところでも?」

 

 「ああ、質問がある」

 

 「なんでしょう?」

 

 「復興だけで、いいのか?」

 

 トレヴァー伯爵はますます笑みを深くしつつ、目だけは鋭くなった。

 

 「国を統べる王家が変わらなければ、きっとまた同じ悲劇が起こる。だったら、復興だけで終わっていいわけがない。そうだろ?」

 

 20人の内、3人。それがトレヴァー伯爵の本当に求める人材の数だった。

 

 自分の演説を大して理解しないまま共感し、領地に来て何かをして都を復興させたい。などと考える者は必要ない。

 

 演説の内容にわずかながら疑問を持ち、その疑問が何かわからないまま周りの雰囲気にあてられて領地に来る者などもってのほか。

 

 トレヴァー伯爵が本当に欲するのは、大事な人を失ったことを王家の責任として、都の復興を大義名分として、王家への復讐を望む者たち。本当の意味で演説の内容を理解し、深く共感した者たちだ。 

 

 「そうですね。では、あなたたち3名は私の領地へ赴くのは無しということにします。そして」

 

 「そして?」

 

 一度話を切るトレヴァー伯爵に、3人は続きを促す。

 

 「そして、あなたたちのような同志を増やすため、次の演説の手伝いをしてもらいましょう。もう少し同志を集めたら、次は冒険者を味方につけます」

 

 冒険者は先ほどの演説でトレヴァー伯爵が唯一持ち上げた戦力だった。そして兵士や騎士と違って国に雇われているわけでも忠誠を誓っているわけでもない、いわば宙に浮いた戦力。

 

 味方につければ、王家打倒のための戦力になる。

 

 演説を聞き、深く共感し、興奮した3人の民たちには、この話が現実的なもののように聞こえた。

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