半ヴァンパイアは怒らせる
マーシャさんに抱き着かれたままだったから、一晩中飢餓状態のままだった。私やマーシャさんのいるベッドに朝日が差し込んで、やっと収まった。
「ぁ、朝ぁ?」
朦朧としていた意識がはっきりしてきて、”帰ってきたんだな”って実感がわいてきた。
マーシャさんはまだ寝てる。そして朝日を浴びた私も急に眠くなってきた。朝日を浴びて眠くなる感じはいつものことだけど、なんとなく、懐かしく感じる。
―いろいろあったけど、帰ってこれてよかった。
気持ちよさそうに寝ているマーシャさんを起こすのはちょっとかわいそうだから、そっとマーシャさんの腕から抜け出して、静かにベッドを降りる。
近くの井戸で水を汲んで、タオルを水に浸して、顔と体を拭いて、寝間着を脱いでいつもの服に着替える。
あの日、ルイアへの護衛依頼を受ける前まで続けていた日課を思い出して、なぞる。
―あとは雑嚢の中を確認してっと。
改めて私の雑嚢袋を見ると、ちょっとくたびれてきてる。中身を見てみると、砥石、火打石、火打金、綿、お金が入ってた。あと、金属の棒。
なんだこれ? と思ったけどすぐ思い出した。グイドでサマラさんやコルワさんと別れた時もらったんだった。コルワさんのお店に入るのに必要だって言ってたっけ。今度行ってみよう。
で、最後に武器なんだけど、ショートソードはルイアの砂浜に置きっぱなしにしちゃってて、新しい武器も買ってないから持ってないんだった。まぁいつも通り鞘だけ持っていこう。
―うん、いつも通り。
「いってきます」
私はまだ寝ているマーシャさんを起こさないように、静かに家を出た。
秋も気が付いたら終わりそうになってて、早朝はもう寒い。微妙に朝焼けが抜け切れていない空を見ながら、静かなピュラの町を歩く。何度も歩いた、小人の木槌亭に向かう道。
3か月くらい帰ってきていなかったけど、何度も何度も歩いた道だから間違えない。ちゃんと覚えてる。
小人の木槌亭の前までやってきた。ここに来るまでは懐かしいっていう気持ちばっかりだったのに、お店に入ろうとするとなぜか緊張する。久しぶりにマスターに会うからかな。
ちょっとだけ勇気を出して、扉を開ける。
「……おはよう」
「誰だいこんな朝早くか……ら……エリーちゃん!」
相変わらずの渋い声が聞けて、緊張が解けた。
「久しぶり、マスター」
「久しぶりってもんじゃないよエリーちゃん。よかった。無事だったか。ああよかった」
心配をかけていたのはマーシャさんだけじゃなかったみたい。ほんと、申し訳ない気持ちになって来る。けど、やっぱりちょっと嬉しい。
「何があったのか、ちゃんと教えてくれるかい? あの護衛依頼の達成報告もかねて」
そういえば、サマラさんの護衛依頼を受けてから帰ってきてないから、達成報告してないんだっけ。一応依頼完了ってことになってたはず。
「依頼は完了ってことになったよ。えっと、ルイアの町に行ったら……」
マスターに話せないことはいろいろある。交流特区に居た時期のことも、ごまかしたりしながら話した。
「そうか。ごめんなエリーちゃん」
「え、なんで謝るの?」
「そりゃ、護衛依頼をエリーちゃん一人にやらせたことだよ。普通はパーティ組んでる連中にやらせるべきなのに、誰もやらないからってエリーちゃん一人に押し付けたじゃないか」
そういえばエースがどうのこうの言われて丸め込まれた気がする。でも別にマスターが気にすることないよ。私が長いこと帰ってこなかったのはマスターのせいじゃないもん。
「そんなこと気にしなくていいよ。それよりお仕事ある?」
「え、仕事するつもりなのかい?」
「そのつもりで来たんだけど」
「いや、昨日帰って来たばかりなんだったら休んだ方がいいよ。しばらく依頼は受けさせない」
ええ……それじゃいつも通りじゃなくなっちゃう。依頼終わったらすぐ次の依頼を受けてたのに……
「じゃあどんな依頼があるかだけ教えてよ」
私が食い下がると、”教えるだけなら”と前置きしていろいろ教えてくれた。
「倉庫の片づけの手伝い、村の柵の補強、野良犬の駆除、あとは、」
「雑用依頼じゃん。普通の依頼は?」
「エリーちゃんにやってもらうようなのはないな。討伐に護衛、調査の依頼は砂金の泉亭の方に行っちゃうからな~」
”もう慣れた”と言わんばかりの口調で情けないことを言うマスター。声が渋いせいか、情けなく聞こえないよ。
「まぁしばらく休んでからまたおいでよ。その時なら簡単な討伐依頼くらいあるかもしれない」
「私に仕事させないために依頼隠してるでしょ」
「そうだよ」
言い切られちゃった。
「……わかったよ」
いつものカウンター席を立って、お店をでる。出る直前に
「おかえり」
って聞こえたから、ただいまを言ってから出た。
帰る前に、あのやたら硬いパン買って行こう。前と違って懐があったかいから、もっと柔らかくておいしいパンも買えるんだけど、やっぱりあのパンがいいかな。
「ただいま」
「エリー! エリーエリー、どこに行ってたんですか!」
帰ってきたらマーシャさんがパニックになってた。いつも私が雑嚢を置いてる場所をひっかきまわし、私の服を入れてあるタンスの中身をひっくり返していた。散らかり方がすごい。
「小人の木槌亭に行ってたんだけど、それよりこの部屋は」
「エリー、私と一日中一緒に居ると約束したのに、どうして私が寝てる間に出かけたの?」
おおう、マーシャさん怒ってる。
「ま、前みたいに、その、普通に生活しようと思って」
前は毎朝マーシャさんが寝てる間に私が小人の木槌亭に行って、そのあとマーシャさんが起きてお仕事に行ってたはず。
「……」
「マーシャさん?」
マーシャさんが黙って私を睨む。どうしよう、何がダメだったんだろう。
「……夢かと思いました」
「へ?」
「だから、エリーが帰ってきたのが夢だったのかと思いました」
「えっと」
「目が覚めたら、帰ってきたと思ったエリーがいないんです。抱きしめて寝ていたはずなのに、私の腕の中にいないんです。荷物もない。だから、昨日見たエリーは私が見た夢だったのかと思ったんです。すごく怖かった」
「あ」
そう言われて、やっとマーシャさんが怒ってる理由がわかった。
「ごめんなさい」
「ダメです。昨日一日中私と一緒にいると約束したのに、一日も守ってくれなかった。酷い。許しません」
ん~と、これは完全に私が悪いよね。本当にどうしよう。
「ど、どうしたら、許してくれる?」
「……」
「もう約束破らないから、一緒にいるから」
「信じられません。昨日した約束だって一日も守らなかったのに」
うぐ、確かに説得力ないね。
「じゃあ、どうしたら」
マーシャさんが突然私を睨むのをやめて、にっこり笑った。
「夕飯、私が作りますね。エリーは確か辛いのもすきですよね?」
「え、う、うん。好きだよ」
突然にこやかになったマーシャさんは、なぜかとても怖かった。
次話、夕飯。