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半ヴァンパイアは誤解される

 ピュラの町に帰ってきて、今日で何日目になるのかな。

 私はマーシャさんと一日中一緒にいるという約束を守り、家の中はもちろん出かけるときも一緒に出掛けたりしてる。仕事が無い分、私がルイアに行く前より一緒にいる時間は圧倒的に長くなった。すると当然というか、マーシャさんのスキンシップも増えることになっちゃった。

 

 「エリー、すぅ、エリー……エリー、すぅ」

 

 夜はいつも一緒に寝る。ベッドは2人分あるけど、マーシャさんに一緒にいる約束を持ち出して一緒に寝ると言い張られると、従うしかない。

 

 「あ、あの、さすがに恥ずかしいよ」

 

 日を追うごとにマーシャさんのスキンシップが増え、同時に過激になってく。昨日は私の体を拭こうとしたし、朝ご飯は手づかみで食べる物を選ぶようになって、食べた後の指を私の口でしゃぶらせようとしてくる。ちょっと行き過ぎなんじゃないかな。

 

 今はベッドにあおむけになった私の上に、マーシャさんが寝ている。押し倒されているともいう。もし私かマーシャさんの性別が男だったら、完全に大人の営みの一歩手前に見えると思う。違うけど。

 

 「良いじゃないですか。エリーが居なかった3か月分のエリー成分を補給するんです」

 

 マーシャさんは私をベッドに押し倒して、それからずっと私の匂いを嗅いでる。体臭を嗅がれるのがこんなに恥ずかしいとは思わなかった。そして嫌がってもやめてくれない。なにより……

 

 「はぁ……はぁ……なんですか、その成分……はぁ」

 

 血が飲みたくなってしまう。もう完全に飢餓状態だよ。もしマーシャさんが私の首筋に顔をうずめてなかったら、一発で黄色い瞳や伸びた牙を見られてるところだった。できれば私の顔を見ないまま離れてほしい。これから一晩吸血衝動を我慢し続けないといけない私に、ちょっとは容赦してほしい。

 

 「すぅ……いい匂いですよ?」

 

 謎成分に関しては何も教えてくれないみたい。たぶん適当に言ってるだけだと思うけど。

 

 「(くさ)く、ない?」

 

 「臭いなんてことないです。エリー独特の、ちょっと柔らかい感じの匂いです」

 

 ―余計恥ずかしくなったよ。聞くんじゃなかった……

 

 「はぁ、もう、いい?」

 

 「まだ」

 

 「い、いつまで? ふ、ぅ」

 

 「満足するまで」

 

 ―そんなこと言って、いつまでも続けるんじゃ……もしかして、マーシャさんが寝落ちするまでずっと……? 

 

 私の懸念した通り、マーシャさんは寝るまでずっと私の体の匂いを嗅ぎ続けた。首筋、胸元、お腹、指先や腕。脇の下も嗅ごうとしてたけど、さすがに恥ずかしすぎるから必死で抵抗して死守した。あと、指先の匂いを嗅いでるときは私の顔が見えちゃうから、ずっと(まぶた)と口を閉じてた。

 

 ”息が荒いですね。匂いを嗅がれて興奮するの?”なんて聞かれたから、”恥ずかしくてこうなってるの!”と言ってごまかした。マーシャさんは心なしか嬉しそうだった。

 

 「すぅ……すぅ……」

 

 マーシャさんの寝息が聞こえてきた。やっと寝てくれた。もう匂いを嗅がれないと思うと、ほっとする。

 

 ―けど、まだ我慢しないと。朝まで耐えないと……

 

 結局マーシャさんは私に密着したままだし、ちょっと視線を動かせば無防備な首筋や鎖骨、柔らかそうな二の腕が、私の口のすぐ近くにある。そして、マーシャさんのおいしそうなにおいもする。

 

 私はハーフヴァンパイアだから人間の匂いには敏感みたいで、マーシャさんみたいに鼻を近づけて嗅がなくても、近くにいるだけで匂いははっきり感じる。マーシャさんに限らず、たいていの人の匂いは甘い。酸っぱい匂いや辛い匂いの人は、体調が悪いか運動不足で、おいしそうには感じない。

 

 とにかく私は、一晩中すぐ近くにあるおいしそうな肌や匂いに耐え続けなきゃいけなくて、すごく喉が渇く。痛いくらいなんてものじゃなくて、本当に”欲しい”って気持ちでいっぱいになる。でもその気持ちを我慢するのは、悪いことばかりしてきた私への罰みたいで、ちょっと気が楽になる。

 

 「はぁ……」

 

 私の上に乗ったままのマーシャさんの心地いい重さと暖かさを感じて、大事にしたいって思った。

 

 

 

 

 

 

  

  

 

 


 ―おいしそう。

 

 そのおいしそうな匂いのするモノに、腕を絡める。

 

 ―柔らかくて、あったかい。

 

 腕に伝わる感触が、食べてもいいモノだって伝えてくる。

 

 ―唇に伝わる温度が、心地いい。

 

 一番柔らかくておいしそうな部分に口をあてがってみると、腕に伝わるのよりもちょっと熱い気がする。

 

 「ィ、、、リィ……」

 

 ―お腹の奥が切ない。

 

 空腹感に似た渇望を私の中から感じる。

 

 ―喉が渇いた。

 

 渇きを通り越して、渇きっぱなしになりすぎて、どう潤せばいいのかわからない。

 

 ―牙が疼く。

 

 たぶん、牙を刺せばいいんだね。

 

 ―おいし、そう。

 

 薄目を開けて、舌を這わせて、最終確認。

 

 ―おいしい。

 

 「ひゃ、、、リー、、」

 

 食べて、飲んで、大丈夫。

 

 ―噛みついて、飲んで、お腹いっぱいに……

 

 「エリー、くすぐったいです。寝ぼけてますか?」

 

 え……?

 

 

 

 

 

 

 「起きてエリー、何かおいしいものを食べる夢でも見たんですか?」

 

 「夢……?」

 

 ハッとして、慌てて体を起こしてマーシャさんを見る。寝るときはマーシャさんが私に乗ってたのに、いつの間にか私がマーシャさんの上に乗っていた。

 

 ―まさか、血を……

 

 マーシャさんの首筋を見る。傷はない。血も出てない。大丈夫、噛んでないし、吸ってない。吸ってない、けど

 

 「あ」

 

 サァっと血の気が引いた。マーシャさんの首筋には、私がつけたであろう、(よだれ)がついていた。朝日に照らされて、ちょうど私が舐めた後がはっきり見える。

 

 「エリー成分を補給できたので早起きしたんですが、起きたらエリーが私を抱きしめて、匂いを嗅いで、首にキスして、舌で舐めてました。ちょっとびっくりしましたよ」

 

 「あ、ああ、ア」

 

 ―我慢できなかった! あと一歩で噛みついてた! 欲望に負けて、マーシャさんから血を、吸って、あ、どうしよう! どうしたら……いいの? 魔物だって、バレ、て、たら……

 

 「エリーどうしたの? 顔色が悪いです、そんなに怖い夢だったんですか?」

 

 私を心配してくれるマーシャさんに、私はどうしていいかわからない。ただ、私が魔物だとは気づいた様子が無くて、何かの夢を見て、それで寝ぼけてたと思ってるみたい。 

 

 「えっと、、怖い、夢?」

 

 「どんな夢見ちゃったんですか?」

 

 ―おいしそうなモノに、噛みつこうとする、夢? 

 

 私が夢現(ゆめうつつ)で噛みつこうとした”おいしそうなモノ”は、きっと……

 

 「その、えっと」

 

 「あ、忘れちゃいましたか。私も夢の内容なんて覚えてないし、いいですよ」

 

 ―覚えてる、覚えてるよ。ただ、その、言えなくて……

 

 「…………あ」

 

 マーシャさんは何かに気づいたような顔になって、怯えて困惑する私を抱きしめてくれた。

 

 「今まで、大変だったんですよね」

 

 優しい声で、そう言ってくれた。

 

 「……」

 

 私は何も言えなかった。もしかして、私が魔物だって、気づいたのかも知れないって思って、言葉が出てこなかった。

 

 「今まで、ずっと我慢してたんですね」

 

 ―やっぱり、気づいて……?

 

 「行く先々で大きな事件が起こって、大変な思いをしたんですよね」

 

 「……うん」

 

 肯定してしまった。

 

 「わかってます。わかってるからね」

 

 ―ああ、やっぱり、気づいちゃったんだ。もう、一緒に居られないのかな……違う、一緒に居ちゃ、いけないんだ……

 

 「聞いたことがあります。大変な思いをしたりつらい経験をいっぱいした人は、寝てる間に無意識に動き回ることがあるって」

 

 「……へ?」

 

 ―え、何の話?

 

 「エリーは私が寝てる間ずっと起きてるみたいでしたし、何か理由があるとは思ってたんです。今わかりました。夢遊病で寝てる間に何かしても大丈夫なように、私が起きてる昼間に寝るようにしてたんですね。でも、徹夜ばかりしていては体に悪いです。今日からは夜、寝ましょう」

 

 優しい声で私を抱きしめながら、何かよくわからないことを言うマーシャさん。とりあえず、私の正体には気づいてなくて、何か誤解してるのはわかった。ただ、想定外すぎてちょっと理解が追い付いてない。

 

 「えっと、あの」

 

 「私にいい考えがあります! エリーが安心して夜眠れるようにしてあげます。任せてください!」

 

 「え……あ、その…………うん」

 

 勢いだけで押し切られた感がある。私ほとんどしゃべってない。でもマーシャさんが私のために元気づけてくれたんだって思ったら、落ち着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 夜、マーシャさんは長い紐を持って来た。ズボンの腰ひもに使う細くて頑丈な紐だって言ってたけど、それにしたって長い。2メートルはある。

 

 「エリー? 安心して私に(ゆだ)ねてくださいね?」

 

 「それはいいけど、その紐は何に使うの?」

 

 「縛るのに使います」

 

 「何を?」

 

 「エリーを」

 

 「なんで?」

 

 「寝てる間に動き回れないようにするためです」

 

 ―あ~、う~ん? つまり、私は寝る前に動けないように縛られるということ?

 

 「……それは、ちょっと」

 

 「私はエリーに安心して夜寝てほしいの。トイレに行きたくなったり喉が渇いたときは言ってください。私がお世話してあげます」

 

 「そこは紐をほどいてくれればいいよ」

 

 「じゃ、縛りますね」

 

 「問答無用!?」

 

 私の抗議を笑顔で受け流したマーシャさんは、ひもを持ったまま私にタックルして捕まえ、ベッドに連行する。

 

 「あ、あのやっぱり縛るのはやめて」

 

 「大丈夫です。長時間放置しても安全な縛り方を習ってきました。関節を痛めたり血の流れをせき止めたりする心配はありません」

 

 「どこで習ってきたの!?」

 

 うつ伏せにベッドに押さえつけられ、足をひもで縛られ、腕まで背中で固定されてしまう。手際が良すぎる。

 

 「もしかして、ほかの人を縛ったことあるの?」

 

 「ありませんが、職場のマネキンで何度も練習しました」

 

 「なんで!?」

 

 あっという間に紐で縛られ手足の自由を奪われた私を、マーシャさんは抱き枕のように抱きしめる。

 

 ―今気づいた。縛られちゃったら、マーシャさんに何されても抵抗できない……

 

 「それじゃあ、寝ましょうか」

 

 「待って!」

 

 マーシャさんが”まだ何か?”とでも言いたげな顔でこちらを見る。顔が近いよ。

 

 ―この際縛られて寝るのはいい。また我慢できなかったら、今度こそマーシャさんを傷つけるかもしれないから。だから……

 

 「その、さ、猿轡(さるぐつわ)も、して?」

 

 「ッ……エリー」

 

 ―な、なに? そのハッとしたような表情は……? 噛みつかないためだからね? 首さえ動かせば噛みつける位置にいるんだから、しょうがないんだよ? 私だっていやなんだよ?

 

 「そういう趣味があるなら早く言ってください!」

 

 「誤解だよ!」

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