工作員は暗躍する
時は少しさかのぼり、エリーがホグダ、ギドとともに王都からギルバートを攫った数日後……
わずかにカールした長い茶髪の女と痩せ型で白い髪の老人が、王城内の一室を訪れていた。
その一室にあるのは、大きなベッドと医療器具と思しきものが大量に置かれた台だけだった。そしてその大きなベッドの上には、王弟ジークルードが横になっていた。
ギリギリと食いしばった歯の隙間から、血走った目から、鼻から、耳から、シーツを握りしめる手の爪の間からシトシトと血を滴らせるその姿は、国王である兄とともに内政を行っていたころの精悍な姿からはかけ離れていた。
「あのガキ……うぅ、殺して、やる、グッ」
ジークルードの体がこうなった原因、アランと呼ばれていた少年への呪詛を吐きだし、せき込む。そんな男の視界に、長い茶髪の女が入った。
「誰だ、貴様っ」
全身を蝕む痛みによって2人が部屋に入ったことに気づいていなかったジークルードは、驚き、声を荒げる。
「私はレーネ、と申します。薬師をしております。キエンドイ伯爵様から王弟殿下が原因不明の病を患われたと聞きまして、微力ながら回復のお手伝いをさせていただきたいと思います」
うすら笑いを浮かべながらそう名乗る女に続いて、痩せ型の老人もジークルードに見える位置に着き、名乗る。
「わしは考古学を研究しております、ザザイバールと申します。先日のアンデット襲撃に関して、わしの知りうる限りの情報と考察をお伝えに参りました。回復なされた後にご挨拶をと思いましたが、このレーネが一緒にしておいた方がよいというものですから」
ザザイバールはレーネを指し肩をすくめる。
「ではレーネ、しっかりな」
「はい、ザザイバール様」
短く挨拶をかわし部屋を出て行こうとするザザイバールに、ジークルードは待ったをかける。
「ま、待て。あの襲撃について、なにか知っている、のか?」
「はい、いくつかの情報と考察を持っております。詳しくはご回復の後に」
「まて、今、話せ。重要なところだけ、かいつまんで話せ」
一刻も早く知りたい。ジークルードがそう思ったのは、国のためか、復讐のためか。
「では、かいつまんで」
そう前置きしつつ、ザザイバールと名乗る老人はジークルードの血走った目をしっかりと見て、話し始めた。
「あの海賊船は死霊術で造られたものですじゃ。つまり襲撃者は死霊術士で間違いないでしょう。ここまでは誰が見てもわかることですな。ゾンビが大量に沸いたわけですし。しかし、あのアランという少年はおそらく死霊術士ではありますまい」
「どういう、事だ?」
「死霊術士に限らず、魔術師は直接戦闘能力が低いと言われておりますじゃ。その死霊術士がスケルトンやゾンビだけで襲撃をするはずがないのです。あのアランは死霊術士の護衛であり、そして」
ザザイバールは一旦言葉を着ると、ズズっと顔を近づけ
「アランは、ハーフヴァンパイアである可能性が高い」
そうささやいた。
ジークルードの体調不良は、眠ったギルバートを起こす薬を浴びたことが原因だった。結果、異常な心臓の活動と代謝の促進による体温の上昇と毛細血管の破裂を引き起こしていた。
レーネはまず心臓機能が正常になるよう、心臓の動きを遅くする薬を飲ませた。一日に3度食事の前に訪れては薬を飲ませ続ける。そしてジークルードの食事にキノコやネギを多く取り入れ、また事あるごとに茶を飲ませるようにした。
ゆっくりと治療が進み、少しずつ体温が正常になり出血が収まったころ、ザザイバールはジークルードとアンデッド襲撃に関して情報を交換するようになった。
「なぜアランがハーフヴァンパイアであると?」
「アラン、そしてホグダは姉弟として王都の東門で検問を受け通っておりました。夕刻のことですから、まだ日が出ておったことでしょう。普通のヴァンパイアにはできない芸当ですじゃ」
「アランがヴァンパイアやハーフヴァンパイアだと考える根拠はなんだ? そもそもハーフヴァンパイアとはなんだ?」
「目撃証言を集めさせていただきました。アランと思しき者を見たものは数名しかおりませんでしたが、赤い瞳、口から見えた長い牙など、ヴァンパイアの特徴があったようですじゃ。そして、ヴァンパイアの特徴を持ちつつ日の光を浴びても活動できるのは、ハーフヴァンパイアしかいないというわけですな」
「……今、アランはどこにいる?」
「それはわしにもわかりませんな。ただ」
「ただ、なんだ?」
「いえ、ただ、わからないなら探せばよいというだけですじゃ」
執拗にアランのことばかり聞きたがるジークルードに、ザザイバールはすらすらと答えていく。
ザザイバールの”探せばよい”という言葉を聞いたジークルードは、ニヤリと口元を歪めた。
「それにしても、よく思いつきましたわね。アラン・バートリーを王国に探させるなんて」
王城を出たレーネは、拠点である飛行船に向けて歩きながらザザイバールに話しかける。
「あの男はだいぶアランを憎んでいるようですし、きっと念入りに探してくれるでしょう」
王都の真上にとどまる透明の飛行船まで、誰にも見られずに跳躍できる場所、そこが2人の目的地だった。
「あなたに致命傷を負わせるほど強いのですから、なんとか情報だけでもつかんでおきたい。できればこちらに引き込みたい。なにせハーフヴァンパイアなのですものね」
ザザイバールは何も答えない。細身の老人はレーネのすぐ前をつかつかと歩くばかりで、振り返ることもしない。
「それにしても、伯爵に身元を保証させられたのは僥倖でしたわね。私のシトリンのおかげ」
「ヘレーネ」
続きをさえぎるように、細身の老人は口を開いた。
「なんでしょう?」
「お前、アランについて何か知ってるんじゃないか? 僕らに話していないことがあるだろう?」
振り返らずに、そう問うた。声が老人のそれではない。
「……まさか。ハーフヴァンパイアなんてこの時代に何人もおりません。もし心当たりがあればちゃんとお話していますわ。サイバさんの方こそ、アランについてもう少しお話できることがあるのではないですか? 実際に戦ったのですし」
「……」
「……」
沈黙が流れる。お互いに一切動かず、一切しゃべらない。
2人はそれ以上何も話さず、飛行船内に戻って来た。細身の老人は着ていたコートを脱ぎ、杖を立てかけ、顔に張り付けた老人の面を取る。女は何かの薬品を頭に振りかけ、染めていた髪をもとに戻す。
「サイバ……戻ったか」
「私も戻りましたわよ」
「……ああ」
飛行船内の一室。リビングのような間取りの部屋で、タザはソファーに寝ころびながら2人を迎える。
「暇そうだな、タザ」
「……俺が暇、なのは……いいことだ」
「そうだな。王都にいれば王弟からアランに関して情報が得られるかもしれない。しばらくはここにとどまる」
「……了解だ」
「そういえば、スージーさんはどちらに?」
「ドリーの……部屋だ」
「ああ、もうすぐ一人目が完成すると言っていましたわね」
「機会があれば使わせてみよう。スージーのことだ、期待通りの働きをしてくれるだろう」
「さすがスージーさんですわね!」
ヘレーネはにこやかに微笑み、そしてタザの言う”ドリーの部屋”に小走りで向かって行った。扉を勢いよく開ける音のあと
「ただいま戻りましたわ! スージーさん!」
「ここはあなたの家ではございません! あと勝手に入らないでください!」
という最近よく聞くやり取りに、サイバとタザは顔を見合わせるのだった。